番外編1:カイの視点 ~守りたかった光~
俺は、死んだように生きていた。
王国騎士団でも、将来を有望視されていた時期があった。正義を信じ、国と民を守ることに誇りを持っていた。だが、現実は腐っていた。貴族の都合で正義は捻じ曲げられ、無実の者が罪に問われる。俺は、それに抗おうとして、親友を失い、すべてに絶望した。
騎士団を辞め、この世の果てのような「枯れ谷」に流れ着いたのは、何もかもを忘れたかったからだ。もう誰も信じない。誰のためにも剣は振るわない。ただ、静かに時が過ぎるのを待つだけの、色のない毎日。
そんな俺の前に、彼女は現れた。エレオノーラ・フォン・ヴァイス。王都を追われた公爵令嬢。
最初は、他の貴族と同じだと思っていた。すぐに泣き言を言って、音を上げるだろう、と。だから、冷たく突き放した。関わり合いになりたくなかった。
だが、彼女は違った。
あの細い腕で、来る日も来る日も、泥と汗にまみれて畑を耕していた。爪は割れ、手は豆だらけになっても、決して諦めなかった。その瞳は、絶望ではなく、未来だけを見ていた。
俺は遠巻きに、ただ見ていることしかできなかった。彼女のひたむきさが、凍りついていた俺の心を、少しずつ溶かしていくのを感じながら。
彼女の畑に、初めてトマトの芽が出た日。涙を流して喜ぶ彼女の姿を見て、俺は胸を突かれた。
忘れていた感覚だった。何かを守りたい、助けになりたいという、騎士としての本能。いや、一人の男としての、純粋な衝動。
彼女が作ってくれた、初めてのスープ。あの温かさは、腹だけでなく、空っぽだった俺の心まで満たしてくれた。彼女が「温かいのね」と泣いた時、俺はたまらなくなって俯いた。お前のその存在こそが、温かい光そのものなのだと、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
それから、マルコが現れ、ソフィア先生が来て、食堂がレストランになった。彼女の周りには、いつの間にかたくさんの笑顔が集まっていた。彼女は、ただ野菜を育てていたんじゃない。希望を、未来を、そして俺たちの凍った心を、育ててくれていたんだ。
国を救うために王都へ行くと決めた時、俺は迷わず彼女の隣に立つことを選んだ。今度こそ、この光を、俺が守り抜くのだと。
夕暮れの畑で、彼女に想いを告げた時、心臓が張り裂けそうだった。もし断られたら、俺はまた、色のない世界に戻ってしまうかもしれない。
だが、彼女は涙を浮かべながら、最高の笑顔で「はい」と言ってくれた。
今、俺の隣には彼女がいて、俺たちの子供たちが畑を走り回っている。
俺が守りたかった光は、今やこの谷全体を照らす、大きな太陽になった。
この幸福を守るためなら、俺は何度でも剣を握ろう。
俺の人生は、彼女と出会って、ようやく本当の意味で始まったのだから。




