第90話 ギルドマスター
窓口の台座を思い切り殴りつけた大男は、怯えながら落ち着いてくださいと繰り返すギルド職員の女性を問い詰めている。喧嘩かと周囲にいた冒険者も集まり始め、いよいよ引けなくなった大男は、持ち込んだ巨大なモンスターの毛皮を女性に突きつけながら、「マスターを呼びやがれ!」と声を荒げた。
「あわわ、なんだか凄いことになってますよ。ギルドっていつもこうなんですか!?」
「そんなことはない、が……。しかしこれは」
カルラが言葉を止め、男たちの会話に耳を傾けた。どうやら持ち込んだアイテムの買取額に納得がいかないのか、ギルド側の言い値と男が揉めているらしく、言葉の端々を聞いたカルラも僅かに首を傾けた。
「ど、どうかしたんですか?」
「いいや、……少々いいだろうか?」
少し離れた場所で会話を聞いていたカルラが、わざわざ両者の諍いに割って入っていくではないか!?
慌てて止めるも、「大丈夫だ」といった彼女は、男を諌めるようにポンと軽く肩を叩いてから、ギルド職員の女性に尋ねた。
「確かに彼の言うように、その金額は少々買い叩きすぎではなかろうか。何か理由があるのなら聞かせてほしい」
思わぬ加勢にそうだそうだと一緒になって騒ぐ男。
おどおどと畏まりながら肩をすぼめた職員女性は、「そうなのですが……」と申し訳無さそうに言った。
「実は最近、高ランクの魔獣が周辺地域に増えたことが影響しておりまして、それを目当てにした冒険者の皆様が多数町に遠征していらっしゃる関係で、魔獣系アイテムの供給量が極端に増えているんです……。ですが反対に、武器生成などに使用する鉱石や硝石といった石材の需要は日に日に高まっておりまして、今ではその価値が逆転してしまっており、その……」
「その、じゃねぇ!」と声を荒らげた男は、もういいと激昂し、ついにギルドを出ていってしまった。申し訳無さそうに何度もペコペコ頭を下げた女性は、僕らに対しても申し訳ありませんと詫びてから、「ハァ……」と大きくため息をつく。すると、
「冒険者の皆さんの前でため息はいかんなぁ、ニコルくん。ほら、シャキッとしないか、シャキッと!」
窓口の奥から突然現れた見るからにガテン系な男性が、彼女の両肩をガシッと掴んだ。「ヒャイ!」と慌てて返事した彼女は、「ま、マスター!?」と目を丸くしながら背筋を伸ばした。
「はいはい、皆さん。理由は彼女が言ったとおりだ。ほれ、そっちの掲示板にもちゃんと書いてるだろ。魔獣系アイテムを売りたいなら、隣国へ出向いた方が高く売れるだろうぜ。ほら、わかったなら散った散った!」
集まった冒険者たちが、舌打ちしながら去っていく。「もっと堂々としないか、ニコルくん」と、どこかふざけたような表情で説教するギルドマスター(以下ギルマス)は、ボーっとその様子を見つめていた僕に気付いて、「まだ何か用でもあんのかい?」と質問した。
「へ? え? 僕ですか!? いいえ、特に、何もありません!」
「ねぇのにボーっと見てたのかよ。大丈夫か、お前……?」
恐縮してペコペコ頭を下げる僕に呆れながら、助け舟を出すべくカルラがギルマスに声をかけた。彼女をひと目見たマスターは、「ほう」と何かに関心しながら襟を正した。
「これはこれは、Cランクの冒険者様。この度はどのようなご用向きで?」
僕に向けるものとはまるで違う態度でカルラに質問したギルマスは、「彼女を奥の部屋へ」とニコルに口添えした。「Cランク」とざわつくギルド内の冒険者の様子を上の空で見つめていた僕は、「ウタ!」とみんなに呼ばれるまま、ギルド内の一室へと招かれた。
「なんなのこれ。どういう状況なの、ポンさん!?」
「普通に考えりゃ、Cランクの冒険者なんかそうそうおるもんとちゃうからな。ウタと姐ちゃんのせいで忘れがちやけど、嬢ちゃんも相当な手練れなこと忘れてたわ」
どうやらカルラが身につけている冒険者を示す腕章を確認したギルマスが、僕らを特別な冒険者の一行として招いてくれた、らしい。僕は初めての経験にドギマギしながら、恐る恐る招かれた先の椅子に腰掛け、借りてきた猫のように背筋を正した。
ニコルに席を外すよう微笑んだギルマスは、彼女が部屋を出ていくのを見届けてから、「さて」と僕らのことを歴戦の将のように据わった視線で見つめた。
「まぁゆっくりしてくれ。で、今回はどのような要件で?」
室内のアチラコチラを見回しながら緊張に押し潰されそうな僕と、鼻くそほじりながら椅子で横になったポンさん。そして僕の隣でギルマス全無視で僕だけを見つめているインフを一瞥してから質問する。カルラは僕らを一切いないものとして咳払いしてから、ギルマスと一対一で対面しながら返答した。
「私はカルラ=イベルドローラと申します。隣国はエルフの集落より、必要となる物資の調達のため参りました。実は一つ、アイテムの用立てを依頼したく、相談に参った次第です」
「ほう、アイテムですか。で、それはどのような?」
「窯炉を再建するための、ベルファイト鉱石とリゾナ硝石を手に入れたいと考えております。端的にお聞きしますが、可能でしょうか?」
額にシワを集め、難しい顔をするギルマス。そして少し口をすぼめながら、「ん~」と考えを巡らせた後、下を向いたまま言った。
「先程、窓口でウチのニコルも言っていたが、実は現在、鉱石が手に入りにくい状況でな。少量ならそれほど問題はないのだが、窯炉を造るとなれば、それなりに量が必要だ。違うかい?」
カルラは村の職人であるシェフィールに依頼された石の量をギルマスに伝えた。しかし彼は大きく首を横に振り、「その量を用立てることは不可能だ」と申し訳なさそうに言った。
「なっ、そ、それはどうしてですか? それほど難しい量ではないはずです!」
ギルマスはカルラの顔を再度見つめてから、「ここだけの話として聞いてください」と釘を刺してから呟いた。
「確かに、石自体はある。しかし、それを売ることができんのです」




