魔法が使えない令嬢ですが、最高峰魔法師の妻になって理論師として難事件に挑みます。⑳
魔法が使えない令嬢ですが、最高峰魔法師の妻になって理論師として難事件に挑みます。
最終話です!
「火属性と水属性の属性干渉について、鏡面魔法を魔法陣で再現するには、魔法陣での音の出し方……なんだこりゃ、理論師室を学校かなにかと勘違いしてそうな質問が多くないか?」
オルセの執務机に積まれた書類を手に取ったアグリは、そう言って顔を顰めた。
「そうですね。ちょっと図書館で調べればわかりそうな内容まで、かなり持ち込まれています。こんなことなら質問も局長を通すようにすべきでした」
うんざりとした顔で答えるオルセに、アグリも同意を示すように頷いた。
シフリーナからすれば訊いてくること自体が不思議なほど基礎的な質問も多かったが、ウーシェダは、属性を多数使える魔法師ほど、いちいち属性干渉など意識せずとも出力する魔力を調整しているため、改めて理論的に考えるとわからないという場合もあるかもしれないと苦笑していた。
「まあ、あれだな。つまりは塔の魔法師でも、全員が全員、一定以上の理論を備えているわけではないってのが改めて露呈したわけだ」
「なら、理論師の育成用とは別に、そういう方々に向けた教育制度を考えてもいいかもしれないですね」
「おう。期待してるぜ、理論師殿」
そう言って笑ったアグリは、隣に立つシフリーナの髪をかき混ぜるように撫でて、理論師室を出て行った。
「シフル。アグリ様が持ってきたもの、見てみるか?」
作業机に置かれた大きな箱。それを開けたウーシェダから声が掛かり、シフリーナは小走りで寄っていき、中を覗き込んだ。
「わ! ローブですね! すごい!」
箱の中身は、シフリーナが色を決めたローブの見本だった。
ウーシェダが指を弾くと、箱の中から次々とローブが飛び出した。
シフリーナの目線より少し上に、五枚のローブが行儀よく並ぶ。
特級のローズピンク。
上級の橙黄。
中級の若草。
理論師の水色。
そして、見習いのローズブラウン。
土から顔を出し、空へ伸びていく。若葉を広げ、いつか花を咲かせて、実る。シフリーナの願いの色だ。
「改めて並べてみると、明るい色が多くていいな」
「そうですね。落ち着いた色みではありますが、魔法師の階級色よりも若々しい印象を受けます」
「綺麗ですね。早く着てもらえるように頑張ります」
来年から理論師育成のためのコースを魔法学校に設置することを思えば、新たな理論師が塔にやってくるのは、最短でも四年後だ。
それまでに、彼らの育成について考えておかなければいけないことが、きっと山ほどあるのだ。
「シフリーナ様。選り分けたので、こちらの書類の回答をお願いできますか? 直接説明をしないと難しそうなものがあればお知らせください。予定を調整しますので」
「わかりました」
シフリーナは空中に浮かぶローブに手を伸ばす。
その滑らかな手触りを確認してから、自身の執務机へと向かった。
◇ ◇ ◇
説明会から三週間が過ぎた。季節は六月。ヴァンリンドゥは雨季を迎えた。
竜に乗る時には専用の雨衣を身につけることで濡れるのは回避できるけれど、顔の前のシールドのせいで声がくぐもって聞こえにくいのが難点だった。
昨夜は休日の前夜だったため、夜はウーシェダと夫婦らしい時間を過ごすものと思っていたけれど、何もせずに眠りについた。
その理由を教えてもらえたのは今朝のことだ。
魔法塔から、ヴァンリンドゥの外──ファート邸を訪問する許可が下りたのだ。
白銀の竜にはシフリーナとウーシェダが、青銀の竜にはリネッタとローディスが跨がる。雨のせいかいつもよりも薄暗く感じる国境の濃霧を突き抜け、二頭の竜が翼をはためかせる。
常ならば眼下に広がるはずの景色も、薄灰に煙り遠くを見渡すことも叶わない。それでも、久方ぶりの遠出に、シフリーナは胸を高鳴らせていた。
「待ってたわよ! シフリーナさん! さあさあ入って」
エントランスで待ち構えていたイシュカにぎゅうぎゅうと抱きしめられたシフリーナは、すぐに食堂へと招かれた。
扉が開かれ、息を呑む。
そこは、色とりどりの花で美しく飾られていた。季節をひとつ巻き戻し、さながら春の花園のようだ。
ウーシェダの父や兄、義姉もいて、シフリーナに笑顔で声を掛けてくれた。
以前、ファート邸を訪れた時と同じ席につこうとしたシフリーナを、ウーシェダは長テーブルの短辺席へと促す。
ウーシェダは長辺の端、シフリーナのすぐ近くへと腰を下ろした。
ウーシェダの向かいにはファート家の面々が、隣にはローディスとリネッタが座っている。
シフリーナはそわそわと落ち着かない心地で「シェダ様。席を間違えていると思うんですけど」と囁く。
短辺席は、家長か主役の席だ。自身が座る場所であるはずがない。
「合ってるぞ。今日の主役は君だからな」
「主役って……」
メイドがワゴンで大きなケーキを運んで来る。
シフリーナの前に置かれたホールケーキを目にして、初めてその理由がわかった。
ケーキは果物に彩られ、たくさんのろうそくが立ち並び、中央にはチョコレートで文字が書かれている。
『貴女が生まれてきてくれた特別な日を祝って
おめでとう、シフリーナ』
シフリーナはそこに書かれた文字に目を見張り、すぐにウーシェダやその家族に視線を向けた。
