第9話 手足を切り落とすくらいはいいかもな
バケツにくくりつけたランタンの頼りない明かりが、ダンジョンの中を照らしていた。
紅亜はホウキを握る手に力を込める。
数メートル離れたところに、人影があった。
迷いなく歩を進めていく。
人影がだんだんはっきりしてきた。
そこには褐色の肌、露出の多い革の衣服を身に着けた女性がいて、
「ヒヒ……」
と紅亜に笑いかけた。
そのすぐそばには巨大な植物。
そして植物からのびている、閉じた二枚貝のような器官。
そこからは、女性の手足がはみ出していた。
間違いなく、澄見歌のものだろう。
その光景を見て、紅亜の心はすうっと冷えていった。
「……生きている?」
紅亜は短く尋ねた。
褐色の女性――ミエスタは紅亜の顔を見つめたまま、ゆっくりと頷いた。
ランタンの光を反射して、ミエスタの瞳はギラギラと輝いていた。
紅亜は静かに言う。
「返してもらうよ」
「ヒヒ……ラッキーだ。お前みたいなやつでも値段がつく。お前にとっては運が悪かったな。こんなとこに迷い込んで」
「違う。私はその子を助けに来たんだ」
「そんな装備でか? そのホウキとチリトリ……マジックアイテムというわけでもなさそうだ。ただの安物……その辺にあるものをひっつかんでこいつを助けにきたというわけか? よくここまでこれたもんだ」
「いいから。その子を返して」
ミエスタは細い眉を一瞬あげると、大きな口の端を歪ませて、
「ヒヒヒ……。さすが登録者98万人。そのファンの中にはお前みたいな馬鹿もいるってわけか。だが必要なのは綺麗な顔と身体の女さ。頭の中は馬鹿でも構わない。どうせ、人格も知性も消えてなくなるんだからね」
〈なにこの女の子? 掃除婦? ダンジョンで?〉
〈スミーのファンか?〉
〈おい、逃げろ〉
〈やばいぞ、殺されるぞ〉
〈ホウキとチリトリ?〉
〈おい何やってんだ逃げろ馬鹿なことするな〉
〈早く逃げろ! マジで殺されるぞ!〉
コメント欄の読み上げがタブレットから聞こえてくる。
ミエスタは笑みを顔に貼り付けたまま、パチンと指を鳴らした。
その瞬間、紅亜とミエスタの間の空間に青白い光の球体が出現した。
そしてその球体から現れたのは――。
巨大な、カマキリであった。
〈ネックリーパーだ!〉
〈モンスターレーティング1750!〉
〈こんなモンスターを召喚できるのか〉
〈ミエスタやばすぎだろ〉
〈逃げろ馬鹿、早く逃げろ!〉
〈スーパーボランティアが向かってる! いいから逃げろ!〉
〈逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ〉
ミエスタはニヤニヤしながら、
「大丈夫さあ。首は切らない。殺しちゃあ、売れないからね。でも――手足を切り落とすくらいはいいかもな。そういうのが好きな変態もたくさんいるんだ」
紅亜は目の前のカマキリには注意を払わず、ずっと澄見歌の方を見ていた。
二枚貝のような器官に挟まれていて、手足しか見えない。
しかし、その手がピクッと少し動くのが見えた。
「澄見歌ちゃん、今助けるからね!」
ネックリーパーがその巨大なカマを振り上げた。
瞬間、紅亜はぬるっと踏み込んで距離を詰める。
ペシ。
紅亜が軽くホウキでネックリーパーの首のあたりを叩くと、ネックリーパーの頸部は冗談のようにあっさりポキリと折れた。
絶命したネックリーパーはその場にへたりこんで動かなくなる。
「…………あ?」
ミエスタが眉間にしわをよせた。
〈はあああああ?〉
〈なんだ今の〉
〈え、ちょっと待って〉
〈え、この女の子がやったの?〉
〈そんなことある?〉
〈この子誰だよ!?〉
紅亜は低い声で静かに言う。
「澄見歌ちゃんを返して」
「お前、何者だ?」
聞かれて、無職でニートだと答えようかと紅亜は一瞬迷ったが、どう考えてもそういうことを聞かれているのではないのだろうから、黙った。
「お前――ただの探索者ではないな。どこの所属だ? アメリカか? ロシアか? 中国か?」
「……えーと、甘ロリの女の子に食べさせてもらってるよ」
「そうか、答える気はないんだな。しかし――」
ミエスタは地面を蹴った。
そして、まだ澄見歌の血で汚れている手刀を紅亜に突き出してきた。




