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第15話 羅生門

 田所(たどころ)椎子(しいこ)、21歳。

 通称シーコ。

 18歳のころからボランティアとして活動を始め、数々の救出劇を経て、今は『スーパーボランティア』などと呼ばれている。


 そのシーコは今、一人の女性に抱きかかえられていた。

 そしてその女が、シーコに口づけをしてくる。

 くそ、この女、死にかけのウチに性暴力を……!


 出血がひどい。

 身体が動かない。

 屈辱!

 屈辱だ!


 唇が重ね合わされる。

 そして、なにか甘い液体が流し込まれてきた。

 その途端、自分の皮膚や筋肉がパリパリと音をたてて修復されていくのを感じた。

 シーコの全身に流れる血液が増加して血管を駆け巡る。


 身体がポカポカしてきた。

 心臓がドクドクと力強く鼓動する。

 なんだこれは?

 脳みそがふわぁっと軽くなる気がした。

 力がみなぎってくる。


 不思議だった。

 なによりも不思議だったのは、無理やりキスされているのに、不愉快には感じなかったことだ。

 シーコを抱きかかえるその手はやさしくて。

 液体をゴクリと飲み込んだシーコの顔を覗き込んでくる女の表情は柔らかくて。

 なんて整った顔をしているんだこいつは。

 ふわふわしていて、なんだか酔っぱらってきたような気分だ。


「大丈夫? まだ痛いところある?」


 その声がシーコの脳髄に届くと、なんだかわからないけれど多幸感が襲ってきた。

 こいつは犯罪者のはずなのに。

 ああ、今ウチは慈母に(いだ)かれちょる、と思ってしまう。

 これまで数々の犯罪者と出会ってきたシーコの勘が、シーコに真実を教えてくれていた。

 この人は犯罪者じゃない……。

 それどころか……。


 いつの間にか、全身の痛みがひいていた。

 ああ、これ、けっこう悪くないじゃん……。

 そう思いながら、シーコの意識はふぅっと深く沈んでいった。



     ★



「ヒヒィン……ゴフ、ゴフ……」


 シーコは白馬――いや、ミニユニコーンの鳴き声と鼻息で目を覚ました。

 目の前で、雑に黒髪をくくったとんでもない美人が心配そうにシーコを見ていた。

 

「あの……大丈夫?」


 聞かれて、シーコはゆっくりと起き上がりながら、


「んむ……。いったい、なにがどうなったの……」

「よかった! 治ったみたい! さすが小梅ちゃん! 甘ロリの勝利!」

「なに言ってっかわっかんねーし」


 目の前には黒髪の女性。

 その女性に、要救助者であったはずの澄見歌(すみか)が、


「ふひひひ~へへー」


 などとだらしない笑顔で腕を絡めている。

 シーコは尋ねる。


「あんた、だれ?」

「私、田中紅亜(くれあ)っていうの。さっきイモスミさんに聞いたけど、シーコさんっていうんだよね? ミエスタの仲間だと思っちゃった。ごめんなさい」


 ペコリと頭を下げる紅亜(くれあ)

