第97話 1か0
アガガガ言いながら硬直していたポンさんの首が、ロボットのようにコチラへ向き直り、僕の口を全力で押さえつけた。どうやら僕が叫ぶのを予期していたんだろう。おかげで悲鳴を上げそうなところを、どうにか踏み止まることができた。
「なんだお前ら、どうかしたのか?」
不思議そうに中腰のまま固まる僕とポンさんを見下ろすゼラルギー。動じる気配一つ漂わせず、「なんでもないですわ」と返答したインフのファインプレーに助けられ、僕とポンさんはゼラルギーに背を向け、互いに見開いた両目をパチクリさせた。
「どーゆーことや!? どーして俺らがメガリーストの王様に目ぇ付けられてんねん!?(ボソボソ)」
「知らないよそんなこと! こっちのセリフだよ!?(ボソボソ)」
変な奴らだなと欠伸しながら腰を叩いたゼラルギーは、小声で僕と言い争っていたポンさんの背中をバンッと叩き、「じゃあ期待してるぜ」と言い残し、僕らにヒラヒラと手を振った。
店を出た僕らは、ダンジョン攻略に必要な道具を町で調達したのち、カルラとインフ、僕とポンさんの二組に別れて行動することを提案した。「なぜ自分がこの女と行動しなければならないのですか!?」とインフが駄々をこねたけど、今回はインフを連れていけなくなってしまったからごめんねという僕の謝罪に免じ、仕方なく折れてくれた。
「ふん、しかしこの女と行動することは断固拒否する。わらわを縛ることができるのは主様ただひとり。このような者に付き従う道理はないッ!」
そう言い残し、インフはまたイジケて姿を消してしまった。「全く……」と呆れたカルラは、買い集めたアイテムの袋をポンさんに手渡しながら、「お前たちがダンジョンに入っている間、私の方でも石を手に入れられる手立てがないか探してみるつもりだ」と言い残し、軽く手を振ると町の喧騒に消えていった。
よろしくお願いいたしますと頭を下げ、平静を装ったまま手を振った僕は、カルラの後ろ姿が見えなくなるなり、ポンさんを裏路地へ引っ張り込んだ。そして顔面をこれでもかと突きつけ、「どーゆーことなの!?」と質問した。
「そんなん知らん! 知らんけど、メガリーストの王様が俺らのこと探してんのは間違いない。なんでや、なんでこんなことになってんねん!?」
よくよく町のあちらこちらを見渡せば、冒険者が出入りする店や飲食店のいたるところに依頼書が貼られており、メガリーストの本気度が窺える。『本人でなく、関連する情報を持ち込んだ者にも金一封』との書き込みもあり、国ぐるみで僕らを探している雰囲気がプンプン漂っていた。
「まさか、俺らが首謀者やと疑われてるんちゃうやろな……? んなアホな、メガリーストて、あんなわかりやすいトラップに引っかかるよな無能集団なんか。もしそうならあかんで、あかんでしかし!?」
珍しく混乱している様子のポンさん。
しかし僕はそれ以上に頭が思考停止し、もう終わりだと膝をついた。
インフのことだけでも大変なのに、さらにまた新たな容疑をかけられるなんてことになれば、旅に関わってくる影響は必至だ。僕はさらに多くの人々から命を狙われることになっちゃう!
「せやけど、見たところ、どうやらまだ俺らの顔までは広まってへんようや。こうなったら、これ以上余計なことに首を突っ込まんと、メガリーストの件については無視を決め込む。これしかない!」
「そ、そうだね……。でもなんだって僕らがお尋ね者に」
アワアワと頭を抱える僕ら。
しかしそんなことをしている合間にも、時間はどんどん過ぎていく。蜜ロウを手に入れるためのタイムリミットが迫る中、涙を拭って町を飛び出した僕らは、半ばやけくそ気味にライスルーベの洞窟を目指し南へと走った。
時間的猶予は一週間。地図片手に大まかな時間配分を計算したポンさんは、ジジイのように指の先を舐めながら、僕を船を操る船頭のように導いた。
「ダンジョン! までは! どれくらい! かかるの!?」
『跳躍』で距離を稼ぎながら質問する。ようやく着地で発生してしまう爆発をコントロールできるようになってきたので、意図的に『跳躍』と爆発の推進力とを組み合わせながらスピードを上げていく。
「この、ペース、なら、四、五時間も、あれば、着くやろ。それに、しても、随分、上手く、なってきたやん?」
『落下中無敵』と『ダメージ無効&反射』の結果が着地時の大爆発となることがわかれば、自ずと対処法は見えてくる。意図的に着地の衝撃をコントロールすることで、足元にかかる力やダメージを分散することができれば、そこから生まれた反動を『跳躍』と組み合わせることで、推進力に変えることができる。そうして移動速度は飛躍的に向上した。
「僕は、人よりも、レベルが、高いみたい、だから、普通の人より、身体の、耐久力も、高いでしょ? だから、もしかしたらと、思って、色々、試してみたんだ。少し高いところから、着地したときに、耐えられる方法が、あるんじゃないかと、思って」
『大落下』の効果は、自身のステータス状態による影響を色濃く受け、その威力の大小が決まる。だから僕は最初に、単純な落下の中で、どの程度自分の身体が衝撃に耐えられるのかを検証した。
『跳躍』で飛び上がることのできる最大の高さから落下した場合、どう対処しても、ある程度のダメージを受けて衝撃波が発生してしまう。しかし加減することで、意図的にダメージ量を制御できることがわかった。
また僕の能力は物理的な『落下』に関わるバイアスが最も高いみたいで、下降によってスキルが発動した場合に、どの程度、身体強化が可能なのかも試してみた。
『身体硬化』のスキルと、『身体軟化』のスキルをそれぞれ習得し、最大頂に達したところでスキルを発動。着地時にかかるダメージを最小限に抑えつつ、二つのスキルの反発力を活かし、『跳躍』で地面を蹴る力にプラスαできるタイミングと境界線を模索した。
「自分に、かかる、衝撃を、コントロール、できれば、それを、攻撃にも、防御にも、繋げられるって、気付いたんだ」
「確かに、そやな。だけど、それだけじゃ、足りへんなぁ」
ポンさんは僕の肩の上で器用に倒立しながら、衝撃を吸収しつつ、軽業師のように足で1の文字を象りながら言った。
「ウタはまず、0から1になる意味を理解する必要があるな」




