第17話 粉々のナイフ
重力が排除されたような身体の軽さ。というより、力が増した!?
見た目は変わらないのに、異常なほど身軽になった気がする。
いや、でもこの際それはいい。
それよりも、
「ど、どうするのさ、この状況……」
数分前まで、僕のレベルは間違いなく1だった。でも今は間違いなく564と表示されている。
本能がビシビシと脳内を刺激する。
きっとこれがバレると、とてもマズい気がする。予感がするんですけど!?
「……主様、どうかいたしましたか?」
僕の肩がビクッと跳ねる。
背中につけた扉越し、違和感を察したのか、インフが話しかけてきた。
「な、な、な、な、な、なんですか!? な、な、な、な、な、何も、何もないよ、ないですけど!!?」
「どうしたのです、そんなに慌てて。あぁ、わかりましたよ。あまりにも非現実なご自身のレベルをどう隠そうか、苦心しているのでしょう? わかります、わかりますとも」
奇しくも『当たりだよ!』と心の中で叫んだ僕は、この緊急事態をどうクリアすべきか、脳みそフル回転で考えていた。
百歩譲ってインフに気付かれるのは構わない。しかし一般的なレベルの基準がわからない以上、サロムやレビンに悟られるのは絶対に避けたい!
「もしみんなのレベルが20とかだったりすると、僕は確実にこの世界の可哀想な人になっちゃう。それだけは避けないと……。でもどうすればいいの!?」
考えを巡らせるうちに、つい数分前のインフの言葉が頭をよぎった。
『ヒト族であらせられる主様は、我ら龍族とはステータス構造からなにから全てがまるで別物。そしてその中身も自由自在に改変が可能』
「改変……。待って、ステータスが改変できるって、さっきインフが」
僕は慌てて表示された自分のステータスを触ってみた。基本ステータスに加え、『スキル』や『魔法』といった耳でしか聞いたことがない項目が並び、僕は端から順にタッチしてみる。
「魔法は、……何もない。そりゃそうか、次は強さ、……これは自分の基本能力なのかな? スキルは……、あれ、これ……?」
スキルの項目の中に、ただ一つだけ、三文字の単語が並んでいた。
「【 大落下 】……? やっぱりこれ、どこかで……」
これまでの出来事を頭の中で巻き戻し、一つ一つ整理する。インフと出会う前、空高くから落ちてくる、もっと前――
「そうだ、僕が受験票を持って川に落ちた時、誰かが耳元で言った言葉!」
恐る恐る文字を指先で選択する。
ポンと浮き出た新たな文字が、そのスキルの簡易的な説明を映し出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【スキル:大落下】
・固有スキル(パッシブ)
・落ちている間、状態に応じ、全ての攻撃、状態異常を無効化する。受けた相対ダメージについて、スキルレベルに準じた倍率で反射する。
・XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX
・XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX
・XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX
・XXXXXXXXX……
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「落ちている間、攻撃と状態異常無効って……。待って、え、もしかしてそれ」
僕はスキルの名前から記憶を遡り、またさらに早送りして、インフに衝突した時の記憶を辿ってみた。
天高くから落ちてきた僕は……
「ら、落下、落下してるぅぅぅ!」
落下してた。
僕、落下してました!
道理で。道理で痛みも、感覚も、全部なかったわけだ!?
「いや、でもそれだけのはずは。ええと、受けた相対ダメージを、スキルレベルに準じた倍率で反射? ……相対ダメージの反射。受けたダメージを相手に返すってこと? ……相手に返すッて!?」
インフが言ってた。
完膚なきまでに叩きのめされたって。
全ての攻撃が無効な相手に、彼女が全力の攻撃を放っていたとすれば。しかもそれが跳ね返されていたとしたら……
「自分の攻撃が、何倍かになって戻ってきた!? ってことは、僕はただ落下しただけで、下にいた人たちを……」
同じようにカーズルインに落ちた時のことを思い出す。あの時、町全体から撃ち込まれた無数の攻撃に対し、僕は
「正面から受けて、全部、弾き返した……?」
カーズルインは、上空にいるインフの侵略だと思い込み、空からやってくる僕を攻撃したに違いない。
サロムの言葉が真実だとするなら、インフたち真龍とカーズルインの関係は、積年のライバル関係にあった。力量も強大さも知り尽くした存在が突然攻め込んできたとなったら、向かい撃った彼らだって、全力を出さないはずがない!
「全力の迎撃を、僕は何倍かにして跳ね返した……。そんな、それって……」
全てのモノが消失した世界。
あれは、ただ闇雲に僕が落下したことで、そこにあった全てのものを、跡形もなく破壊し尽くしたということ。
「嘘だよ。全ての攻撃と状態異常を無効化なんて馬鹿げてるって。そんなはずないじゃないか!?」
錯乱していた。
インフの言葉も話半分で聞いてきたけど、もしこの仮説が正しいとすれば、僕は大量虐殺者ってことになる。
僕は部屋にあった小さな果物用ナイフを手に取り、床に固定した。そして自分が傷付くことをいとわず、ナイフに向かってジャンプし、足裏から着地した。
僕の足は、きっとナイフで切れ、血が吹き出してくれる。どこかでその痛みすら望んでいるのに、微かに光を放った僕の足は、ナイフを簡単にへし折り、それどころか壊れたナイフの破片ごと床を抉り、ドゴンと大きな音をたてた。
「なッ、ナイフが粉々に……」
嘘だ、嘘だ、嘘だよ!
音に驚いて、外にいたインフやサロムが「何事だ?」とやってきた。僕は、「荷物を落としただけです!」と慌てて弁明し、床の窪みを荷物で隠した。
「なにこれ……、ヤバいよ、ヤバすぎる力じゃないか。こんなのを、僕は、無意識に人へ向けたのか? ならやっぱりアレは……」
全てが消失した朱い大地。
炭化し、パラパラと消えていった誰かの腕。
滅ぼした? やっぱり、僕が滅ぼした。
「僕が、やった、の……?」
胸が押し潰される。
心臓を握られたような苦しさが全身を襲い、呼吸ができない。
なんで? どうして?
もし神様がいるなら、どうして僕にこんな力を与えたの?
過呼吸になり扉の前で倒れてしまう。扉を押さえる力がなくなり、扉を開けて入ってきたインフとサロムが、「大丈夫か!?」と僕を心配し、ベッドに寝かせてくれた。
「身体が万全でないなら、最初からそう言ってくれよ。そういうことなら明日は無理しなくていい、寝ていてくれ」
横になって少し落ち着いた僕は、どうにか身を起こして首を振る。
「大丈夫です。少し嫌なことを思い出しただけです……。それに、動いていた方が気が紛れると思います。だから僕を」
「もういいって。どちらにしても、今日はもう休め。インフちゃんも、今日は自分の部屋に戻ってくれ」
どこか様子がおかしい僕を一人にするために、インフを外へ連れ出したサロムは、「何かあったら呼んでくれ」と言い残して出ていった。
僕はグッと目を瞑ると、シーツを頭から被り、そのまま朝がやってくるのを待つだけだった――