 シーコは紅亜(くれあ)の顔をじっと見つめた。

 紅亜(くれあ)は戸惑った様子で、


「ん? なに? えへへ……」


 となんだか挙動不審に笑い始めた。

 その様子が逆に、シーコの胸を高鳴らせた。

 ウチってこういう子、わりとかわいいって思っちゃうんだよね。

 なんだかシーコのほっぺたが熱くなってきた。

 さっきキス(?)までされちゃったし……。

 シーコは照れ隠しのように目線をそらすと、


「そうだ、ミエスタは!?」


 ソリの方を振り返る。

 なにしろ大犯罪者である。

 逃げられでもしたら大変だ。

 ミエスタがまだ拘束されているのを見て、シーコは安堵のため息をついた。


「ふー。こいつはレーティング2411の犯罪者っちゃ……。ウチのレーティングは2222なんだ。こいつ、かなり魔力を消費していたから勝てたけどさ……マジ危なかった」


 ミエスタは拘束されたまま笑い声をあげる。


「ヒヒヒ! そこのホウキ女にやられたのさあ! それじゃなかったらてめえごときに負けるわけねえだろうがあ!」


イモスミ◆〈シーコさん、お姉ちゃんを助けに来てくださってありがとうございます! そこの女性の方がミエスタからお姉ちゃんを助けてくれたんです!〉


「そっか、そういうこと? 紅亜(くれあ)……さん? ウチ、勘違いしてた。わりい。謝るよ、ごめんごめん。日本にもまだまだすごい探索者がいるもんだね。で、そっちの奏天寺澄見歌(すみか)は? 大丈夫なん? なんか精神がどうかしちゃってね?」

「いや、酔っぱらっているだけだから大丈夫だよ」


 そう言う紅亜(くれあ)の唇に、なぜか視線が吸い込まれた。

 さっき、この唇がウチと……。

 やわらかくて、熱かった。

 吐息の甘さを思い出す。


 あんなの、ほとんど無理やりだったのに、なんでウチはこんな気持ちになってんの?

 ほっぺたがまたホカホカと熱くなった。

 いやいや、こんな極限状況でなにを考えてんの。

 あれはただなんらかの回復ポーションをウチに口移しで飲ませただけじゃん。

 そ、そう、ただの治療行為。

 今はこんなこと考えちょる場合じゃない。


 でもこの子、少し表情に陰がある。

 それがまた謎めいた魅力に思えて、心臓の鼓動が早くなった。

 そんな空気を壊すように、


「このお馬さん、きゃわいいねえ!」


 紅亜(くれあ)がもつれた舌で明るい声を出した。


「ああ、ウチの相方っちゃ。召喚魔獣なんだよ。オスだけどさ、すごくいい奴なんだ。ユニーって名前だよ」


 そのユニーは、紅亜(くれあ)紅亜(くれあ)に抱き着いている澄見歌(すみか)に、甘えるように頭を擦りつけて、


「ヒヒィン」


 と鳴いている。


「ふふ。ユニーも気に入ったみたいじゃん。ユニーにこんなに気に入られるとか……一瞬性犯罪者かと思ったけど、全然違うみたいだね。だってさ、ユニーは……ま、いいか」


 澄見歌(すみか)が酔っぱらったまま、ユニーの背中に乗ろうとしている。


「わーいお馬さん! 乗馬ってしてみたかったんだ~!」


 それを見て、シーコはフッと笑った。


「そのまま乗っていいよ。三人で帰ろう。ミエスタは警察に引き渡すよ。死刑だろうけど。……その前に。イモスミだっけ? モデレーターの人。ちょっと五分だけドローンのカメラとマイクを止めてくんね?」


イモスミ◆〈なぜ?〉


「いいから早く。別に配信を止めればいいから、あんたは見ていていいからさ」


イモスミ◆〈よくわかんないけど配信は止めました〉


「よし、じゃあ……」


 シーコはミエスタの側に近づく。

 そして、


「お、いいピアスしてんねー。これ、もらうよ。あとは……純金のネックレスか。まあまあだね。口開けろ、口。うーん、金歯はなし。あ、舌ピしちょるじゃん、かっけー。これももらう。あとはほかにねーんか、ほかに」


 紅亜(くれあ)は驚いた表情をする。


「え、なにしてるの」

「いやあ、ウチはボランティアだから。無報酬なんだよ。でもそれじゃあご飯を食べられないじゃん? だからこうして……犯罪者から料金をいただくってわけ」


「え、羅生門?」

「ふふふ、下人の行方は誰も知らない、ってね。お、本革じゃん」


 ミエスタを裸に剥いていくシーコ、抵抗するミエスタ。


「おいこらやめろ! なにをするんだ!」

「おっぱいちっせーな。そんなだから歪んで犯罪者になるんだよ。豆乳飲め、豆乳」


 その光景を見て、紅亜(くれあ)は呟いた。


「あ、わりと悪人さんだった……」



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