悪い癖。歴史。
『幻想病』
私は内心でそう毒づきながら、顔に出ないように、とにかく深く考えないようにする。
ここで下手な発言や行動を取れば、ニーロクにまで被害が及ぶかもしれないし、ヘイトを買うのは避けたい。
「何か、質問はありますか?」
玉座から私に向けられる声。見下ろしている彼女の顔をあんまりジロジロ見ない様にする。
「⋯⋯⋯いいえ」
それだけを今は振り絞って、感情も思考も殺して短く応えた。
「⋯⋯生活に不満があれば、改善します」
「⋯じゃあ、この首輪と拘束を解いてくれませんか?」
「⋯⋯⋯それは無理ですね」
⋯⋯言わなきゃ良かった。つい本音が出る、私の悪い癖。正直、答えは分かってたのに⋯
「了解しました。私から言う事はありません」
さっきの発言をかき消すようにハキハキと伝える。マイナス印象を持たれたくない。少しでも待遇が良くなるなら、それでいい。⋯今はそれ以外にどうしようも無さそう。
「⋯⋯外に貴方と一緒に奴隷だった獣人を待機させています。今は私の言葉よりもより良く伝わるでしょう、今日はこれで終わりです」
彼女がそう言うと、後ろの扉がまた自動で開く。
「どうぞ、お仲間に顔を見せてあげてください」
「⋯⋯」
軽く礼をして後ろに振り向いて出ていこうとした時に⋯
「⋯すみません、最後に、名前を聞いてもいいですか?」
「⋯⋯にーにー、です」
本名でなく偽名、ニーロクと同じように22番として名乗る。
「⋯わかりました」
私の名前を聞いて何か考えている様子だったが、今は気にしていられない。少し心臓が早鐘を打っているのが分かる。
大丈夫かな⋯ニーロク⋯⋯
城の外に出て、少し歩くと⋯こっちこっち!という様なジェスチャーを身体でするニーロクの姿。
自然と早歩きでニーロクの元へ。
「ニーロク!」
「22番さん!⋯えっと⋯その拘束は⋯」
そんなに時間は経ってない気がするけど、久々に会うように感じる。⋯言われてみれば、ニーロクは拘束具をつけられていない、首輪はつけてるけど⋯けれど、それくらい。
「分からないけど、警戒されてるみたい」
「22番さんが強い証拠ですね!⋯私は先に説明を受けたので、ここからは私が案内しますねっ⋯」
ついてきて、というようにニーロクが先行して歩く。
「⋯⋯⋯⋯」
ニーロクにしては珍しく無言。
そのままこの城下町のような場所を抜けて、エレベーターに乗り込む。
道中も短くなかったので、いつもなら何か話す所だけど⋯⋯エレベーターに乗り込むまで、私達に会話は無かった。
エレベーターに入って、B3Fと書かれたボタンをニーロクが押す。
『⋯⋯22番さんっ⋯ここは通路も含めて、部屋には全て監視カメラが仕掛けられています』
と、本当に小さな声。獣人の耳でなければ聴き逃してしまう、音の震え。
他の種族は私達のこの話し方を、鳴き声。なんて呼んだりする。監視カメラのマイクでは拾えないような声量、音の震え、周波数。獣人独特の物だ。
『そうなんだ⋯内緒話は難しいって事だね』
私も鳴き声で返す。
エレベーターが指定の階について、寝起きに見た通路の迷路へ。ニーロクはしっかり各部屋の名前と位置を覚えているのか、迷いなく進んでいく。
『はいっ⋯その⋯女王様のお話は、どう感じましたか?私はとてもすごい方で、能力が強い方ってこう⋯スケールの大きい事ができるんだなっ⋯!と思いましたが⋯』
比較的簡潔に、そして何となくオブラートに包んでニーロクが感じたことを伝えてくれるが、ニーロクはもしかしたらあそこまでの強い能力者と話した事は少ないのかもしれない。
実際強い能力を持つと大抵どの国でも偉い役職だったり表に見えない場所に居ることが多いから、私達普通の奴隷兵士が見かける事は少ない。
直近だとあの任務中で見た天使が一番くらいの能力だった。⋯あの人間を除けば。
『大丈夫、ニーロクの感じてることは間違ってないよ』
『と、言うと⋯?』
『人間って種族は、能力が強いと幻想病って病気にかかっちゃう⋯つまり、何でもできるって勘違いしちゃうってこと』
『⋯なる⋯ほど⋯』
端的に伝えたが、間違ってはいない。
人間は夢を見る。タチが悪い事に寝ている時じゃなく起きている時まで常に夢と幻想を見ている。
