第43話 陽の光
「放せ、放さんかい! やめい、変なとこ触んなバカチン!」
サロムに襲いかかった小さな珍獣は、さらに小さな蹄でボカスカ頭を殴りながらフーフー荒い呼吸を繰り返している。どうやらメルビンの衛兵も手を焼いていたようで、そのおかしな生物の扱いに苦慮しているようだった。
「おどれら、俺が先導したらんかったらどうなってたかわかってんのか!? もっと敬わんかいボケナス!」
顔を歪めた僕は、その存在からスッと視線を逸らした。しかし僕の存在に気付いた珍獣は、すぐにこっちを指さし、執拗に声を荒げた。
「ウタのヤツ、こんなとこにおった! キサンはずっとなーにをしてたんや!? ただでさえ神獣語が喋れるのがおらんのに、キサンがいいへんとどうにもならんやろがい!」
僕に飛びかかったのは言うまでもなくポンさんだった。僕にだけわかる言葉でフンフン熱り立っているので、どうやら他の面々にはチンプンカンプンらしく、すぐビータに襟首を掴まれ宙ぶらりんにされていた。
「なんだコレ。魔物か?」
「魔物ちゃう、俺は神獣や、覚えとけチチハダケ姐ちゃん!」
頭の上にはてなマークを作る面々を制し、「わかった、わかったから」と場を収める僕。意味がわからない面々に事情を説明すると、サロムとレビンが酷く感心してまた褒めてくれた。
「ウタは料理だけでなく動物とも会話できたのか。それは凄い。で、コイツなんて言ってるんだ?」
動物と言われて沸騰するほど充血した眼でメンチを切るポンさんを隠し、彼に代わって僕が返答することにする。
「え、ええ、まぁ大したことではありませんので、細かな内容は置いとくとして……。ポンさんは僕が谷で出会った神獣? でして、僕がメルビンにくるのを助けてくれた恩人です。モンスターとの戦闘や人々が避難するのも助けていただきました」
エッヘンと胸を張る珍獣を怪訝な目で見下ろす面々。
そして再びのメンチ切り。まったくもう……
「しかし神獣とは驚きだな。……いや、しかし待てよ。そもそも神獣族は大昔の大戦で、故郷を追われ散り散りになったと聞くが。しかもそんなレア種族が、そもそもどうしてあんな谷にいるんだ? それに……」
ポンさんの全体像を白々とした視線で見つめたサロムは、「へん」と鼻で笑いながら言った。
「コイツ、角がないじゃないか。神獣族といえば、それはそれは立派で特徴的な角が生えてるはずだろ。しかしコイツにはそれがない。……いいかウタ。この世には稀に半端な知恵を持った低級モンスターが生まれてくることがある。そいつらは言葉巧みに冒険者に近付き、利用しようとする。気をつけろ」
ポンさんの頭をポンポン叩いたカッセがガハハと笑う。ぷるぷると怒りに震えるポンさんは「触んなハゲ!」と怒号を振りまくも、それ以上相手する者はいなかった。
「どちらにしてもウタと意思疎通が取れるならそれで構わんだろ。それよりサロム、彼女のことは言わんでいいのか?」
そうだったと神妙な顔をしたサロムは、よく聞いてくれと僕の両肩に触れながら言った。
「ウタに一つ伝えなきゃならないことがある。実は……」
しかし僕はすぐに「大丈夫」と訂正した。彼女のこと、といえば、恐らくはきっと……
「インフなら無事です。ここへくる前に、町の外で会えました」
「え?」と目を丸くしたサロムは、心底安心したように大きく息を吐いた。どうやら僕よりインフのことを心配していたのはサロムのようで、少しだけムッとした。
「そ、そうか、インフちゃんも無事か! それは良かった。ウタを探しますと急に姿を消してしまったから心配していたんだ。そうか、無事か!」
ゴホンと咳払いが聞こえ、全員が振り返ると、簡易テントにもたれかかったインフが立っていた。みんなは知らないけど、神竜族だというインフがあれくらいで死ぬわけないんだけど。
「まったく騒々しいですわね。主様はお疲れなのですよ、もう少しお静かに願えませんか」
インフに釘を差されてようやく会話が落ち着いたところで、レビンがパンと手を叩く。
「王都の討伐隊も大勢きていることですし、あとは彼らに任せておけば良いと思います。今回の目的も果たせたわけですし、私たちは準備ができ次第、村へ帰りましょう!」
こうして僕らは偵察隊の役目を終え、二日後、パパスの村へ帰還した。
これもインフが同行している影響なのか、やはりモンスターはまったくと言っていいほど出現せず、まるでピクニックでも楽しむような道中だった。
「しっかし、今回の根本的な原因はなんだったんだろうな。メルビンの町が襲われた理由だよ」
不意に疑問を口にしたサロムに対し、僕がその理由を言おうとした。しかし僕の頬をポムと押したポンさんが、「やめとき」と口を挟んだ。
「なんでですか。あんなことがあったんですよ、理由をちゃんと説明しておいた方が……」
「意図的に魔導石を持ち込んだ奴がおったなんて、わざわざこいつらに言う必要ないやろ。それに、面倒事は王都の奴らに任せといたらええ」
「それはどうして……?」
「今回の件、恐らく原因は隣国のリンデンかシーメルスのやり口や。ただどっちにしても、カーズルインが無くなった隙に乗じて領土奪ったろっちゅう悪巧みやろけど、どう判断するかはメガリーストの王様が決めるこっちゃで」
「でもそれなら尚更伝えておかないと」
「それこそ無用や。王都の討伐隊がきとったやろ? あそこには専門の諜報部隊がおるっちゅう話や。石の形跡も残してきたし、心配せんでも存在くらい気付くに決まってるわ」
「そ、そんなもんかな……」
「そんなもんや。うちらみたいなパンピーは、いちいち面倒事に首突っ込む必要ないんや。せっかくカーズルイン無くなってせぃせぃしてるとこに、余計な心配事を知らせる意味はない」
僕にだけわかるように理由を述べたポンさんは、素知らぬ顔で誤魔化すように促した。何か言いかけた僕に気付いたサロムが「どうかしたか?」と聞いてきたが、僕はなんでもないと首を横に振った。
確かにポンさんの言うとおりかもしれない。
これまでずっと苦労に苦労を重ねてきたサロムたちを、わざわざ国の面倒事に関わらせる理由はない。何より危険が伴うし、やっと平和な村での暮らしが戻った彼らに、余計な不安を与えるのは間違ってる気がする。
僕の判断が正しいのか、それとも間違っているかはわからない。ただそれでも、普通の何気ない生活を送っている人々の毎日を、闇雲に陥れる必要はきっとない。そうに決まってる!
空が晴れてきた。
あれだけ長く続いていた雲が割れ、陽の光が差し込んでくる。
「わぁ、太陽の光! いつぶりかしら」
エリルの手を取り馬車から飛び出したレビンが嬉しそうにくるくるとダンスを踊る。つられるように顔を覗かせた他の面々も、それを見て笑ってる。
僕も笑ってる。
こんなに自然に笑えたのはいつぶりだろう。
これから何が起こるのか、きっと誰にもわからない。
でも精一杯やってみよう。
そしていつの日か――
「おい、ウタも出てきて踊れ。こんな天気の下で踊らないなんて嘘だぞ!」
サロムが僕の手を引っ張る。
僕は鼻を擦ってから、いつもよりほんの少しだけ高く跳び上がった。




