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解決編 【後編】

「じゃあ、消去法で犯人を当ててみようか。まず大前提として、部屋には鍵がかかっていなかった。という事は、室内には誰にでも入れた――という事だ。事件当時、薫子は喫茶店にいた。途中で抜けてきたと考えようにも、入った直後から三時四十分まで、彼女は店から出る事ができない。よって犯行は不可能。友人達からレシートを貰った、という事も考えられるが、縛り一の『この小説、宝条家殺人事件内において、一切の嘘偽りは書かれていない。これは、登場人物の台詞から地の文にも適用される』という部分から、それもあり得ない」

「とすると、犯人は司か有紗という事になるね。文章内に“兄”とあるんだから、彼は男だ。彼が犯人だとすると、縛り六の『犯人は女である』に抵触してしまう」

「その通り。とすると、必然的に犯人は有紗になる。だが彼女は温室に入れず、毒物の調達は不可能。お手伝いさん達にも取ってもらえないんだから、彼女に犯行は不可能だ」


 阿波は淡々とそう言い切る。……おいおい。あの縛りに従ったら、三人の犯行は不可能(・・・・・・・・・)になってしまうではないか!

 私の考えを見透かしたかのように、阿波は小さく苦笑した。

「そう。“あのルールに従う限り”、三人の犯行は不可能だ。……だが、あの縛りを無視してしまうなら、それこそ何でもアリになってしまう。幸野君。縛りにのっとった形でも、きちんと真相は見つかるんだろう?」

「勿論です。そこはきちんと、フェアに作ってありますよ」

「とすると、必然的に“犯人は三人以外”という事になるね。あの三人以外で、この小説に出てきた人物……そう多くは無いだろう?」


 そこで阿波は、私へと視線を向ける。どうやら彼は、私に謎解きをさせたいらしい。

 ――面白い。やってやろうじゃないか。

 いつの間にか私の口元には、薄らと微笑みが浮かんでいた。

 思考をまとめた私は、慎重に口を開く。

「あの三人以外の登場人物といえば、「相模紫月」「宝条総一郎」「晶の母親」「鑑識」「検視を進める男」くらいだね。この中で死亡が確定しているのは、「宝条総一郎」「晶の母親」だ。縛り二の『犯人は、晶のカップに直接毒物を入れた。ここに、時間トリックなどは使われていない』に抵触してしまうため、この二人の犯行はあり得ない」

「ついでに言うと、「検視を進める男」が間違った事を報告した、という事もあり得ない。縛り一の『この小説、宝条家殺人事件内において、一切の嘘偽りは書かれていない。これは、登場人物の台詞から地の文にも適用される』に抵触してしまう」

「じゃあ、犯人は警察関係者か。とすると、容疑者は「鑑識」「検視を進める男」「相模紫月」の三人だな」

 私がそう言うと、阿波は呆れたように肩を竦める。


「おいおい。文章内をよく読んでみろよ。「鑑識」「検視を進める男」「相模紫月」は“男”だぜ? 彼らが犯人だとすると、縛り一の『この小説、宝条家殺人事件内において、一切の嘘偽りは書かれていない。これは、登場人物の台詞から地の文にも適用される』と縛り六の『犯人は女である』に抵触してしまう。……幸野君。“男”や“彼”と描写された人物は、男だと考えていいんだよね?」

「もちろんです。“男”も“彼”も、男にしか使われない表現ですから」

「明治時代まで遡ると話は違ってくるんだが、今は現代。つまり、作中に登場した警察関係者に“女”はいない」


 私は慌てて作品を読み返してみるが、他にめぼしい容疑者は浮かび上がってこない。外部犯もなし、登場人物もなし。

 ――とすると、犯人はいない(・・・)という事になってしまう。そんな馬鹿な! 必ず犯人は居る筈だ! そうは思うものの、犯人がいる事は“あり得ない”のだ。

「……降参だよ、幸野君。私の脳味噌では、この難事件は解き明かせないようだ」

「難事件だなんて、そんな……。これはちょっとした“発想の転換”ですよ。

 幸野君は、意味ありげにそう言った。その瞬間、私の頭には、ある考えが過る。


 ――まさか、犯人は幸野君、なんてオチじゃないだろうな?

 この作品を書いたのは彼。つまり、晶を殺したのも彼だ。

 私が恐る恐るその事を口にすると――幸野君は小さく目を見開いた。

「なるほど……そう来ましたか。それは確かに、どの縛りにも抵触していませんね。嘘偽りが書かれていないのは、「宝条家殺人事件内」限定ですし、世界の創造主とも呼べる僕ならば、アリバイも何もないでしょう。広い意味で言えば僕達も“小説内の登場人物”ですしね。男のようにふるまっているのは、性同一性障害――普段はサラシでも巻いている、という事でしょうか」

