第4章:初めての収穫と、涙のスープ
あの小さな双葉は、私の献身的な世話と、大地からの囁きに応えるように、驚くべき速さで成長していった。朝一番に井戸の水を汲み、土の状態を確かめ、雑草を抜く。公爵令嬢だった頃には想像もつかなかった生活だが、不思議と苦ではなかった。むしろ、日に日に緑を増していく苗を見ていると、心が満たされていくのを感じた。
トマトだけでなく、天啓に従って蒔いた他の種からも次々と芽が出た。葉がみずみずしいレタス、土の中で丸々と太っていくジャガイモ、鮮やかなオレンジ色をしたニンジン。どれも、この「枯れ谷」の土から生まれたとは思えないほど、生命力に満ち溢れていた。
カイは相変わらず距離を置いていたが、私が重い水瓶を運んでいると、いつの間にかそれを奪い取って運んでくれたり、畑の周りに魔物除けの簡単な柵を作ってくれたりした。言葉は少ないけれど、彼の不器用な優しさが、私の心を温かくした。
そして、ついにその日はやってきた。
トマトのつるに、宝石のように真っ赤な実がいくつも実ったのだ。太陽の光を浴びて、キラキラと輝いている。私は、一番大きく熟した実をそっと収穫した。ずっしりとした重みが、これまでの苦労をすべて吹き飛ばしてくれた。
「すごい……本当に、できたんだわ……」
私は採れたての野菜たち――真っ赤なトマト、つやつやのニンジン、丸々としたジャガイモ、そして香り高いタマネギ――を使って、生まれて初めて、自分の手で料理を作ることにした。と言っても、王宮で習ったような複雑なものではない。ただ、野菜を切って、鍋に入れ、泉の水でコトコト煮込むだけのシンプルなスープだ。味付けは、持参した荷物の中に奇跡的に残っていた、わずかな岩塩だけ。
野菜を煮込むと、館中に甘くて優しい香りが立ち込めた。お腹がぐぅっと鳴る。
スープができた頃、私はカイの住む小屋を訪ねた。彼は驚いた顔をしたが、私が差し出したスープの入った椀を見ると、黙ってそれを受け取った。
「あの……いつも、ありがとうございます。お礼、というには粗末なものですが……私が育てた野菜で作りました」
「……」
私たちは、古びた館のテーブルに向かい合って座った。カイは、椀の中の赤いスープを警戒するように見つめている。
「毒など入っていませんわよ」
「……そういう意味じゃない」
ぶっきらぼうに言って、カイはスプーンでスープを一口、口に運んだ。
その瞬間、彼の黒い瞳が、驚きに見開かれた。そして、もう一口、また一口と、夢中になるようにスープを飲み進めていく。私も自分の分のスープを口にした。
「……!」
言葉が出なかった。ただの野菜スープのはずなのに。口の中に、野菜の濃密な甘みと、生命力そのもののような力強い風味が広がる。体が、内側からぽかぽかと温かくなり、力がみなぎってくるような感覚。塩だけの味付けとは思えないほど、深く、優しい味がした。
気づけば、私の頬を涙が伝っていた。カイも、黙ってスープを飲み干すと、俯いて、その目元を乱暴に拭った。
「自分で育てたものを食べるって……こんなに、温かいのね……」
私の呟きに、カイは何も答えなかった。けれど、空になった椀を大切そうに両手で包み込む彼の姿が、すべてを物語っていた。
王宮で食べていた、どんな豪華な料理よりも美味しい。どんな宝石よりも、価値がある。
この一皿が、枯れ谷での私の、そして私たちの、新たな夢の始まりになった。この感動を、この温かさを、いつか誰かにも分けてあげたい。そんな想いが、私の胸に静かに芽生えた瞬間だった。




