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港湾火災調査録 ― オーグリーと異能の残滓  作者: 高取和生@コミック1巻発売中


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4話 弦に流れる

 王宮を囲む高木のはずれに、塔が建っている。

 その塔が、何の為の建物なのか、知っている者は少ない。

 夜になると時折、その塔の上から、調べが聞こえて来る。


 ()()()()の嘆きの音だと、誰かが言った。



 塔の最上階に、その女性は居る。

 門番の常駐する小屋よりも、狭い空間のなかに。


 名を、レビルスという。

 公式には亡くなったはずの、現国王の王妃だった人。

 雪よりも白い肌に、薔薇の蕾のような唇。

 嘗て国一番の美女と言われたその姿は、狭い塔の中でも失われていない。

 ただ。

 碧色の瞳に、落ちた憂いは深い。


 レビルスは小さなテーブルの上に、竪琴(ライアー)を乗せ、弦の張替えをしている。

 F音は黒、C音は赤。

 赤色の弦が指を弾く。

 低音は、自分の言うことを聞いてくれない音だとレビルスは苦笑する。


「機嫌が良いな、レビィ」


 いきなり室内に男が現れた。

 鬣のような金髪を持つ、国王エドモンドである。

 端正な容貌だが、瞳には険が宿っている。


「……陛下もご機嫌麗しゅう」

「ふん。港の首尾は上々だ」

「それはようございます」


 エドモンドは片手で、レビルスの顎を掴む。

 レビルスは逆らう仕草もなく、揺れる視線を国王に向ける。


「もうすぐ、オーグリーに会えるぞ」


 レビルスの表情は変わらない。


「死体とのご対面かも、しれんがな」


 乾いた笑い声を残し、エドモンドは消えた。

 レビルスは小さく息を吐き、弦の張替えを再開した。



 あの日。

 レビルスの運命は曲げられた。

 オーグリーが王太子直々の命により、「禁足地」への暴動征伐に、駆り出されたのだ。


 禁足地カウレリアとは、元々罪人の流刑地だった。

 国境の近くの痩せた土地。ろくに作物も実らない。

 罪人と言っても、あくまで王やそれに従う貴族らが、罪を負わせた者たち。


 優秀な者が、少なからずいた。

 例えば……。

 大臣の不正に気付いてしまった、会計課の職員。

 横暴な態度を改めない貴族の子息を罰した教員。

 腐敗した国教教会の司祭を、訴え出た修道士。


 正義は力で押しつぶされ、絶望のまま放逐された者たちだった。


 カウレリアに追放された彼らは、開墾し、家屋を建て、少しずつ人間らしい生活を造っていった。

 共同体をまとめていくため、カウレリア独自の宗教も生み出した。

 それが「名もなき女神」への信仰である。


 慎ましく生きているカウレリアの人々が、王国に対しての暴動など、起こしていなかったのだ。

 だが。

 魔術団の団長が国王に進言した。


 カウレリアに最も近い隣国が、この王国を攻めようとしている。

 その進攻を防ぐために、悲劇を起こさなければならないと。


 誰かを。

 何かを。


 犠牲にして……。




 張った弦から音がこぼれた。

 レビルスの意識は過去に向かう。


 ◇◇



 オーグリーが禁足地へ出立する朝、レビルスはいつもと同じように微笑んでいた。

 感情を隠すのは得意だった。

 昔も、今も。


「必ず、帰ってきてくださいね」

 彼女はオーグリーに手を振った。

「ああ」


 強く頷くオーグリーの背に、小声で歌を紡ぐ。

 最悪の事態が起こっても、命だけは守られますように――


 オーグリーを見送った足で、彼女は王宮に向かった。

 当時王太子であったエドモンドとの婚約を、受け入れるために。


 禁足地でのオーグリーらの任務は、苛烈を極めた。

 結果、部隊は全滅し、オーグリーは左眼を失った。


 血に濡れ、視界の半分を闇に奪われながら、それでも彼は生きて帰った。

 帰らなければならなかった。

 守ると約束した未来が、王都にあったからだ。


 だが――


 王都に戻った彼を待っていたのは、歓待でも安堵でもなかった。


「……ご存じありませんでしたか」


 告げた文官の声は、どこか遠く聞こえた。


「レビルス様は、すでに王太子殿下とご成婚されました」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

 だが理解した瞬間、胸の奥で何かが音もなく崩れ落ちた。


 あり得ないはずだった。

 彼女は、自分の婚約者だったのだから。


 王太子は、以前からレビルスに目をかけていた。

 いや――それは『目をかける』などという穏やかなものではなかった。

 欲していたのだ。

 他者の婚約者であることなど、何の障害にもならないほどに。


「……彼女は、何と?」


 震える声でそう問うたとき、返ってきたのは、あまりにも短い言葉だった。


「……何も」


 何も言えなかったのか。

 何も言わせてもらえなかったのか。

 それすらも、もう確かめる術はなかった。


 それだけではなかった。

 部隊を全滅させた咎を受け、オーグリーは王都から追放された。

 生家からも縁を切られた。

 片目を失った以上、これ以上騎士団を続けるのは難しい。

 地方で何が出来るのか。


 何を為すべきなのか。


 川の流れに沿って歩き続けたオーグリーが、辿り着いた先こそ、港町ウエンビーだった。


 ◇◇



 レビルスの追憶は、何かに遮られる。

 まあ、いい。夜も更けてきた。

 弦の調律が終わったら、あの場所に能力(ちから)を送らなければならない。


 港町ウエンビーの魔力の集積場へと……。



 同時刻。

 オーグリーは、魔術の中継地点への潜入準備を行っていた。

 彼の側でゴロゴロしているジェンナは「そういうことか」と呟きながら、菓子を口に運んだ。

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