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問題編 【前編】

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

当作品は、企画『ミステリア』に参加しております。

ネタバレするから読了前に感想欄を読まないでね。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 カランカラン――。

 昔懐かしいベルの音を耳に、私は店の奥へと歩を進める。

 決して新しくはないが、綺麗に整った店内に、茶色で統一された趣味の良い調度品。奥に覗くレコードからは、ゆったりとしたクラシックが流れている。――音楽に詳しくない私には、生憎曲名は分からなかったが。


 ここ喫茶店「Calm」は、今では廃れてしまった名曲喫茶の一つだ。名曲喫茶とは、その名の通り、名曲――クラシック音楽を流す喫茶店である。

 レコードが高価であった1950年代から1960年代までは、東京の「風月堂」を中心に栄えていたらしいが、時代の流れに伴い、今では全国的にもあまり見られないという。

 そんな中でもこの店が続いているのは、昔から途絶える事のない常連や、落ち着いた雰囲気を何よりも好むマスターの賜物だろう。


 そんな事を思いながら店の奥へと進んでいくと、カウンターに並んだ椅子に、見慣れた背中――薄茶色のカーディガンを身に纏い、日本人にしては若干色素の薄い焦げ茶色の髪を肩に付けた男が見えた。長身という事もあるのか、そこまで痩せてはいないというのに、どこかひょろりとして見える。

 珈琲を啜りながらカウンターに立つマスターと談笑している彼は、私の顔見知りだ。思わぬ偶然に喜んだ私は、上機嫌に声を掛ける。


「やあ、阿波。君も来ていたのか」

「その声は――」

 そう言いながら、男――阿波(あわ)慧(さとる)は振り返る。彫りの深い顔立ちは、いつ見ても彫刻か何かのように美しい。気の強いアーモンド型の瞳には驚きの色が浮かんでいた。恐らく、最近店に現れなかったのもあるのだろう。

 私の姿を確認すると、阿波はふっと表情を緩め、隣の椅子を軽く叩く。


「沖(おき)津(つ)君じゃないか。座りたまえ。今、丁度マスターと話をしていた所なんだ」

「そうなのか。マスター、適当にブレンドを一つ」

「畏まりました」

 マスターに注文を終えると、私は阿波の隣へと腰掛ける。高校時代から付き合いのある彼もまた、この店の常連客なのだ。昔からよくこの席で珈琲を啜っている。

「で、一体何の話をしていたんだい? 君の事だ。また面白い話をしていたんだろう?」

「まあね。幸野君の話をしていたんだ」

「幸野君、って、あの幸(ゆき)野(の)圭(けい)太(た)君かい?」


 懐かしい名前を聞き、私は目を丸くする。

彼と最後に会ったのは、ちょうど一年前の今頃だっただろうか。地元の進学校に通い、学校帰りによく「Calm」に姿を見せる常連だったのだが、大学受験を控えているから――と、ある日突然店に来なくなったのだ。

 襟足で切り揃えられた真黒い髪の毛と、同じ色の瞳は今でも記憶に新しい。普段は大人しかったのだが、笑うとまるで太陽のように辺りを明るくする少年だった。男にしては小柄で、その事をよく阿波がからかっていたものだ。

 昔を思い出しながら顔を綻ばせていると、阿波が苦笑混じりに私を見やった。


「そんなに嬉しそうだと、何だか気味が悪いぜ? 彼、今日ここに来るんだってさ」

「へえ、それは懐かしいな! でも、何でそんな事を?」

「昨日ここに来た時、彼がやってきたんだ。無事受験も終わって、今は大学ライフを楽しんでいるらしい。元気そうだったよ」

「それで、今日もやってくるのかい?」

「ああ。何でも、見せたい物がある、との事だ。……おっと、噂をすれば何とやら。早速来たようだね」

 阿波がそう言いながら、扉付近を見やる。カランカラン――という聞き慣れた音と共に、扉からは細身の青年が姿を現した――。




 青年――幸野君はゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。その姿は記憶にある物より、明らかに成長していた。身長は少し伸びており、切り揃えられていた髪は、最近流行の物へとなっている。かつて纏っていた学生服は、真っ白いブラウスと黒いジーパン、学生鞄は若草色のトートバッグへと変わっていた。

