第71話 奇声
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異変は少し前から感じていた。
インフに威圧スキルを制御してもらうようになってから、低級モンスターも頻繁に姿を見せるようになり、僕たちはごく自然な形で旅を続けてきたと思う。
しかし目的の場所へ近付くにつれて、その雰囲気は少しずつ色濃くなり、今朝にはその事実に皆が気付いていた。僕は何度もインフに確認したけれど、彼女が嘘をついている素振りはない。
ガンザの村まで残り数キロの道のりとなり、異変の中心地に近付いていることを肌で感じながら、僕は未だ確信できずにいるもどかしさと、拭うことのできない違和感に頭を悩ませていた。
「異常やな」
ポンさんがインフを一瞥して嫌味のように言った。しかしインフも同じように侮蔑の視線でそれを否定し、「殺すぞ犬コロ」と吐き捨てた。
「二人ともやめてったら。ここで言い争っても意味がないよ。ほら、村はもうすぐそこだから」
一触即発の空気を断ち切り目的地を目指す間も、僕らと同じく、カルラの視線は厳しいままだった。村へと続く街道は酷く荒れており、日常的に手入れされているとは思えず、異変を感じずにいろというのが無理な話だ。
「と、ところでカルラさん、村へ戻るのは何年ぶりなんですか。詳しく聞いてなかったなと思って」
淀んだ空気を振り払おうと話題を変えた僕の質問に、どこか重苦しい表情で彼女は答えた。
「村を出てちょうど五年になる。しかし三年ほど前、仲間の一人と連絡を取り合う機会があった。その時は特段これといった話はなかったのだが……」
再び沈黙する一行。
街道の境目を目前にして、取り繕ってまた話題を変えようとした僕のことを、ポンさんが不意に引き止めた。どうやらそれどころではない事態が目の前に広がっていたからだった。
開けた平原に突き当たった僕らの前に現れたのは、明らかに故意的な『被害』だった。
野は焼かれ、折れた木々は放置され、地面は抉れ、ぽつぽつと見え始めていた家々が軒並み破壊されていた。「これは……」と呟いたカルラの足は自ずと早まり、僕らも慌てて彼女の後ろ姿を追った。
被害は進むほどに広がり、少しずつ増えていく文明の臭いが、それは無惨に壊されている。息遣いが荒くなったカルラの歩みは秒ごと速くなり、村の入口に着いたところで、自然と停止した。
その様は目を覆いたくなるほど無惨なもので、言葉にすれば『全壊』。破壊の限りを尽くされた村の様子に我を忘れたカルラは、僕らのことすら忘れたように、一目散に走り始めた。「エアリス」という知らない名を呼びながら辿り着いた先には、もはや瓦礫と化したもともと家だったものの残骸が虚しくそびえているだけだった。
「そ、そんな……、いったい何が」
崩れた家の前で膝をつくカルラ。尋常でない村の様子に、思わず僕らも言葉を失う。
「そうだ、エアリス、エアリスは!?」
落胆から一転し、再び誰かの名を呼び始めたカルラは、そこにいるはずの人物を求めて声を上げた。しかし村には誰の姿もなく、それどころか、遠くから響く人ではないものの"奇声"に、村全体が包み込まれた。
「……なんだ?」
西の空を見上げ、インフが呟く。
同じように見上げたポンさんも、眉をひそめ、曇った空の彼方を見つめた。
凄いスピードで、何かがやってくる。
最後に反応した僕が空を見上げた直後、あれだけ陰っていた雲の隙間から、勢いよく大きな影が飛び出した。その影は脇目も振らずこちらへ向かって一直線に落下し、再度の奇声を上げた。
「あれは……、ワイバーンちゃうか!?」
限界まで細めたお目々で見つめながらポンさんが叫ぶ(そして僕の背後に隠れる)。
予期していたようにゆっくり歩き始めたカルラは、腰に差した赤い剣を無言で抜き、怒りに満ちた眼で歯を剥きながら、「エアリスをどこへやった!?」と叫んだ。
巨大な両翼を羽ばたかせ、鋭い後ろ脚で躊躇なく斬り掛かった翼竜は、鋼鉄の肌と光沢のある真珠のような爪をこれでもかと押し出し、カルラに襲いかかった。
「ギュエラララー!」
「遅いっッッ!」
ワイバーンの脚を躱し、カルラの一閃が翼竜の腹横を斬り裂いた。鮮血が彼女の横顔を濡らすも、その表情から怒りの感情が消えることはなく、すぐさま第二撃を繰り出さんと転回する。しかし――
振りかぶったカルラの剣が空中で静止する。直後、まったく別の方向から射たれた矢のようなものがワイバーンの首横に刺さり、竜の悲鳴のような嘶きが響き渡った。
「だ、誰や!?」
皆が明後日の方向へ視線を外した隙を見計らい、ワイバーンは大きく羽ばたき風を起こすと、分が悪いと見てその場から飛び去った。トドメの一撃を入れ損ね、カルラはその原因であろう人物を一瞥するも、どこからか聞こえてきた声に気を取られ、すぐさま振り返った。
「え、……カルラ? カルラなの!?」
声の主は、先程の矢を射った人物のようだった。
振り返った僕らの視線の先にいたのは、カルラと同じような年格好をした女性だった。




