第61話 マンティスの罠
煙は今にも消えてしまいそうなほど乏しく、僕はすぐにポンさんを背負って跳び上がった。木々が生い茂っている森の地面は見えないものの、耳を澄ますと煙が上がった方向から何かが争っているような激しい音が聞こえてきた。
「誰か戦闘しとる。ウタ、闇雲に突っ込むのはあかんで。姐ちゃん、ワレが先行して見てきぃ!」
最上級の不服さを示す顔で舌打ちしたインフは、お願いと手を合わせる僕に免じ、今回だけやってやると承諾した。空中で魔力の壁を蹴って超スピードで先行する彼女のあまりの速さに驚愕し、僕は「はやーい!」と声を上げていた。
漂う煙が消えかける間も与えず、インフが瞬く間に出どころへ接近する。しかし直前に迫ったところで、再び眼下の森の中で爆発が起こり、大木が音を立てて倒れ、地面を激しく揺らした。彼女への攻撃かと警戒したインフは、近くの木に姿を隠して様子を窺った。
『主様、聞こえますか。インフです』
急いで追いかけている僕の耳元に、インフの囁き声が聞こえてくる。
「なにこれ?」と呟く僕に『念話です』と前置きした彼女は、そこから見える状況を端的に伝えた。
『何者かが多数の魔物と交戦しています。しかし戦況は見るからに……』
「え!? だ、だったら早く助けないと!」
『モンスターを引き連れて逃げ回っているとみられます。先回りして手を貸しましょうか?』
「お願い!」
圧縮させた空気を蹴り、爆ぜた閃光が見えるほどの速さで旋回したインフは、大きな円を描き、錐揉みしながら森へと直滑降する。最前列のモンスター数体を巻き込みながら森の木々ごと抉り取っていく様は凄まじく、離れた僕のところまで地面を伝り揺れが届いていた。
『主様、先頭にいるのはどうやら例の女です。ただ……』
嫌な言葉の止め方をしたインフに、「どうにかして。お願い!」と伝えた僕は、自分にできる最高速度で森の木々を足場にして走った。その間もカルラに話しかけるインフの声が、念話の合間に漏れて聞こえていた。
「生きているか女。随分なやられようだが」
「だ……、れ、だ」
「ふん、生きているならいい。今は黙って倒れていろ、すぐに主様が終わらせてくれる」
都合の良い無茶を口にしたインフに苦笑いしながら、僕は「だったら……」と呟き、カルラを連れて遠くに逃げてと叫んだ。意図を読み取ったインフとポンさんは、これから訪れる衝撃を予見し、それぞれ防御態勢を取った。
近くの一番高い木の天辺を足場に自分ができる最高到達点まで跳び上がった僕は、インフが削った森の木々を目標に、そのまま垂直落下する形で躊躇なく落下を開始した。背中にしがみつくポンさんから悲鳴が漏れているが、僕はこの身体全部を地面に叩きつけるように、全力で、これまでの鬱憤を晴らすようにモンスターの隊列へと突っ込んだ。
巨大隕石が落下してくるような圧力が空気の壁を切り裂き、広範囲の木々が一瞬にして消し飛んでいく。インフの攻撃が霞むほどの威力で揺らした森から、鳥型のモンスターが一斉に飛び去っていった。
ブスブスと地面が煮え立つほどの高温に包まれ、目に見える範囲は全てが赤色に染まりで、青々としていた緑色は面影なく炭化し燃え尽きた。モンスターどころか地表と岩肌以外の物質が消えてしまった異常さに、僕とポンさんの口から「やりすぎだよね」という声が漏れたことは言うまでもない。
「ホンマにメチャメチャや。もうモンスターがおった形跡すらないで」
大量のモンスターが存在したはずの森の一角は、骨の欠片すら残さず跡形もなく消し飛んでいた。微かに残っていた何かの羽の欠片を摘むも、すぐにボンと燃えてなくなった。
「お見事です、主様」
退避していたインフがどこからともなく現れ着地した。彼女の背中では、ぐったりと力なく顔を伏せているカルラの姿があった。
「か、カルラさん!?」
「限界寸前まで逃げ続けていたのかと。グレートマンティスにしてやられたのでしょう」
恐らくは狡猾なマンティスの罠にハマり、モンスターの大群に襲われたのだろうとポンさんが代弁した。どちらにしても、彼女をこのままの状態にしておくことはできない。
「どこか安全な場所に移動して治療しなきゃ!?」
「そんなら一旦上に戻るしかないな。嬢ちゃんにも詳しい話を聞かなあかんし」
インフに会うなり気絶してしまったカルラは、全身傷だらけで、聞くまでもなく満身創痍で、微かに呼吸しているだけの状態だった。すぐに退避した僕らは、一度9階層へと戻り、しばらく静かなボス部屋で彼女を寝かせ、怪我の治療をした。
「ホンマ無茶しすぎやで。ウタのわがままを聞かんかったら確実に死んでたで」
インフの回復魔法と、手持ちありったけのポーションを飲ませた僕らは、どうやら一山越えた彼女が目を覚ますまで、しばし休憩をとることにした。その間に湧いた亡者の亡骸は、インフが2秒で倒してしまったので割愛する。




