第60話 暗転からの炎天下
「なんやよー知らんけど、どっちみち進むしかあらへんわ。ご覧のとおり、戻る道は閉じられてるし、地下へ潜るしかない一本道や。ま、なんにしても、今後は無理と無茶を混同せんことや。次に暴走したら、今度は思っくそ殴るで」
ポンさんに念押しされ、僕はコクンと深く頷いた。今回ばかりはインフも少しばかり反省したのか、ほんの僅かに頷いていた。
「先に言っとくけど、こっから先は地図にあらへんで、しばらくは勘だよりや。大まかな場所しかわからへんから、罠や高ランクモンスターとの遭遇は御愛嬌やで心しぃや」
などと言っている間にも、密室の出口で何かが動いた。ぬっとこちらを覗き込んだ大型のゴブリンは、僕らを敵と認識し、手にした棍棒を大袈裟に振りかざした。しかし
「ハァ……、これだから空気の読めない低級種族は嫌なのです。まだわらわと主様が、こうして愛についてお話を交わしているというのに」
インフが気配なく一歩進んだと思った刹那、ゴブリンの頭がボンッと弾けた。
まるで見えない一瞬の隙にゴブリンを屠った彼女は、こちらに目配せしながら「先を急ぎましょう」と頷いた。
打って変わって僕を守るようにインフが先導してくれるおかげか、それからは罠にハマることも、はたまたモンスターに苦戦することもなく順調に進んだ。時間はかかったものの、地下9階層のボス部屋間際まで進んだところで、本来のルートに戻ることができた。「俺天才」と胸を張るポンさんと、張り合ってなぜか悔しそうなインフの表情がとても印象的だった。
いよいよ現れたボス部屋の前に立った僕は、「ここを突破すればいよいよ中層ですね」と緊張し呟いた。しかしそんな僕の覚悟を軽くいなし、二人はさっさと扉に魔力を流して準備を進めていた。
「ちょ、ちょっと二人とも。そこは一緒に緊張する流れじゃないの!?」
「知らん知らん。こっちはもうとっくの昔に呆れ果ててんねん。ダンジョン入るときの緊張感を返してほしわ。あー、アホくさ」
ゴゴゴと音を立てて開かれる扉。
躊躇なく入っていく二人。
僕も慌てて二人を追いかける。すると自動的に扉が閉まり、完全な密室空間ができあがった。
薄暗く湿った空間の先で、こちらを見つめる何かの眼が紅く瞬いた。
人型のモンスターだろうか、左右対称に動いた何かが、ガチャリと武器を身構えた。
不意にパチンと音が鳴った。
薄暗かった空間に、淡い光が差した。
そしてそれと同時に僕の真横でドンッという衝撃が走り、コンマ数秒前に紅く光っていた場所の近くで何かが爆ぜた。あまりの速さと衝撃、そして爆風に顔を覆った僕は、何が起こったかすらわからないまま、身を守りしばらくジッとしていた。すると
「終わりました主様。先を急ぎましょう」
と、インフが。
「はい?」と目を開けると、そこには無惨にも破壊されたアンデッド兵の亡骸が転がっていた。
「……そらそうやろ。ケルベロスを一発で倒したコレが、亡者の亡骸2体に負けるわけあらへんし。あー、ホンマにアホくさ」
出口の扉が開き、ポムポム歩いていく二人が手招きしている。
僕はなんだか少しだけ腹が立って、「なんだよ!」と頬をふくらませた。
開けた空間に出たところに、どこか仰々しさすら感じさせる石板のようなものが立っていた。そこには何やら文字が描かれており、僕はポンさんを赤ん坊のように抱え、「読んで」とお願いした。
「ふむふむ、こっから先はBランク以下の冒険者、またはCランクかつ10名以上のパーティーに満たない者のの立ち入りを禁ずる。未熟冒険者の生死は保証できへんと、まぁそんな感じやな」
改めてゴクリと息を飲む。
もし僕が先程のようなミスを犯せば、恐らくは死んでしまうに違いない。
Bランク冒険者の強さはわからないまでも、ここから先の過酷さは僕にも想像がつく。
なのに緊張感なく鼻くそほじっているポンさんは、ピンッとそれを弾き捨て、「さっさと行こか」と僕の膝裏をガシガシ蹴った。
「な、なにさ、こっちは緊張してるっていうのに……」
「必要ないやろ。さっさと進んで嬢ちゃん探すで」
「そんなふうに舐めてると痛い目にあうんだからね」
「ないない。おのれ、ホンマに全然わかってへんな」
馬鹿にしたように天を仰いだポンさんは、何事もなかったように階段を下っていくインフに続き、頭の後ろに手を置いたまま二段飛ばしで階段を降りていった。ムスッとした僕は小走りで二人に追いつき、「ちゃんと説明してよ」といじけながら質問した。
「ケルベロスのランクは知ってるか?」
「そんなの知らないよ。でも強いことはわかってる。実際に、さっきボコボコにやられたし……」
「なら次の町で調べてみたらええわ。そんだけや」
「そんだけって、それじゃわからないよ!」
「安心し。中層にアレより強いモンスターおらんから」
「…………え?」
薄暗い階段を降りきったところで、インフが急に足を止めた。
インフの膝裏と僕の膝でムギュっと潰される形になったポンさんは、「急に止まんなや!」と怒りの声を上げた。
「主様、これは……」
インフの驚きに、僕もすぐ気付いた。薄暗いはずの通路の先が、驚くほどの光で満ちている。その明るさは炎天下の砂漠ほどで、あまりにも異常だった。
「そらそやろ、中層は明領域やからな。常に太陽の下みたいに明るい階層やて、ここにもちゃんと書いてるやん」
バンバンバンバン派手に地図を叩いてアピールするポンさん。光さす先に飛び出した僕とインフは、まるで外の世界にいるような異様な光景に、目を丸くした。
地上の開けた盆地を思わせるほど広大な土地が広がっており、向かって右の方向には木々が生い茂り、さらに先には森のようなものが見えている。左方向は小高い岩が連なったような丘があり、見るからに地形が異なっている。しかしどちらもダンジョンの中とは思えないほど雄大で、道に迷えば上層へ戻ることすら難しく感じるほどの広さだった。
「ダンジョンと言っても中身は様々やからな。ちなみに中層は上とちごて1階しかあらへんし、エリアボスもこの階層におるって書いてあるな」
「上は地下10階まであったのに?」
「せやで。せやから、この下は最下層域っちゅうことになるはずや。今回は用事ないから行かへんけど」
景色と地図とをにらめっこし、唸りながら目的の場所を探したポンさんは、グレートマンティスの生息域とダンジョン形状とを見比べたのち、「恐らくあっちやな」と短い指をさした。彼の予測によると、今回はどうやら岩エリアではなく、森を目指して進むみたい。
「グレートマンティスは超肉食のモンスターやから、獲物と死角が多い森に住んでることが多いって書いてるな。夜は外敵から身を隠すため穴や木の幹ん中にいるらしわ。目撃情報が多いのは、迷いの森ん奥にある洞窟周辺で、そこらを根城にしてる可能性が高そうや」
「迷いの森。ダンジョンの中にそんなものが……」
「ダンジョンってのはなんでもありなんやで。そんならさっさと行こか」
僕とポンさんが行き先について話していると、不意にインフが僕の袖を引っ張った。無言で遠くを指さす先では、何やら細い煙のようなものが、木々の上のあたりを漂っていた。
「ポンさん、あれ見て!?」
「何か燃えてるみたいやな。とにかく急いで行くで!」




