第35話 ネコパンチ
鎌が振り下ろされる直前に、僕は跳躍で飛び上がり、棒立ちになっていた衛兵をタックルで押し飛ばした。物見櫓の狭い足場でゴロゴロ転がった僕らは、元の姿に戻りそれを隠す気すらない巨大な敵の前に、初めて対峙した。
両腕の巨大な鎌に加え、6本の脚を持つカマキリのような姿。しかし身の丈は僕の3倍はありそうなほど大きく、これまで見たモンスターとは比べものにならないほど凶悪なオーラと魔力を携えている。黒光りした身体は見るからに強固で、手にかけた衛兵の血が滑るように地に落ちた。
「どこの誰か知らんが、よくぞ俺様の擬態を見破ったな、褒めてやる。まぁどのみちここで死ぬことになるが」
逃げ遅れた二人の衛兵は、武器も持たず、転んで倒れたまま、呆然と巨大カマキリを見上げている。
このままではみんな殺されてしまう。
インフに助けを求めても、あの様子ではきっと手は貸してくれない。かといって、クマのモンスターすらどうにもならないポンさんじゃ、このカマキリを倒すなんて無理だ。だったら――
「僕が……、僕が相手だ、このカマキリ野郎!」
少しでもアイツの注意を引く。
その隙に、衛兵の二人を逃がすしかない!
「スキル、速度低下!」
まずは自分にデバフをかけ、大落下を発動させる。しかし……
「今のうちに逃げッ――」
腹に衝撃。
カマキリの薙ぎ払いによる斬撃が、僕の腹に直撃した。それでも!
「 はーねーかーえーせー! 」
相手の攻撃を反射できさえすればどうにかなる。僕はどこかでそう考えていた。
しかし現実はそこまで甘くない。
反射した僕の攻撃が、カマキリの身体を逸れ、空の彼方へ抜けていくのが見えた。
これまで僕は、突進し、反転した衝撃を直接相手の身体にぶつけていた。しかし遠距離攻撃に対し、動いている相手に向けて跳ね返したことはなかった。
何より今の僕は、速度低下を使った影響で、動きが遅くなっている。相手の姿を目で追うことはできても、伸ばした手の先に、もうアイツはいなくなってる!
「なんだお前、何かやるつもりじゃなかったのか!? フハハ、無様に刻まれろ愚かな人間どもめ!」
それでもまだアイツの攻撃は僕一人に向いている。
速度低下が有効な間は、僕に直接攻撃は効かないはず。今のうちに彼らだけでも逃がすんだ。
でも足がすくんでいるのか、二人は身動きできず、僕らの攻防を漠然と見てしまっている。
どうする?
どうすれば彼らを救える!?
「落ち着き、ウタ。そんな顔してたら相手の思う壺やで。理由は知らんけど、アイツの攻撃はウタに効かんみたいやし、そんならいくらでも方法はあるで」
不意に背中越しから話しかけられ、また我に返る僕。いつの間にやら僕の背後に逃げ込んでいたポンさんは、櫓の狭い空間に立ち塞がるカマキリの足元を指さした。
「攻撃が届かんのやったら、まずは距離を詰めるのが一番やな。ここは狭いで、奴は逃げるスペースもない。せやから今はこっちから間合いを詰めるんや。んで距離を詰める途中で、ビクビクしとる二人を自分の後ろに隠す。今はなんも考えんと、とにかく突っ込め!」
わかりやすい道筋を与えられ、僕は言葉のとおり身構えて、カマキリ目掛けて突っ込んだ。動きの遅い僕に対し、身軽なカマキリはすぐ避けてしまう。けど、それならそれで構わない!
「おぉっと、俺を動かして仲間を助けようって腹か。そう簡単にやれると思うなよ、ザコが!」
僕の動きの意図を読み取り、カマキリが衛兵の一人に向けて鎌を振るった。しかし間一髪のところで大の字になった僕が割って入り、攻撃を弾き返した。
「あ、ありがとう。アンタ、敵じゃなかったのか!?」
「いいからもう一人を連れて早く下へ避難して。ここは僕がどうにかします!」
わかったと慌てて動き出す二人が気に食わず、カマキリが連続して攻撃を繰り出した。しかし僕は距離を詰めながら、その全てを弾き返す。
「すまん、必ず助けに戻る!」
「いいから早く!」
二人が階段を駆け下りていくのを見届け、僕はこれ以上一歩も進ませないと、最上段の踊り場で両手を広げた。
獲物に逃げられ、怒りを募らせているカマキリは、そこをどけと怒気を露わにした。しかし僕が攻撃を跳ね返していることに既に気付いているのか、直接攻撃には打って出ず、距離を取ったまま近付こうとしない。
「……なんだキサマ? なぜ俺様の攻撃が効かない」
内心、「もうバレた!」と顔を歪ませたかったけど、僕の背中で声を掛け続けてくれてるポンさんが、それを許してくれない。「相手にすなよ」という助言を信じ、どうにかポーカーフェイスを保ち続ける。それでいて僕の背後という安全地帯で毛むくじゃらな中指を立てたポンさんは、敵の注意を引くため、執拗に煽り立てた。
「そんなん、おのれの攻撃がショボショボやからちゃうの~ん? こんなネコパンチ、どんなけ当たっても俺らには効かへんで、お尻ぺんペ~ん♪」
逆立った触覚が反応し、恐ろしい殺意の込められた視線が僕へと向けられる。思わずたじろいでしまう弱気に耐えながら、僕も一緒になって指をさし、宣言する。
「お、お前の攻撃なんか、僕に効くもんか。なんなら、直接叩いてみたらいいよ。この僕の、カッチカチの身体をね!」




