9話「黄瓦城の会見」
仁帝国の首都・重庆はしばしば黄瓦城と同一視される。
南北に85キロ、東西に43キロの長方形の敷地はそれだけで重庆全体をカバーし、その広大な敷地内には六部や行政府と言った政治的重要施設や皇帝の住まう宮殿、そして妃嬪たちの暮らす女の園・後宮が存在した。その黄瓦城の内、皇帝の居宮や執政殿の有る区域の外れの東廊宮という細長い宮殿に1人の女が住んでいた。
彼女の名前は陳江花、現皇帝の娘でありながら母に連座する形でこの東廊宮に半ば軟禁されてもう三年にもなる。
この東廊宮に入れられて移行、彼女のやることは殆ど何もない。時々差し入れられる本や書物を用いて読書をするか勉強をするか、1人だけ連れてくることを許された侍女を相手に話をするか、それか何もせずに空を見上げるかのいずれかである。
この日も、彼女はめったに開くことのない門の前に座して、流れゆく雲を眺めていた。
「姉様!姉様!」
不意に門の向こうから声が聞こえた。
「この声は江玲ね?」
自分より3つ年下の第二公主の名を呼ぶと「当たり!」と少し喜色を浮かべた声が返ってきた。
「この前頼まれていた本を持ってきたの」
そう言うと彼女は門の隙間越しに本を手渡してきた。江花は書名を確認して少し頷き「ありがとう」と言って微笑んだ。
「ここに来るまで誰にも見つからなかった?」
「ええ、人通りの少ない道を選んできたし、母様には鳥舎に行くと言ってきたの」
「そう、この頃父上はどう?」
「毎日のようにラマスティア教関係者と話をしているわ、どうも大分焦っているみたいよ」
「それ以上にラマスティア教を恐れているのかもしれないわね、、、」
「恐れている?なぜ?」
「ひい爺様の死には不可解な点が少なくないわ、レストニア教・ガーディアンズや後清に対してはっきりとした戦果が挙げられていない今、もしかしたらラマスティア教から何らかの形で干渉が有るのかもしれないわね」
彼女の予想は結果として正しかった、同時刻黄瓦城の執政殿の再奥でラマスティア教総大主教・ゲラート・ビオラと仁皇帝・陳江民は重苦しい雰囲気の中会見していた。
「陳江民、異教徒どもとの戦いはどうなっておる?」
「はっ、現在上海方面に向け、我が仁と令が進軍の計画を進めております。近く総大主教猊下に上海奪取のご報告ができるかと、、、」
「その割には高嶺山でこっぴどくやられたそうだが」
疑問符をつけずにビオラが訊ねる、否、もしかしたら確認する、と言った方が正確かもしれない。どちらにせよその言葉には仁に対する不信感と明確な怒りが含まれていた。
「はは、、、流石は総大主教猊下、既にお耳に入っておりましたか、、、」
いつの間にか額に吹き出していた汗を拭う。
「ご安心下さい、高嶺山の指揮官は厳罰を持って処しました。同じ失敗を二度は繰り返しません」
「そうか」
興味無さげに答えてビオラは席を立った。
「陳江民、お前の指揮の下成果があげられなかった場合、もしくはお前がラマスティア教に対する忠誠心を失った場合どうなるか良く考えておけ。その際お前の祖父がどんな死に方をしたか、と言う事ももう一度思い出しておいて貰おう。では失敬」
彼の姿が見えなくなった時、陳江民は悪態をつきはじめた。
「ふん、何がどうなるかだ。どうせ我々からの援助が無ければ録に運営すらできないくせに!あの坊主慌ててるんだ、グレイ朝の奴がヘマをやったそうだからな」
「皇上」
侍衛が慌てて諫める。
「だが事実としてそうだろう」
「しかし明朗帝はラマスティア教に逆らったばかりに消されました。皇上、彼らもまた追い込まれています、追い込まれた人間が何をするかわかったものではありませんよ?」
「確かにそうだな」
少しバツの悪そうな顔をして祖父の事を思い出す。
自分と父と祖父が集まっての食事の席で彼は急に苦しみだし、そして死んだ。かなりの高齢だったとは言え捜査すら行われず、祖父とラマスティア教の関係に関する不穏な噂もあり、ラマスティア教の主教を兼ねていた当時の刑部長官が無理矢理にもみ消したのを見て幼心に形容しがたい恐怖におそわれたものだった。
「これからは気をつけよう」
なるべく平穏を装ってそう言ったが、彼の下着は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。