1──復活
何もない暗闇。そこは地上の光が決して届かない地の底······。かつては“魔界”と呼ばれた深淵の最下層。
「ぬう······」
その暗黒の世界で低い唸り声が響いた。
光も音もないその空間に、禍々しい気配が漂い始める。
「これは······俺の······体、か············」
しわがれた低い声が漏れる。
「ここは······」
声の主はのそりと起きた。
「······あの世、ではないな············」
光は無くとも、その人物には周囲に何があるか、どうなっているか。周囲はある程度見えていた。
それは例えるなら小さな祭壇。美しく整えられた石柱や、規則正しく埋め込まれた石床。そして、何重にも刻まれた聖なる刻印。
古の人知によって築き上げられた遺跡であった。
「ぐぬぅ······」
影は闇の中でゆっくり動いた。時折、しんどそうに呻いたが、その二つの足は自ら立ち上がった。
「暗いな······」
パチッと指が打ち鳴らされる音と共に、その場に突如として炎が生み出される。その炎は燭台も何も無い宙に浮いていた。
炎はほとんど揺れる事なく、うっすらと周囲を赤く染めて照らした。
「······」
炎によって浮き上げられた闇の中。
そこに立つ人物。
燃えるような赤い髪を腰まで長く垂らし、人間離れした妖しい光を瞳にたたえ、凄まじいオーラを纏った男性。
ボロボロに朽ちかけた黒の衣は、さながらアンデッドの着る物のようであった。
「俺は······生きてる、のか?」
そう呟くように古代の魔王、ルキファスはゆっくりと辺りを見回した。
「······まさか············」
まだ覚醒しきってない思考を重たげに回すルキファス。
(最後の記憶は······そうだ、勇者に負けた。俺は勇者に負けたんだ。あの一撃で勝負は着いた)
それは確かにハッキリとした記憶であった。
勇者との戦いに敗れ、そのまま意識が闇に落ちていった。
それは覚えている。
「甦ったのか?」
その疑問を独り言にして響かせ、辺りを改めて見回す。
そこに施された祭壇は彼の見覚えない物であったが、何であるかはすぐにわかった。
(封印か。随分と厳重にしたものだな)
足元の刻印や模様に目を落として思わず苦笑するルキファス。彼も人間の魔法にある程度詳しかったが、周りいっぱいに施された封印の術は呆れる程に大がかりであった。
そして、自身の体の状態や周囲の状態からルキファスは何となく現状を推察する事が出来た。
(俺は死んだ後そのまま封印されたらしいな。まあ、魔王なら転生したり甦ったりするからな。人間どもめ、それをしっかり察知したな)
死んだ後に封印まで施され、この祭壇に閉じ込められていたのだろうと結論付けた。
「······クククク······クックックッ、ハーッハッハッハッ! 愚かな人間どもめ! 貴様らの努力虚しく、俺はこうして再び現世に蘇ったぞ!」
高笑いが揺れるように響いた。狭い空間らしい。
「クク······さあて、こうしてはおれんな。すぐに軍を再編成して人間どもを叩き潰しに行ってやる。二度とこの俺様に逆らえないよう、徹底的に痛めつけてくれよう」
フラりと足がもつれ、その場に膝をつくルキファス。
「ぐぅ······その前に回復するべきか······」
全身に思うように力が入らない。当然である。
本人はまだ知らないが、封印されてから二千年も経っているのだ。
さらに、これまた本人は知らない──というより、最早誰も知らないと言っていいかもしれないが──事であるが、この封印の地に施された魔法は、封印されている存在の力を弱めていく効果もあった。
例え復活されても、難なく倒せるようにという考えの上での術式だ。
気だるい体を何とか動かし、祭壇と、この空間を調べていくルキファス。
「······なるほど。どうやら、完全に結界が消えたようだな。それに、入り口らしき場所にも何の魔力反応も無い」
つまり、今この場所はただの暗い洞窟と同じであった。
「ともかく、まずは部下達を探すか······」
ふわりと宙に浮くルキファス。
美しい大理石の天井にピタリと手を付ける。
「フンッ!」
──ズドオオッ──
彼の手に魔力特有の妖しい光が宿った次の瞬間、凄まじい衝撃が天井を砕き、部屋全体を揺らした。
天井は無惨に砕けて崩落したが、封印の部屋その物も耐えきれなくなったのか壁もゆかも、祭壇も全てが崩れ始める。
地響きを立てて、その聖なる空間は土砂に飲まれて消えた。
噴き上がる砂煙の中から魔王ルキファスが勢いよく飛び出す。深く、広い縦穴の空洞へとギラギラ輝く目が上がって行く。
「クククッ、俺は目覚めたぞー!! さあっ、集え我が眷属ども! この世を再び力によって支配するのだ!」
不気味な高笑いが、深淵の闇中に響き渡っていった。
それは魔の復活を報せる鐘の音でもあった。
お疲れ様です。次話に続きます。




