第21話 蠢く茶色の塊
しかしある時を境に、皆も少しずつ気付き始める。
これはあまりにも……、なのではないか?
皆が皆、ちらちら各自の様子を窺いながら、三日目の朝、いよいよ『そのこと』を口にしたのは、まとめ役であるビータだった。
「ちょっといいかしら」
満を持して足を止めたビータは、どこか影のある表情を浮かべながら、皆に投げかけた。
「この三日、私たちはメルビンを目指し旅を続けてきた。目的は町へ至るまでの安全確認と、町周辺の環境調査。最近ではメルビンの町を中心として、かなりの数のモンスターが押し寄せていると聞いてた。聞いてたけど……」
僕らを一周見回してから、彼女は内に秘めた怒りでも吐き出すように言った。
「到着までの道すがら、ウタたちのレベルを少しでも上げられたらいいね、なんて話していたけど、やっぱりおかしい。だってそうでしょ、…………どうして?」
誰も、何も答えない。
僕は視線をそらして俯いたまま、ただ時が過ぎるのを待った。
「どうして一度もモンスターに遭遇しないのよ!? こんなの普通じゃないわ。そうよねサロム!」
肩で息を切らしながら言うビータに、半ば呆れ気味にサロムも同調する。僕とインフは他人のふりを決め込み、彼らの会話に混ざらぬよう、下を向いた。
「カーズルインは滅んだ。でもモンスターが滅んだわけじゃない。なのにこんなのおかしいわ、異常よ!」
エリル、カッセの二人も反論することはなく、皆が頷いた。原因がインフなのは明らかだったが、僕は「ハイ」と手を挙げ、恐れながら質問した。
「で、ですが、まだ僅かに町までは距離があります。もしかすると、近くのモンスターも、全て南に移動してるのかも……」
都合の良すぎる僕の意見に怪訝な表情のビータ。しかしそれも当然と、サロムも頷く。しかし、
「ウタの言うことにも一理ある。ひとまず町まで行ってみよう。話はそれからだな」
そうしてそれから半日。
僕らは半信半疑のまま、メルビンの町を目指して進んだ。
自分たちが移動することで、またモンスターも移動してしまうんじゃないかと漠然と考えていた僕は、どこか沈んでいく気持ちをどうにかこうにか押し上げながら、揺れる荷馬車の中で、祈りにも近い神頼みをしていた。しかしそんな僕の神頼みは、全く別の方向に裏切られることになる。
「……おいおいおい、嘘だろこれ」
メルビンの町全体を見下ろせる丘の上に立った僕ら一行は、その異常すぎる光景に目を奪われていた。
大挙するモンスター。
今にも押し潰されんばかりに蠢く茶色の塊たち。
あちこちから上がる狼煙の束。
それこそは僕が想像していた地獄絵図に最も近く、今まさに、町がモンスターに襲われている真っ只中だった。
「さ、さ、さ、サロムさん!? あれって、あれってモンスターですよね!?」
「あ、ああ」
「あれって、あれって、町が襲われてますよね!?」
「……ああ」
「あれって、相当危ない状況ですよね!?」
「ああ、ああそうだ、そうだよ、見ればわかるだろ、いちいち確認しなくてもわかるよな!?」
前日に僕だけが聞いていたインフの予測では、彼女の威圧(?)によって、多くのモンスターは追われるようにパパスの村を去ったはず。そうなれば必然的に追いやられたモンスターが別の場所へ向かうことになるが、逃げる対象が移動すれば、モンスターも必然的に移動するはず、だった。
なのに、目の前に集まったモンスターたちは、どこか自らの意思を持ち、メルビンの町を襲っているようにすら見えてくる。
「どうするんですか。あのままだと町が!」
「どうするって、たった6人でどうにかなる数じゃねぇだろ。周囲の村や町から、ありったけの冒険者を集めてこないと、あんなの対抗する手立てが……」
丘の頂上から見下ろしている状況は、相手からも見られているに等しい。どうやら僕らの存在に気付いたモンスターの一部が、方向を変え、こちらへ接近し始めていた。
「ちっ、奴ら気付きやがった。回り込まれたら逃げられなくなる。どうするビータ、一旦引くか!?」
しかし彼らも一端の衛兵だ。
襲われている人々を簡単に見捨てられるほど、薄情な人たちじゃない。
「可能な限り敵の攻撃を引き付け、少しでも相手の数を削る。皆、手伝え!」
彼女の言葉に一斉に応えた四人は、馬車へ乗り込むなり、一気に丘を下った。アワアワと慌てる僕に「大丈夫だ」と声をかけたサロムは、こちらへ向かってくる一団を引き付けるように馬車を急カーブさせ、デネリの谷の方角へと走った。
「ど、どうするつもりですか!?」
「町からできるだけ数を引っ張って、まとめて谷へ突き落とす。付かず離れず行くぞ、手を貸してくれ!」
馬車の屋根によじ登ったエリルは、敵からもこちらの位置がわかるように、照明弾のような光のスジを空へと放ち、モンスターをおびき寄せる。馬車を追って列をなした相当数の茶色の塊は、唸り声を上げながら、逃走する僕らのもとへ、ゾンビのように迫った。




