第28話 尊い神様
「って、さっさと起きんかい! いつまで寝とんじゃワレェ!!?」
耳元でゴニョゴニョうるさい何かに頬を叩かれ、眠い目を擦る僕は、チロチロ穏やかに流れていく川のほとりで目を覚まし、大きな欠伸をした。
大汗かき、フゥフゥと肩で息をしながら、二本足で立ったまま周囲を警戒している変なウサギは、目を覚ましたことに気付くなり、僕の頭をスパーンと平たい木の板で引っぱたいた。
「ったいな。なにすんだ、このウサギ!」
「喧しい! だ~れが夜の間、ずっと警戒しとった思うねんクラァ!」
張り付くような脂汗を拭ったウサギは、僕が起きて少しばかり安心したのか、初めて腰を下ろし、フゥなどと一服している。僕はなんだかその姿がおかしくて、川の水を手のひらですくうなり、彼の背中にザパッとかけてやった。
「ヒィィッ、ちべたぃ! 急になにすんねんキサン!?」
「汗かいてたから流してあげようと思って。フフ、冗談だけど」
「っンの野郎、ちと優しくしたら調子のりくさって!」
フンフンフンと短い両腕を振って攻撃しようとするウサギの頭を押さえた僕は、昨晩の内に切り分けておいた肉を焼き、ウサギに分け与えた。
「一応お礼ってことで。悪かったね、ありがとう。そういえば、キミ名前は?」
「ポンマーベリック・シャギラーレ。歴とした名持ちの神獣様や。よー覚えとけ!」
「ふーん。よくわからないけど、ポンさんだね。僕はウタ。よろしくね、ポンさん!」
「ポンさんて、わしゃタヌキか! いちいち調子狂うでホンマに。ふん、まぁ飯に免じて許したらぁ」
感情より食い気のポンさんは、昨晩あれだけ食べたのに、朝飯だ朝飯だと一心不乱に肉を平らげた。まったく、モンスターのお腹はどうなってるんだよ……
「ねぇ、モンスターってみんなそうなの。そんなに食べてお腹壊さない?」
頬に切れっ端の肉を付けたままグググとゆっくり振り返ったポンさんは、クワッと両目を見開き、再び怒りを露わにして迫ってきた。
「おのれ、俺のことをモンスターっつったか。こらワレェッ!?」
「え、ああ、言ったけど……。マズかった?」
「あったりまえじゃカス。俺をそのへんの品のないモンスター連中と一緒にすな。聞いて驚けや、俺はモンスターやなくて、神獣や、神獣。あんなカスどもと同じにすなボケカス!」
「しん、じゅう? そういえば、昨日もそんなこと言ってたね。……なにそれ?」
大袈裟にすっ転んだポンさんは、飛び起きるなりニョーンと伸びながら充血した眼が僕の頬に付くくらい圧力をかけ「耳かっぽじって聞け!」と命じた。
「神獣ってのは、文字通り獣族を司る神さんの一族や。要するに、そのへんうろついてる獣を束ねる神様、獣で一番偉いっちゅうこっちゃでホンマに!?」
呼吸も挟まず一息で自分の偉さ・尊さを語ったポンさんは、グイングイン前後する額の血管を滾らせながら、覚えとけ覚えとけと繰り返す。しかし僕は獣の神とか、偉いとか全くピンとこなくて、「ふーん」と言っておいた。
「ふーんて。ワレ、ふーんて。神様掴まえてふーんて。……もうええわ、話して損した。アホくさ」
「それで、その偉い神様がどうしてこんなとこで残飯あさりなんか?」
「うっ」とポンさんが口ごもる。
どうやら痛いところを突いてしまったらしい。
「……こっちにも色々あんねん。記憶喪失のヒュムに話しても無駄や。聞くな」
聞くなと言うので、僕は「うん」と答えておいた。「うんて!」とツッコまれたが、それ以上聞くのも悪いので、深く詮索しないでおいた。
「そんで、ウタはこれからどこ行くん?」
不意に聞かれたポンさんの質問に、ハッと我に返った僕は頭を抱えた。
そうだった!
僕はこんなところで、こんなくだらない話をしている場合じゃなかった!
「そうだ、みんなのところへ戻らないと。ねぇポンさん、ここはどこですか!?」
ポンさんを掴まえ、空中でオラオラ答えろと振り回す。前後左右に振り回され、阿鼻叫喚の顔色で「ブンブンすな!」と振り払ったポンさんは、少し落ち着けと僕を一喝した。
「どこて、そんなんも知らずにおったんか。ここはカワズン川の下流や。もうちょいで大っきな川と合流する境目んとこやな」
「デネリの谷の大橋へ戻るにはどうすればいいですか!? 僕、あそこから落ちたんです!」
「大橋から落ちた!? ……おのれ、そのせいで記憶飛んだんか。しっかしあんなとこから落ちてよーく生きてたなぁ。普通死ぬで」
「そんなことより!」
「ん~、ここやと随分流されてるからなぁ。戻るには一度陸に上がって、ギンギ村経由してサワーの泉の森を越えてくことになるで、二日はかかるな」
「二日って……。だ、だったらメルビンの町は!?」
「メルビンやったら、川下った先のガンダン川沿いをちょい進んだとこで突き当たる街道を行けばすぐやけど。……でも今はやめとき。あれは、もうあかんで」
記憶にあるメルビンの町は、今にも陥落してしまうほどのモンスターが押し寄せていた。しかしこの場所でサロムたちを待ち続けたところで、合流がいつになるかもわからない。
「だったら、少しでも早く会える可能性の高い方へ進むしかないよね。ポンさん、僕を町まで連れてって!」
露骨に嫌そうな顔をした彼は、「アホちゃう?」と前置きしてから続けた。
「連れてけて、あそこの現状知ってんのか。ウン千ウン万のモンスターが囲んで押し寄せてるんやで? 近付いたら髪の毛まで食われてまうで」
「だ、だけど他に方法が。それに、キミは町がどうなっても良いの!?」
「別に俺らの町ちゃうし……」
「薄情者! だったら僕一人で行くからいい。みんなと合流して、町の人たちを助けないと」
急いで身支度を整え走り出す僕の肩に飛び乗ったポンさんは、「待たんかい!」と僕の両耳たぶを引っ張って強引に止めた。
「なんだよ、止めるなよ!」
「薄情も糞もないて。あんなんどう止めるつもりや。行っても死ぬだけやで」
「そんなのやってみなきゃわからないだろ!?」
「わかるわ。いくらウタのレベルが異常や言うても、スキルもない記憶喪失の冒険者が太刀打ちできる数とちゃう。……ったく、わかった、俺も一緒に行ったる。おのれは俺の言うとおり動くんや、わかったな。でもそん代わり、上手くいったら死ぬほど飯食わせてもらうで」
「ホントに!? よし信じる、頼んだよ!」
「いや、すんなり信じんのかい! 普通疑うやろ」
「疑わないよ!」と前傾姿勢になった僕は、川沿いのぬかるんだ道を全速力で走った。