 小柄な所は相変わらず変わらないが、その瞳は大人のそれへと確実に近付いていた。


 そんな事を思っていると、やがて彼は私達のそばへとやってくる。そして、はにかみながらぺこりとお辞儀をした。

「こんにちは、阿波さん。今日は来て頂けて嬉しいです」

「やあ、幸野君。昨日振りだね。今日は、沖津君も来ているんだ。覚えているかい?」

「勿論です。沖津さん、ご無沙汰しております。幸野です」

 そう言うと幸野君はもう一度ぺこりと頭を下げる。姿は変わっていても、こうした謙虚な姿勢は、昔から全く変わっていない。

 やがて、差しだされた手を力強く握り返す。再開の挨拶は、それだけで充分だった。


「そういえば、大学合格したんだって? おめでとう」

「ありがとうございます。おかげさまで、何とかご縁を頂けました」

 幸野君は恥ずかしげに微笑む。元々真面目な彼の事だ。一年間の努力が、きちんと実を結んだのだろう。

 そんな和やかな雰囲気を打ち壊すかのように、静かだったはずの阿波が口を挟む。


「ところで幸野君。例のアレ、持ってきてくれたかい?」

「あ、はい。勿論です!」

 そう言うと幸野君は、持っていたトートバッグをごそごそと漁り始める。てっきり大学で使う資料か何かが入っているのかと思っていたが、そうではないらしい。やがてそこからは、何枚かが束になった原稿用紙が出てきた。

「それは――一体?」

「推理小説だよ。覚えていないのかい? 彼、昔から推理小説家志望なんだ」

「とはいっても、まだまだ未熟者ですが」


 照れくさそうに笑う彼を見て、私はようやく思い出す。まだ幸野君がここの常連だった頃。よく自作の小説を読ませてもらった事を。

 推理小説好きの阿波にそれを読んでもらい、感想を貰っていたっけ……。

「よかったら、沖津さんも読んでくれませんか? 是非、沖津さんの意見も伺いたいです」

「私で良いのかい? 小説は嫌いじゃないけど――あまり詳しくないし、大した意見も言えないよ?」

「いえ。沖津さんのアドバイス、いつも参考にさせてもらっていますから」

 にこやかにそう言われれば、決して悪い気はしない。というか、そう言われて断るのも悪いだろう。

「じゃあ、遠慮なく読ませてもらおうかな」

「お願いします」

 そうして私は阿波の横から原稿用紙を覗きこみ、そっと文字を追い始めた――。











「宝条家殺人事件」 作:幸野圭太


「……こいつは酷いな」 

 変わり果てた青年、宝(ほう)条(じょう)晶(あきら)の姿を見た相模(さがみ)紫(し)月(づき)は、思わずそう呟かずにはいられなかった。

 自室のベッドに横たわる晶は、苦悶の表情を浮かべ、白目を剥いている。

 呼吸も満足に出来なかったのだろう。手は服の胸元を強く掻きむしったような形跡がある。ベッドサイドに置いてある机には、少し口が付けられたココア入りのマグカップが置かれていた。

 隣で検視を進める男が、淡々と抑揚のない声で呟く。


「ぱっと見、毒――それも、致死量には僅かに足りなかったんだろう。可哀想に。相当苦しい思いをしたんだろうな」

「……」

 世界各地に会社を持ち、日本経済にも大きく影響を及ぼす名門宝条家。その第三子である晶が亡くなったと通報があったのは、つい数十分ほど前の事。

 真黒な髪の毛を耳の下で刈り上げ、人懐っこい性格であった晶は、今年二十歳になったばかりの年若い青年だ。

 相模が嶋田署の第一課に勤め始め、もう二十年以上は経つが、未だに若者の死体を見ると胸を痛めずにはいられなかった。

 息が詰まるような思いを押し殺しながら、相模は後ろに佇む遺族達へと問いかける。


「発見したのは?」

「私です。夕飯の支度が出来たので、呼びに行きました。ノックしたら、何故か部屋が開いていて……それで気付きました」

 手を挙げたのは、年老いた女――晶の母である薫(かおる)子(こ)だった。年は、大体六十近くだろうか。ぱっと見、五十代の前半にも見えるが、よく見るとそれは化粧で作られたものだという事が分かる。

