エピローグ
――大泣きした後日である。
泣いて泣いて、丸一日泣いて、目を腫らして部屋から出てきた美咲に、アキトはとんでもない事実を口にした。
それをたしかめるため、美咲は街外れの墓地――工藤家の墓に訪れ、呆れた。
「うわ、マジで納骨してる……」
美咲の瞳に映るのは工藤家の墓。眠る死者の名前と日付が刻まれる墓石の隅には、たしかに『工藤美紀恵』の名が記されていた。
「だから言ったじゃないですか。ボクがくる前から合葬したって」
「フツー、信じないわよ。実の子の許可も取らずにするなんて」
ジト目で睨むと、アキトはオロオロとする。
「えっと……その……」
「――まあ、いいわ。当然って言えば、当然だもんね」
ぷいっと、美咲は睨むのをやめた。アキトはほっと胸を撫で下ろすと、墓参り用の花束を二つに別けて飾り、線香とロウソクに火を灯して合掌。
「……銀髪の外人がそうするのって、違和感バリバリよね」
「ハーフです。――戸籍上は、ですけど」
あんた、戸籍までもってるのか。思っていると、クイクイっと袖が引かれた。
「……お姉ちゃん」
「ん、なに?」
「誰、美紀恵って」
母を知らないが故の純粋な質問に、美咲は言葉に詰まった。
わかっていたことだが、キツイ。
唇を噛み締める美咲の代わり、アキトが口を開いた。
「ミコネェ、ミキエ・クドウさんは――」
「待って。あたしが言うわ」
アキトの言葉を遮った美咲は、首を傾げる妹と目線を合わせて言った。
「この人はね、美琴のお母さんよ」
「わたしの?」
「そっ。ずっと昔にいなくなっちゃったんだけどね」
「どうしていなくなったの?」
美咲は顔を固くする。しかし、なんとか笑顔を作った。
「――約束を守るためよ」
「約束……」
「そうよ。約束。大切な大切な約束を守るために、がんばった人なの」
「がんばった人……」
「だからね。怒ったり、憎んだりしちゃダメよ?」
あたしみたいに。そう続きそうになった言葉を寸前で呑み込んだ美咲に、美琴はコクリとうなずいて見せた。
「わかった。しない」
美琴を美咲は抱きしめた。
「……お姉ちゃん?」
「――ごめんね。ごめんね。ずっと教えなくてごめんね、美琴」
「お姉ちゃん……泣いてる?」
「ごめん、ごめんね。寂しかったよね。母親の名前も知らなく寂しかったよね……!!」
写真はすべて焼き、傀儡に関する物以外は捨てたため、美琴は母に触れずに育ってきた。
ぎゅっと抱きしめる美咲に、美琴は首を横にふった。
「そんなことない。パパもお姉ちゃんもいた」
「……ありがと。優しいわね、美琴は」
もう一度強く抱きしめてから、美咲は離れた。
アキトから渡されたハンカチで涙を拭くと、がんばって微笑む。
「それじゃ、自己紹介をしてあげて」
「ん」
美琴は墓標に顔を向けると、いつも通りの口調で言う。
「こんにちは、ママ。美琴です。一〇歳です。元気です。ウォルちゃんとファルちゃん、お姉ちゃんとアキトが、大好きです」
「よくできたわね。いいわよ」
少し照れている美琴の手をアキトが握る。
「ミコネェ。下に古本屋さんがありました。行きませんか?」
「いく」
「じゃあ、一緒に行きましょう」
アキトは美琴と共に美咲の横を抜ける。その際に、
「――三〇分。バスがくるまで、潰しておきます」
それだけ言って、アキトは美琴と共に去っていく。
「――大きくなったでしょ。最後に会ったのが、七年も前だからね。見ての通り、顔も性格もお父さん譲りよ」
美咲は笑って、近況報告を始めた。
家のこと、学校のこと、美琴のこと、アキトのこと、傀儡のこと、父のこと。
七年分の出来事は僅か三〇分では到底話しきれないが、美咲は要点を掻い摘んでできるだけ話した。
それでも結局はあまり話せないうちに、遠くからアキトが呼んできた。
「ミサネェ〰〰。もうバスがきますよ〰〰!」
一日三便しかないバスのことを思い出し、美咲は「いま行く」と答えた。
「ごめん。もう行くね」
名残惜しそうに立ち上がる。
「まだまだ言いたいことがあるけど、特にアキトに関しては、『イクシルなんて物騒なもんなんでつけたの』とか『なんであんなに常識がないの』とか、特盛りであるんだけど……」
美咲はプレゼントのリボンでポニテールにした髪を揺らして言った。
「――ありがとう。あんな約束、守ってくれて」
「み、ミサネェ! バスきちゃいましたよ〰〰〰!!」
「すぐ行くわ!」
短く答えて、美咲は墓前に手を振った。
「それじゃ、またくるね――」
少し恥ずかしそうにためらいをみせてから、
「お母さん」
微笑んで、踵を返した。