「これ……」
「当日じゃなくてごめんなさいね。随分遅くなってしまったけれど、あなたの誕生日、お祝いさせてもらいたくて」
「あ……ありがとう、ございます」
喉の奥が詰まる。人は幸せでも、喉の奥がぎゅうと詰まったように苦しくなるのだなと感じながら、シフリーナは「嬉しいです」とどうにか言葉を絞り出した。
ウーシェダが指を弾くと、ケーキのろうそくに火が灯った。
シフリーナは、揺れる炎を見つめながら考える。
たしか、誕生日のケーキは、ろうそくの火を吹き消すときに、願い事を言うのではなかったか。
「シェダ様、どうしましょう」
「どうした?」
「幸せすぎて、願い事が浮かびません」
「なら、もっと幸せになりたいと願っといたらいいんじゃないか?」
「……それは、欲張りすぎでは?」
「俺がもっと幸せにするから大丈夫だ」
微笑むウーシェダに後押しされる。シフリーナは少し考えてから「シェダ様とみんなと一緒に、もっと幸せになれますように」と声に出して願ってから、ろうそくを吹き消した。
そこからは、ただただ楽しい時間だった。
様々な料理が並び、いつの間に知らせたのか、最近シフリーナが気に入っているミルクプリンも出てきた。
ウーシェダは今日も辛いサンドイッチを引き当て、みんなが大笑いをしたり、食後のお茶ではウーシェダが砂糖をウサギに変えるのを見て、イシュカやリモネが「私もやって」とねだり、食卓にはいつもよりたくさんのウサギが跳ねた。
「あまりに幸せで楽しくて、なんだか実感が湧かないです」
雨が上がり、ファート邸の庭に散歩に出たシフリーナがそう言うと、ウーシェダは「こういう幸せが君の日常になるんだ。そのうち慣れる」と目を細めた。
ファート邸の庭の生け垣は、たくさんの薄紫の小花で彩られていた。
「五月に来ればオラジャが綺麗なんだが、この時期の庭はちょうど狭間というか……少し彩りに欠けるな」
オラジャと聞いて、少しだけ胸が苦しくなる。
「オラジャ、ですか……」
「ああ。花の時期は、連日オラジャの花の茶ばかり出される。摘んでも摘んでも咲くんだ。綺麗だぞ。来年は一緒に見に来よう」
「それは、楽しみです」
「……どうかしたか?」
気遣うような蒼い瞳を見つめて、考える。
「ずっと……考えてました」
同じように魔法理論を学び、魔法陣を描いていたルエラと自分。
何が違って、自分はこうして幸せの中にいられるのだろう、と。
「学校で、あの裏の森に魔法陣を描かなければ、描いた魔法陣を消していたら、講師として来たのがシェダ様じゃなかったら、……そしてシェダ様があの魔法陣を起動してくださらなければ、ここには辿り着かなかったんですよね」
ウーシェダが繋いだ手をくいっと引く。
シフリーナはそのままウーシェダの腕の中に収まって、間近で蒼い目を見上げた。
「……君はあそこに魔法陣を描いた。消さなかった。俺はそれを見つけたし、絶対に作者を見つけ出そうと思った。そうして今があるんだから、すべて必然だ」
「……不幸になるのも、必然でしょうか」
「必然に向かうまでに、小さな選択の積み重ねがある。もしも、君がそちらを選びそうになったら……俺がもう一度『そっちでいいのか』と訊いてやる」
ウーシェダの答えに、シフリーナはクスりと笑った。
「そっちを選ばせない、ではないんですね」
「その選択が本当に正しいか間違ってるかなんて、未来までわからないからな。……ただ、傍にいる。君がどんな選択をしても、幸せから離れそうになっても、必ず幸せに引き戻す」
「……なら、私はシェダ様がちゃんと幸せでいられるように頑張りますね。離れそうになったら、頑張って引き戻します」
ウーシェダの唇が、シフリーナのそれに重なった。
そのまま胸に抱かれて、心臓の音に耳を澄ませる。
雲の切れ間から真っ直ぐに日の光が差す。空へと導くように伸びるその光を見つめながら「綺麗ですね」と呟いた。
世界は綺麗だ。たとえ魔法がなくても、美しいものはたくさんある。
それでも、魔法が好きだと思う。
ルエラと出会い、魔法が生み出す痛みを目にしてなお、それでも魔法を嫌いにはならなかった。
なにより魔法が、この幸福へと連れてきてくれた。
「これから、忙しくなるぞ。もう来月には、魔法学校を卒業した見習いたちが塔に研修に来るからな」
「そうでした」
シフリーナはバッと顔を上げた。
その額にもキスが落とされる。
「君の母校の順番が何月か、そろそろ決まるはずだ」
研修生は七月から九月まで、三回に分かれてくる。
イルクラン王国の順番は何月だろうか。
「ミーナに会えるの、楽しみです」
「そうだな。うちに招いてやるといい」
「いいんですか?」
ロミーナに会える。しかも家に招いていいならば、たくさん話ができる。
シフリーナが学校を去った後のことも聞いてみたいし、話したいこともたくさんある。
「楽しみが増えました」
「それはなによりだ」
笑みを深めたウーシェダの唇が、再びシフリーナの唇に重なった。
読んでくださってありがとうございました!!!
シリーズ3作目は、いよいよシフリーナの元同級生たちが魔法塔に来たり、シフリーナが母校に講師として赴くお話です。
全話書き上がったらまた掲載開始しますので、また読んでいただけたらすごくうれしいです!!