 真黒な髪には所々白い物が混じっており、体中からは強い香水の香りが漂ってくる。俗に“ケバイ”と形容されるであろう彼女は、相模の苦手なタイプの女だ。


 相模がなおも話を続けようとすると、薫子の隣に佇んでいた車椅子姿の少女が口を開く。

「そんな事より刑事さん。この事は、やはりマスコミに伝わってしまいますの? 私、この件はあまり大事にしたくないのですが……。会社にもマイナスなイメージになってしまいますし」

 少女――晶の妹である有(あり)紗(さ)は、面立ちに未だ幼さが残る美少女だ。およそ十代の中頃だろうか。胸まである黒髪を下ろしており、一見大人しそうに見えるが、瞳の奥に光るのは母である薫子と同じ物だ。

 足を悪くしているのだろう。不自然な程全く動かない足は、妙に痛々しかった。


 そんな彼女を窘めたのは、二十代の半ば頃であろう精悍な顔立ちの男――晶の兄の司(つかさ)だった。

「やめないか、有紗。あいつが問題行動ばかり起こすのは、周知の事実だろう。今更隠し通せる物でもない。……くそ、貧乏神め」

 司が憎々しげに呟く。彼自身もこの醜聞は、決して快く思っていないらしい。

 兄弟関係にあるにしては、随分と淡泊な反応である。それも、宝条家の内情を考えれば、仕方のない事なのかもしれないが。


 晶と司達は、異母兄弟にあたる。もっと詳しく言うならば、晶の実母は、二人の父親の愛人にあたる者だった。昔晶はこの母親と同居していたのだが、数年前に彼女が亡くなったのをきっかけに、晶は宝条家へと引き取られたのだった。

 彼等の父親、宝条総一郎(そういちろう)は、宝条グループの元社長だ。数日前、持病の心臓病で死亡した。

 親の決めた結婚相手である薫子よりも愛人を愛した彼は、彼女と自分の子供である晶を溺愛していた。

 それだけならまだいい。多少不愉快ではあっても、生活に実害が及ぶ事は無いのだから。あろうことか総一郎は、“自分の財産は、全て晶へと相続させる”という遺言を遺していったのだった。当然、薫子を始めとする三人は納得がいかない。

 その為この事件は、総一郎の遺産を欲した親族の殺人では無いか――と、秘かに警察は疑っているのだった。


 やがて小瓶やマグカップの調査を終えた刑事達が、相模の元へと走ってくる。

「相模警部! マグカップの中から、毒物が検出されました!! 植物性の物――恐らく、トリカブトに似た物だと思われます。即効性の物で、マグカップに入ったココアを摂取したおよそ数分後に呼吸困難に陥り、その更に数分後、死亡した物と思われます。死亡推定時刻は、午後三時半頃です」

「ああ、ご苦労だった」

 相模は労いの言葉を掛けた後、左手に付けられた腕時計を確認する。現時刻は午後七時半。つまり晶は、今から約四時間前に絶命した事になる。

 そう瞬時に判断した相模は、すぐに遺族の元へと視線を向ける。


「三時半頃――つまり、今から約四時間前。何をしていたか、お聞かせ願いますか?」

「刑事さん。まさか貴方、私達を疑っているというの!?」

 途端、薫子が金切り声を上げる。自分達が疑いの目で見られている、という事が我慢ならないのだ。

 こういうタイプの者は、反抗すると後々面倒な事になる。経験上それを知る相模は、軽く眉根を寄せつつ説明した。

「あくまで参考までです。……痛くもない腹を探られるよりは、マシだと思いますが」

「そうよ母さん。もしここで拒否して妙な事を発表されたら、それこそ宝条家の恥だわ」

 有紗は“妙な”という部分を強調する。マスコメディアに近い生活を送っているせいなのか、警察の事はいまいち信用できないのだ。醜聞を嫌う者達の中には、よくいる部類である。