「ど、どうかな……?」

 その瞬間――阿波が噴出した。


「……くっくっくっ……お、沖津君。君、本気で言っているのかい!? 「作者が犯人」というのはなかなか面白いと思うけど、まさか、幸野君を“女”扱いするとは……」

 隣では、幸野君も肩を震わせている。彼は笑いを堪えたまま、纏うブラウスのボタンを外し始めた。

 シャツの内側からは、ほどよく焼けた肌が覗く。そこには、女性にしては随分真っ平らな胸が広がっていた。当然、さらしなど巻かれてはいない。

()も確認します?」

「い、いいよ! ごめん、私が悪かった」

 ベルトに手をかける幸野君を私は慌てて止める。こんな所で脱がれてしまっては、下手をしたら公然わいせつ罪ものだ。

 ――結構いい線行ったと思うんだけどな。いや、探偵=犯人説なんてのも……。

 最早、何が何だか分からない。そう思いながらも、少し未練を残しながらちらりと阿波を見やる。すると彼は笑うのをやめ、すっと瞳を細めてみせた。


「……沖津君。人の想像をどうこう言うつもりはないが、仮にも僕を“女”だと思うのなら、君は相当な記憶障害だよ。高校時代をよく思い出してみるんだね」

 確かに、私の記憶が正しければ、彼はれっきとした男だ。

 ……というか、それ以前に、私達の通っていた高校は男子校だ。漫画じゃあるまいし、女が忍びこむなんて事、出来る筈がない。

 つまり犯人は、容疑者にもいない。警察関係者にもいない。私達の中にもいない……という事になる。

 じゃあ、一体誰だというのだ!? これではまるで、犯人は“いない”という事になってしまうではないか!!

 私の心情を察したのか、阿波がにやにやと笑いながら問いかける。


「もう降参かな? やれやれ……いい所までは行ったんだけどね」

「じゃあ阿波! 君には分かったというのかい!? この複雑な事件の犯人が!!」

「さっきも言っただろう? 縛りを聞き終えた瞬間、分かったとね。……いるじゃないか。まだ、登場人物は」

「……流石に、阿波さんの目は誤魔化せませんでしたか」

「犯人は()()()さん。……違うかい?」

 にっこりと微笑みながら、阿波はそう言った。


「……って、な、何だって!! 阿波。君は、被害者が犯人――つまり、自殺だといいたいのかい!?」

「縛りの中に、被害者は他殺である、なんて言われていないだろう?」

 阿波はしれっと言い放つ。確かに縛りには抵触していない。というか、筋は通っている。それならば万事解決だ。……ある一点をのぞいては。

 幸野君にもそれが分かっているのだろう。阿波同様、にこやかに微笑んだまま、問いかける。

「確かに、“晶の自殺”という事自体は、縛りに抵触していません。ですが、『犯人は女である』という部分に関してはどうでしょう? 阿波さんには、晶が女に見えましたか?」

 彼の言う通りだ。私も自殺は真っ先に浮かんだが、それは『犯人は女である』という部分で崩れ落ちたのだ。

 だが、阿波は微笑んだままだった。


「幸野君。そこがミソなんだろう? 確かに作中では、晶は男のように描かれていた。……だが晶は、“青年”としか描写されていない。黒髪を耳の下まで刈り上げた女性がいても、決しておかしい事ではないしね。妙だと思っていたんだ。薫子達容疑者はきちんと性別の描写がされていたというのに、晶は青年としか書かれていなかった。これは何かある、とすぐに勘付いたよ。もちろん『この小説、宝条家殺人事件内において、一切の嘘偽りは書かれていない。これは、登場人物の台詞から地の文にも適用される』にも抵触していないだろう?」

 阿波は一息でそう言い切る。

 私は慌てて小説を読み返してみた。……確かに、晶は“青年”としか描かれていない。青年は、女性にも使われる表現だ。

 “兄弟”という言葉だって、義理でもなんでも親が同じでさえあれば、性別は問われない。もちろん、兄と()にも使えるのだ。


「二十歳になったばかりの女性(・・)、宝条晶は、自室で毒入りのココアを飲み、自害した。確かに彼女には沢山の遺産が相続される事になったけれど、宝条家に彼女の居場所はない。自殺する動機は、充分にあるんじゃないかな? ……これが、僕の推理だよ」

「……流石阿波さん。僕の完敗です」

 幸野君は、小さく両手を上げてみせる。どうやら、それが真相だったらしい。負けを認めた幸野君を前に、阿波は色々とアドバイスをしている。

 自作の小説を見せる幸野君と、それについて語る阿波――一年前と、全く同じ風景だ。

 いくら時が流れても、変わらない物がある。ここへ訪れる者は、それを体感しに来るのかもしれない、と不意に思う。


 仲の良い二人を見ながらそんな事を思っていると、不意にことり――という音を聞く。目の前に、マスターが珈琲を置いたのだ。湯気が立っており、まだ出来たてだという事が分かる。

「淹れたての、熱々をどうぞ」

「ありがとう。頂くよ」

 そう言って私は、珈琲を口に含む。強い苦みの中にある、マイルドな味わい。いつも飲んでいるブレンドと寸分違わぬ味に、思わず笑みが零れる。

「流石マスター。美味しいよ」

「勿体ないお言葉です」

 マスターはぺこりと頭を下げる。珈琲の香りに包まれながら小説を読み、友人達と語らいあう。たまには、こんな休日も必要なのかもしれない。

 穏やかな時間に身をまかせ、私はふっと微笑んだ。

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