プロローグ
ああ、お茶が不味い――。
茶園から取り寄せた初摘みの茶葉。それを熟練の執事が丁寧に淹れ、白磁のティーカップに注ぐ。これが不味いはずがない。 茶葉の質も、淹れ方も、器も申し分ない。最高の一杯であるはずなのに、どうしても美味しいとは思えなかった。
原因は、目の前に広がる光景にあるのだろう。
「まあ、クリスったら!」
「はは、そんなに可笑しいかな?」
甘やかに微笑み合い、穏やかな談笑を楽しむ男女。
見目麗しい二人が仲睦まじく寄り添う姿は絵になる。
片方が私の婚約者でなければ……
「ご馳走様でした。そろそろお暇させて頂きます」
婚約者以外の女性との会話に夢中になっている婚約者にそう告げ、席を立つ。
長居する気はない。する義理もないのだから。
「なんだレオナ、もう帰るのか? せっかくカサンドラが来ているというのに……」
そのカサンドラ様がいるから私は帰るんですけど?
そう言いたくても言えない。何故なら彼女の身分が私より上だからだ。
しかも彼女は王太子殿下の婚約者。
未来の王妃にこんな不敬なことを言えるわけがない。
たとえ彼女が『婚約者同士のお茶会に乱入』という、非常に無礼な行いをしていようとも。
「いえ、結構です。それでは失礼いたします」
とはいえ相手が不快にならないような物言いをしてやる義理もない。
余計な言葉は交わさず、失礼にならない程度に帰る意思だけを伝える。
正直もう疲れたのだ。
茶会に招いておきながら、別の女性を優先させる婚約者に。そして、婚約者同士の茶会に乱入してくる女性──カサンドラ・スピナー公爵令嬢に。
後ろからまだ何か言い募る婚約者を無視し、さっさとその場から退出し、馬車に乗る。扉が閉まり、ようやく安堵した私は大きく息を吐いた。
*
「レオナ、お帰りなさい。……随分と早いようだけど、もしかして……またなの?」
「ただいま戻りました、お母様。ええ、またです。婚約者同士の交流茶会に部外者のスピナー公爵令嬢がいらっしゃいましたわ」
出迎えてくれた母が扇で口元を覆い、目を顰める。
そして私と同じように大きなため息をついた。
「本当に、ふしだらではしたないこと。それを受け入れるロバス子息も非常識だわ。ああ、レオナ、さぞかし不快な思いをしたでしょう?」
「ええ……。仲睦まじい様子の二人を眺めながら飲むお茶はあんなにも不味くなるものですね」
「ええ、ええ……そうでしょうとも。それにしても随分と当家の娘を馬鹿にしてくれること。……約束通り婚約を破棄させて頂きましょう」
「ああ、やっとですね……。それにしても、ここまでやらかすとは思ってもみませんでしたわ」
「国益の為だからこちらは我慢せざるを得ない、と足元を見られているのよ。いくらこちらの方が身分は下だからといって、そこまで馬鹿にされる筋合いはないわ。あちらは公爵家、こちらは侯爵家、だけど当家は王妃殿下の生家よ。国母の外戚である我が家が他家に蔑ろにされる筋合いはこれっぽっちもないの。……今日の件はわたくしから旦那様に話を通しておきます。レオナはお部屋で休んでいなさい」
意気揚々と父の執務室に乗り込む母の背中が眩しい。華奢な背中が随分と逞しく見える。
お言葉に甘えて部屋で少し休むことにした。
婚約者と逢瀬は精神的な消耗が激しいので、毎回毎回帰ってくるとぐったりしてしまう。
人は他人から非常識な行いを受けるとこんなにも消耗してしまうのだなと知った。
それを分かっていながらわざわざ受けにいくのだから、その消耗は相当なものだ。
「ああ、でも……これでやっと、あの人達から解放されるのね……」
長い間苦しめられてきたものからやっと解放される。
その安堵からホッとした私はそのまま眠りについた。