「ではまず始めに、薫子さんからお願いします」

「……古い友人達と一緒に、遊びに行っていたわ。その時間なら、ちょうど喫茶店にいたわ。会員限定完全予約制の場所で、一度入ったらお会計まで出られませんの」

 そう言って薫子は、持っていた鞄から一枚のレシートを取りだす。確かに隅の方には、その旨が記載されていた。

 店を出た時刻は午後三時四十分。喫茶店はここから車で片道一時間ほど。……どう考えても犯行は不可能だ。

 薫子が嘘をついていないというのなら、彼女が犯人だという事は、まずあり得ない。


「では次に司さん。お願いします」

「……その時間なら、自室で仕事をしていたよ。目撃者はなしだ」

 目撃者無し――それはすなわち、“アリバイ無し”を意味する。それだけで犯行を決めつけてはいけないが、薫子より怪しい、というのは明白だろう。

 それが分かっているのか、司はばつが悪そうに俯いていた。


「では最後に有紗さん。お願いします」

「部屋で眠っていたわ。兄さんと同じで、目撃者もいないし」

 即答だった。だが、司と違って俯いてなどいない。自分は潔白なのだから、何も恥じる必要は無い、という意志表示なのだろう。もちろん相模は、それだけで彼女の身の潔白を信じる訳ではないが。

 これ以上のアリバイ確認は出来ないと思った相模は、質問を変える。

「晶さんはトリカブトのような毒物で亡くなった、との事ですが、この野草に関して、心当たりは?」

「植物なら、庭に温室がありますわ」


 有紗が答える。確かに相模もここに来る途中、妙なビニールハウスを見かけた。恐らく、あれが温室なのだろう。その時は急いでいて見向きもしなかったが、毒草が生えている可能性は、充分にある。

「……鑑識。確認に行ってくれ」

「はい!」

 小走りで廊下を駆けて行く部下達を見ながら、相模は思考を巡らせていた。




 その数十分後。温室からそれらしき野草が発見された。通称小雪草。トリカブトと同レベルの非常に強い毒性を持つ草だが、名前の元にもなった見事な純白の花を咲かせる為、観賞用にも用いられるものである。

 恐らく犯人は、この草を粉末状にした物を、珈琲に入れたのだ。


「普段、温室に鍵は?」

「かかっていません。屋敷に暮らす者なら、誰でも自由に出入りできます」

 つまり、この三人なら誰でも簡単に小雪草を手にできた、という事だ。観賞用の花である。万が一他人に見つかっても、まさかそれが毒草とは思われまい。

 相模が思考をまとめかけていると、司が言いにくそうに口を開く。慌てて耳をすませた彼が聞いたのは、困ったような司の声だった。


「ただ――温室には、有紗一人では入る事ができません。温室の前には階段が付いていて、車椅子では上がる事が出来ないんです」

「鑑識。どうなんだ?」

「はい。確かに、少し傾斜の強い階段がありました。車椅子を使っての移動は、まず無理でしょう」

 鑑識の男は、きっぱりとそう答えた。

 とすると、温室に入れたのは司、薫子、という事になる。しかし、薫子は喫茶店に行っており、アリバイがある。そうなると司が一番怪しいのだが、どう考えても真っ先に自分が疑われる状態の時、殺人を実行なんてする物なのだろうか……。

 幾ら考えても、思考は堂々巡りをするばかりだ。不意に頭痛を覚え、相模は頭を抱えたい衝動に陥った。










 原稿は、そこで終わっていた。だがどう考えても、こんな半端なシーンで終わる筈は無い。大体、犯人すら明かされていないのだ。これで完結というならば、全国の読者が本を投げ捨てるだろう。案の定、阿波も狐につままれたような顔をしている。