そして自分のやる事は全部正しい。最悪の場合はみんなの為、あなたの為、と偽善を振りかざしてくるパターンもある。
『ニーロクは知ってる?地上の『再利用不可領域』の割合』
『確か陸が四割、海が六割、空が一割でしたっけ?座学の時間に教わりました、この星の陸と海は既に半分くらい使えないんですよね』
流石ニーロク。勉強は私よりも出来ていそうだ。
『正解。そしてその再利用不可の土地には理由とか、状況とかがそれぞれあるけど、九割は人間絡みでしかも人間主導』
『⋯⋯そうなんですか?』
『さすがに盛られてると信じたいけど⋯どうやら本当っぽい。そんな人間という種族が今更国を創って皆で団結しよう!なんて言っても⋯ね』
私達がどれだけ協力しても絶対無理だろう。四大国家に見つかれば間違いなく滅ぼされるだろうし⋯というか、実際見つかるとまずいからこうして地下に国を創っているのだろう。
滅ぼされた⋯銀の街、だったっけ。人間の国は滅ぼされるのも当然で、戦争時の人間は生きる厄災。
どうやら核と呼ばれる超強力な爆弾を各地にぶっぱなしまくった結果、再生不可能な土地がどんどん生まれたのだとか。戦後のことなんて関係無し、相手を殺戮し破壊し蹂躙するためだけの兵器を一切躊躇なく使ってくる。
もしかしたらこの国にも既に似たような物があるのかもしれない。あの能力は生産系の超上位能力に見える。欠点も本当に少ないのだろう、こんな地下帝国を創れるだけの能力。破壊兵器の一つや二つ余裕で抱えていそうだ。⋯あの機械人形も充分凶悪か。
『だから、あんまり鵜呑みにし過ぎると、痛い目見るよ。程々にやっていこう』
『はいっ⋯その⋯⋯正直、拘束されている22番さんを見て、とても悲しい気持ちになったので⋯私も、程々に働きますっ⋯』
確かに。
あの人間は当然のように私を拘束しているが、普通そんな事はしない。首輪の能力制限で充分だ。
それも当然で、普通の国ならまず獣人一人仮に暴れたところで抑えられる。というか抑えられない国は他の国から攻められたら一瞬で落ちるし、内政が破綻している。
厳重拘束をするということは、暴れられたら抑える自信が無いと同義だ。国民にすると言っておいて、信用も一切していないのかもしれない。
⋯つまり、この国はちょっと強い能力を持つ獣人一人すら暴れられるとやばいという超脆い国か⋯人間が一人一人確実に支配し、決まったルールを押し付ける国のどっちかだ。
『ニーロク、体調大丈夫?魔力止められるの、初めて?』
『⋯正直、辛いですが⋯訓練で経験しているので、多少は⋯⋯ただ、この後案内する場所で体力検査をさせられた時に、かなりバテてしまって⋯』
『ん、しょうがない。立ってこうやって案内できてるだけでめちゃ偉いよ。お疲れ様』
『ありがとうございますっ⋯』
ニーロクは私の前だからか結構気張って元気そうな所を見せてくれてるけど、やっぱり首輪の魔力制限が辛そう。
元の国でもそこまで止められるのは訓練の時くらいだ。身体がいつもよりずっと重く感じるし、この倦怠感は正直どれだけ訓練しても抜けない。耐えることはできてもそれが無くなることはない。
ニーロクはかなり優秀なくらいだ、こうして見ていても、いつも通り歩いている様に見えるのは、日々の鍛錬と強い精神力の賜物。
というか⋯
「これから何するの?」
鳴き声で話すのを止めて、自然な共通語での発音。
「簡単な体力テストや、自己紹介のような事をしましたよ。面接みたいで緊張しましたっ⋯」
「あー、能力とか聞かれた感じ?」
「はいっ、私の能力は隠すような事もあまりないので」
目的地に到着したのか、ニーロクが立ち止まると両開きの自動ドアが真ん中から開いた。
ニーロクについて、部屋の中に足を踏み入れると⋯ここは⋯モニタールーム?壁には複数のモニターや数値、グラフが表示されていて、椅子には私たちを待っていたかのように、白衣を着た翼を持つ女性。⋯あの時の翼持ちか、あんまり印象に無かったし、今はメガネをかけているから気づくのが遅れた⋯彼女、どの種族なんだろう?
「お待ちしておりました、これから、適性検査を始めますね」
彼女は私を見て、ニコニコとした笑顔でそう言った。




