第45話 ピチピチの380歳
「あ、おはようございます」
「おうウタ、今日は随分と早いな。また採取クエストか?」
「はい! 日が上がり切る前に集めてしまいたくて」
「しっかしよぉ、たった数日で本当に慣れたよな。メルビンで何があったんだ?」
「別に何もないですよ。必死で町の人たちを助けようとしただけです。やられちゃいましたけどね」
まったくと呆れて肩を叩いたサロムに行ってきますと挨拶を済ませ、僕はパパス村の北に位置する森に出向いていた。
村へ戻り、30日ほどが経過した。
その間、僕はメルビンで起こった全てを隠したまま、一度落ち着きこれからの身の振り方を考えていた。
戦うことに関しては、一定の目処がついたと思ってる。サロムたちとも何度かパーティーを組んでもらい、モンスターとの戦闘についても基本から教わった。相手があまりに強大でない限りは、無茶しなければどうにか死なずに済む算段もついた。
しかし肝心な部分の解決は、まだまだ先延ばしのまま。
情けなくも僕はあちらの世界で未成年だったので、バイト経験もほとんどない。いわゆる労働をして『お金』を稼いだ経験がほぼなかった。
「お金がないと! 毎日を! 生きていくことが! できない! 当たり前! だよね!?」
しゃがんでは草を摘み、またしゃがんでは草を摘む。採取クエストを単独で受けられるようになったとはいえ、得られるお金は本当に微々たるもの。これではとても毎日を豊かに暮らしていくことはできそうもない。
安定した生活に、お金は欠かせない。先へ進むにしろ、まずそこをクリアしなければ、絶対先になど進めない!
「つっても、冒険者のランクなんて簡単に上がらんのやろ? ホンマ地道な作業やで」
「それは仕方ないよ。世間のサラリーマンだって、毎日コツコツ努力して、少しずつ出世して、やっとそれなりのお給料が貰えるようになるって聞いたよ?」
「サラリーマン? なんやそれ、知らん」
肩の上で鼻をほじって弾いたポンさんは、あれからも何故か僕らと一緒にいる。「どうせ暇やし」と谷へ戻る気もないようで、毎日タダメシにありつけるのを喜んでいた。
「ポンさんは家族とかいないの?」
「おるかいな、とーっくの昔にぜーんぶ死んだわ。俺が何歳や思っとんねん」
「知らないよそんなの。……8歳?」
「んなわけあるかッ! こちとらピチピチの380歳じゃボケカス、よー覚えとき!」
「……ウサギがそんな長生きするわけないでしょ。もういいよ、そんな嘘」
「嘘ちゃう! あと何回も言うてるけど、俺はウサギちゃうくて一角獣っつ~神獣やねん。ほらココ見てみ、ちゃーんと角の痕が残ってるやろ!?」
ポンさんが額の毛を分けて生え際を僕に押し付けるけど、角の痕なんか見当たらない。不審者を見る目で「そんなのないよ」と伝えると、「嘘や!?」とショックを受けていた。
「別にポンさんはポンさんでいいじゃん。それより早く薬草を集めないと日が暮れちゃうよ」
「それよりて……。まぁ一旦置いとくとしてもや。後ろのアレ、……あのままにしててええんか?」
僕はチラリと少しだけ振り返り、アレと呼ばれた彼女のことを気にする。何を言うでもなく僕についてくるだけになってしまったインフは、今日も退屈そうに髪の毛先を遊ばせている。
「ずっとなんも言わへんし、ついてくるだけでメッチャ不気味やねん。なんかあったんやろ、喧嘩してんならさっさと仲直りし!」
「へ~、心配してくれるんだ。インフと仲悪いのにお人好しだね、ポンさん」
「黙っとれ!」と照れて顔を赤くするポンさん。ただ僕自身も、どのようにインフと話していいかをずっと迷っていた。
色々経験して、僕も少しずつこの世界のことがわかってきた。
こちらへやってきた日、僕は意図せず彼女と従属の契約を交わしてしまった。従者として彼女を受け入れた(らしい)僕は、彼女にいわゆる恩賞を与え続ける代わりに、奉仕される立場となった、らしい。
詳しくは聞けていないから、ほとんどが推測の域を越えていないのだけれど……。
「別に喧嘩はしてないよ。インフには、わざわざついてこなくても自由にしてていいよって言ってあるし」
呆れ果てたおっさんの顔で僕を見つめるポンさん。
「こりゃあかんわ」と天を仰ぎ、僕の鼻先に短い指を突きつけて言った。
「おのれは恋する乙女っちゅうもんがわかってへん! 好きなメンズに冷たく突き放されてイジケてるオジョー様をずっと放置し続けてる男ってなんやねん。糞か、おのれは糞メンか!?」
「なにさそれ。僕とインフはそんなじゃないし。……多分」
呆れっぱなしなポンさんを無視した僕は、さっさと薬草を掻き集めて背中の籠にギュッと押し詰めた。この数日で薬草集めにも随分と慣れた。そして、これならもっと難しいクエストもいけるかもしれないぞ、と拳を握る。
「で、糞メンさんや。冒険者のランクはいつ上がるんや? 俺は冒険者ちゃうし詳しく知らんけど」
僕はサロムに譲ってもらったカバンから小さな冊子を取り出し、簡単な説明文を読み上げた。Gランククエストを10回、それに対象モンスターを単独で5匹狩ることで、Fランクへの昇格が可能になるのだという。
「ならさっさと上げたらよろしいわ。こんなせっこいせっこい仕事、いつまでもチマチマしてられるかいな」
「それは違うよポンさん。レビンさんは薬草を集めてもらえて助かってるって言ってくれるし、これはこれで良いことだと思うよ」
「うへぇ、おのれ権力者に良いように使われるタイプやで。もっとおっきな野心はないんかい、野心は!」
僕の頬をまぁるい爪で何度も突くポンさん。やめてよと笑っていると、不意に近くのヤブで何かが動いた。
ガサガサ草木を揺らし、ポーンと何かが飛び出した。正体は青色スライムで、僕がよけた弾みでポンさんの顔と正面衝突し、両者が痛みで悶絶している。
「きゅ、急に避けんなや!」
「ごめんって。それに油断してる自分が悪いんじゃん」
ここひと月ほどはインフの『威圧』スキルが効いていないのか、町の周辺に低ランクモンスターが戻っていた。その影響もあり、僕らはしばしばスライムやゴブリンといったモンスターに遭遇する機会が増えた。
インフは気にもとめていないようだけど、僕にとってはこれも大きな経験だ。おかげで僕もあれから色々考え、試行錯誤を進めることができた。
「スキル "魔力防御低下"を発動!」