 しかし、流石にそれで終わらせるつもりは無いらしい。幸野君は苦笑を浮かべながら、こちらを見やる。

「実はこの原稿、この問題編で終了なんですよ。答えは、お二人が導き出して下さい」

「ほう……。読者への挑戦、という訳か。いいだろう。受けて立つよ」

 なにやら阿波は、すっかりやる気になってしまっているようだ。元々負けず嫌いな性格も関係しているのだろう。妙な所で思考が幼い。

 そんな思考を読みとったのだろうか。不意に阿波がこちらを見やり、ふん、と肩を竦めてみせる。


「なんだい、沖津君。君は参加しないのかい? まあ、自信がないというのなら強制はしないけれど」

「沖津さん、どうします?」

「……まあ、そこまで言われたら、やらない訳にもいかないな。大した事は言えないけど、それで良いのなら参加させてもらうよ」

 私がそう言うと、余程嬉しかったのだろう。幸野君は途端に破顔する。そんな彼を見るのは嬉しくて、私もついつい微笑んでしまう。

 にこにこと微笑んだまま、幸野君は口を開いた。


「とは言っても、これだけでの情報で推理するのは、なかなか難しいのではないでしょうか? そこでこの小説には、“縛り”を用意したいと思います」

「「縛り?」」

 阿波と声が被る。それもその筈。今まで小説を読んできた中で、推理に“縛り”がある物なんて、聞いた事がない。

 私達が呆気にとられているのを悟ると、幸野君は苦笑しつつ説明をしてくれる。

「縛り――といっても、ヒントみたいな物です。今から僕の言う事は、この小説の推理においての絶対条件です。この縛りに逆らう推理は、全て失格とします」

「つまり、今から君の言う事は全て真実――君の言葉に反する推理は、正解ではない、とそう言いたいのかい?」


「流石阿波さん。飲み込みが早いですね」

 幸野君は感心したように阿波を見やる。今の二人の言葉で、私も何となくルールを理解した。

「では始めます。まず始め、縛り一『この小説、宝条家殺人事件内において、一切の嘘偽りは書かれていない。これは、登場人物の台詞から地の文にも適用される』」

「なるほど。要は、「宝条晶は死んでいる」や、「宝条有紗の足が悪い」などの情報は全て真実、というわけか」

「そういう事です。では次、縛り二『犯人は晶のカップに直接毒物を入れた。ここに、時間トリックなどは使われていない』つまり、三時半にこれを飲みなさい――などと言って、毒の粉の入った瓶を手渡すのは不可、という事です。これが許されてしまうと、真相が無限に広がってしまうので」

 それは私も考えたトリックだった。なかなか良い推理じゃないかと思ったが、確かに真相は無限に広がってしまう。


「そして次、縛り三『犯人は小説内に登場した人物である』描写にない、外部犯やお手伝いさんの犯行では絶対にありません」

「まあ、当然といえば当然だね」

「縛り四『犯人は単独犯である。この場合、犯行に使われる道具の調達なども手伝い。つまり、複数犯とみなす』もちろん、有紗がお手伝いさんに草を取ってもらう事などは禁止です。お手伝いさんに車椅子を押してもらって、その時に草を取る、というのもなしです」

 これで、有紗犯人説は消えた。文章内から察するに、恐らく薫子犯人説も厳しいだろう。……とすると、必然的に犯人は司という事になる。


「次が最後の縛りです。縛り五『犯人は女である』」

「え!?」

 司犯人説を信じ切っていた私は、幸野君の言葉をすぐに理解する事が出来なかった。

 犯人は女――つまり、薫子か有紗、という事だ。

 彼の言葉、及び小説内に、一切の嘘偽りはない――。この条件に当てはまる犯人など、本当に存在するのだろうか。

 相模警部と一緒に頭を抱えたくなってきた頃、私はふと、隣に腰掛ける阿波の顔を覗き込む。流石の阿波も、この難解な謎は解けない筈だ。


 ――あれ?

 そこにいるのは、確かに阿波だ。だが、私のように頭も抱えておらず、悩んでいる様子もない。否、むしろ笑っていた(・・・・・)。

「あ、阿波。まさか君、真相が分かったのかい!?」

「真相? ……ああ。もちろん。縛りを聞き終えた瞬間、確信したよ」

 そういう阿波は、決して冗談を言っているようには見えない。にこやかに微笑みをたたえながら、彼は口を開いた――。

縛り一覧


・この小説、宝条家殺人事件内において、一切の嘘偽りは書かれていない。これは、登場人物の台詞から地の文にも適用される。

・犯人は晶のカップに直接毒物を入れた。ここに、時間トリックなどは使われていない。

・犯人は小説内に登場した人物である。

・犯人は単独犯である。この場合、犯行に使われる道具の調達なども、手伝い。つまり、複数犯とみなす。

・犯人は女である。


後編は、6月17日(日)深夜0時に投稿いたします。

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