ダンジョンに突入する希
「思ったよりも騒がしいのね」
「そうでございますね。通常のダンジョンがどのようなものかは私も存じ上げませんが、ダンジョンと言うよりは市場に来ているようですね」
ボーナスステージと言われる、きのこのダンジョンとはいえ、魔物が居る危険な場所なのは間違いなく、警戒するのは当然と銃を構えながら慎重に進んでいた希と、その背後を固めるセバスチャン。希の前で用心しながら進む護衛の騎士。そんな過剰戦力一同の耳には、殺伐とした声ではなくなにやら楽しそうな女性の姦しい声が届いていた。
「お兄さまが先行しているのと関係があるのかしら?」
「ギュンター様は護衛1名と共に潜られているはずですが」
「そうよね。でも少し急ぎましょう」
ギュンターの身になにかあってはいけないと、速度を上げた一同は魔物に会うことなく、大広場と言っていい場所にたどり着いた。そして、そこで目に入った光景に目を奪われる。
「な、なに?」
「凄いですね」
そこにはギュンターが主婦のおばちゃんや町娘達に囲まれている光景があった。どの女性も目を輝かせており、娯楽の少ない町にやってきたスターを見つけたような表情であった。
「おい! ユーファ助けてくれ!」
「お兄様? なにごとですの?」
兄であるギュンターから必死の声を掛けられた希が呆れたように問いかけたが、その視線に気付いた女性達が一瞬で沈黙してギュンターの視線を追いかける。10人以上はいるであろう女性から一斉に視線を向けられた希と、護衛の騎士達はたじろいで思わず後ずさる。。そして次の瞬間、大広場に響きわたる絶叫が上がった。
「きゃぁぁぁぁ! 可愛い! なに、このお姫様見たいな子!」「こっちの執事服を着ている子も可愛いわよ!」「騎士様が素敵! 彼女さんとかいますか?」「さっき『お兄様』と言ったから兄妹じゃなの?」
ギュンターを引きずるようにやってきた女性達の勢いに飲まれた希は、なにも出来ずに思わず硬直する。なまじ一般人であるために強硬手段にでれない騎士達だが、セバスチャンだけは別であった。
洞窟に耳をつんざくような轟音が響きわたる。思わず女性達は耳を押さえてうずくまり、希も耳鳴りを起こしていた。騎士達やギュンターは何とか踏みとどまっていたが、耳を押さえていた。そんな中、険しい表情を浮かべたセバスチャンが鞄から筒状の道具を取り出し、そこにある起爆装置に手をかけながら希に話しかける。
「ユーファネート様。敵を殲滅する許可を。ユーファネート様に危害を加える恐れがあります」
「おい! セバス! なに轟音玉を使ってるんだよ! 一般人だと分かるだろ」
「いえ、ギュンター様。あの勢いならユーファネート様が転んで怪我をする可能性があります」
「セバス。まずは落ち着こうか。そして手に持っている爆裂筒を鞄に戻せ」
今にも起動装置である線を引き抜きそうなセバスチャンに、ギュンターが慌てて声を掛ける。本当は駆け寄って取り押さえたかったのだが少女が一人しがみついており、それを振り払えなかった。
「セバス。止めなさい」
「はっ。ユーファネート様がそうおっしゃるなら。ですが、また不穏な動きをするなら――」
「不穏な動きなんてしてないから。本当に止めて頂戴。セバスの行動が激しすぎてビックリだわ」
希の呟きに耳鳴りが収まった一同が同意するように頷く。そして改めて、希の元にやってくると、少し遠巻きに話し掛けようとしていたがセバスチャンに睨まれ二の足を踏む。なんな中、空気を読まない幼女が希に近付くと話しかけてきた。
「おひめさまもきのことりにきたの?」
「そうよ。私も取りに来たの。それと私はお姫様じゃないわよ。ユーファネートよ。よろしくね」
「うん! ユーファネートおねちゃん」
たどたどしく話しかけてきた幼女をみて希は微笑みながら答えると、母親らしき女性が娘を抱き寄せながら恐る恐る確認してくる。
「あの、ひょっとしてユーファネート様でしょうか?」
「ええ。ユーファネート・ライネワルトよ。そこに居るのは兄のギュンター・ライネワルトになるわ」
「し、失礼しました! まさかお嬢様だとは存ぜず……」
顔面蒼白で謝罪をしている女性に気にしないように伝える。そして鞄からピーナッツクッキーと取り出すと幼女に手渡した。
「どうぞ」
「いいの?」
希から手渡されたクッキー袋を受け取りながら、母親にお伺いの表情を浮かべる。最初は断ろうとしていた女性だったが、ユーファネートの表情を見て安堵すると娘に向かって優しく頷いた。
「ありがとう! ユーファネートおねえちゃん! たべていい?」
「もちろん。セバス。ここにいる全員分に飲み物を用意しなさい。程良く冷たい状態でよ。出来るわね?」
「もちろんでございます。ユーファネート様のご命令とあらば」
ここがダンジョンだと忘れた希の発言だったが、セバスチャンは特にツッコミを入れることなく嬉々として頷くと、鞄から敷物を取り出して地面に置き、紅茶の準備を始めた。
「やっと落ち着いてくれたか。本当に災難だったぞ。ある意味セバスのお陰で助かったな」
「そのようですわね。それで事情は説明してくださるのですよね? お兄様」
希の言葉にギュンターは頷くと、先ほどとは違って希に命令されて嬉しそうにしているセバスチャンを見ながら、やっぱりあいつは俺達とは何かが違うと思いつつ、妹であるユーファネートに先ほどの騒動について説明を始めた。




