11──魔王とカップ麺
「うーん。寝かせたカレーは美味しいけど、冷凍しちゃうとじゃが芋のポソポソがなあ」
「それはしょうがないよ」
食事を終えた姉妹が皿を洗ったりして片付けてる間にも、ルキファスはずっと外を眺めたままであった。
リヴルがラヴィに小さく耳打ちする。
「カレーの匂いにも釣られないで外ばっかり見てる。お腹空かないのかな?」
「二人分しか無かったから正直助かったけど、流石に何も食べさせないのは可哀想かも」
二人はもう一度ルキファスの背中を伺った。当人は先程から変わらずで、微動だにせずに外を見ていた。
「うーん。仕方ない。何か作ってあげよう」
「え、お姉ちゃんが?」
「ふふん、任せときなさい」
「おーっ、お姉ちゃんが料理なんて珍しい」
妹の期待の目にウィンクしてから、リヴルは戸棚からゴソゴソっと何かを取り出した。
「じゃーんっ。昨日スーパーで安くなってたカップラーメンっ。ホタテバター味!」
「そんな事だと思ったよ」
「やかましいっ。これでも十分美味しいんだから」
ヤカンが火にかけられ、カップラーメンの蓋が開けられる。
リヴルがルキファスの横にピョコッと並ぶ。
「ルキファスさん。意地はってないで何か食べなよ。今カップメン用意してるからさ」
そう言うと、ルキファスは怪訝な顔を向けた。
「カップメン?」
それは聞いた事のない名前であった。
「なんだそれは」
「あー、そっか。ルキファスさんは今は復活した魔王様だもんねえ。いいでしょう、魔王様っ。お教えして差し上げましょう」
芝居がかった口調でリヴルが招く。
ルキファスは久々に聞いた『魔王様』という呼び名につい応じて、リヴルに導かれるまま席に着いた。
「? なんだこれは」
目の前にはお湯が注がれていないカップラーメン。
「ふっふっふー。見てなさいよ魔王様。ここにお湯を注いで~」
──ジュワァ······──
「そして3分間お待ちなさい!」
「なんだ、食物か? 俺はそんな物要らんと······」
と、そこまで言いかけてルキファスは思い直した。
(いや······俺はまだ封印から解かれたばかりだ。魔力が信じられんくらい弱まっている。深淵から出る時にほとんど使い果たしてしまったようだ)
魔王は食事をしなくても死ぬ事はない。しかし、食物からも微量ながら魔力は補給できる。
(まだこの世界の事もよく分かっていないのだ。とりあえず、自身の回復も兼ねて調べてみるか)
「おい小娘。もう食っていいのか? 食器具は無いのか。用意しろ」
「態度悪っ!? 何様のつもりよ。あ、魔王様のつもりだったわね。はいはい、魔王様、もう少しですよーだ!」
悪態をつきつつ、フォークを用意するリヴル。
「ほう。やっと見慣れた道具が出てきたな。しかし、金属製の食器具を持ってるとは貴様らはそれなりの身分か」
「馬鹿にし過ぎっしょ! フォークくらいどこの家にもあるわい!」
「あ、3分経ちました」
蓋が取られ、湯気が立ち上る。食欲をくすぐる香りだが、ルキファスにはあまり意味が無い。
「ほーう? 湯を入れただけなのにさっきと見た目が変わっているな?」
「フォークでほぐして食べてみなよ」
言われた通りにする魔王。そして、一口啜る。
──ズルルルルッ······──
初めて食うにしては絵になるすすりっぷりであった。
「······!」
目を丸くするルキファス。
「うまい」
「でしょ? ルキファスさんも記憶喪失になる前は食べてたんじゃない?」
続けて食べる魔王。その味は彼が生涯で食してきたどの人間の料理とも異なり、刺激的で鮮烈な味であった。
(なんと。これほどの物をあの僅かな時間で作るとは)
リヴルに向くルキファス。
「貴様、料理人だったのか?」
「いや、そんなんじゃないけど」
「嘘をつくな。これ程の物を作るなど名のある料理人だろう」
「お湯入れれば誰でも同じの作れるわい!」
一杯目をあっという間に平らげたルキファスは、リヴルに言われた通り新しいカップラーメンにお湯を注いでみた。
すぐに変わらない美味しさの一杯が出来る。
「なんと······。本当に湯を注ぐだけでこんな美味い物が出来るとはな。一体どんな魔術を使ってるのだ」
「魔術じゃなくて科学。企業努力。まあ、確かに魔法みたいなのは分かるけどね」
「うむ。うまい。小娘、次のを持ってこい」
「態度悪っ! ほんとに魔王っぽさ満点の態度のでかさ!」
結局、買いだめされていたカップラーメンを六杯全て食い尽くしたルキファスなのであった。
「いやいや、どんだけお腹空いてたのよ」
「やっぱり、長い間遭難してたんじゃないかな······」
「なるほど。記憶は失っても体の本能が食物を求めていたのね」
「あ~······私の楽しみのリゾット味も食べられちゃった······」
「明日買い出しに行こっか。そ・れ・よ・り!」
一人思案にふけっていたルキファスの肩をリヴルが力強く掴む。
「さっ、こんなにご馳走したんだから対価は払ってもらうわよ?」
「対価?」
ルキファスが首を傾げる。
「なんだ、褒美が欲しいのか。だが、生憎と今の俺には宝具が無い。そもそも我が軍すら残ってるかも分からんしな」
「あー、はいはい。そんな大それた物は要らないですよ魔王様。物じゃなくて、ちょこーっとお時間が欲しいだけだから」
「?」
ラヴィに振り向くリヴル。
「ラヴィ、配信用意よろ!」
「えっ?! 今から?」
「そっ。何のために我が家にこんな甚大な被害まで出してこの魔王様を連れて来たと思ってんの」
ビシっと明日の方向へ指を差す。
「全てはバズのためよ! これまでの交通費、カップラーメン、全ての出費は再生数のため!」
「と、言う事は······本当にルキファスさんに配信出演してもらうつもり?」
「オフコース!」
自信に満ちた笑みを浮かべて高笑いするリヴル。
「正体不明! 記憶喪失になり、自分の事を古の魔王だと思い込んでいる美形の謎お兄さん!IN美人姉妹ダイバーシェアハウス! もう話題性てんこもりのシチュでしょ!」
「うぅ、本気でやるつもりなの?」
「もちろん! 今ツブヤイターでも告知しておいたし。一時間後の八時からやるよっ。ほら、あたしはルキファスさんに色々説明するから、『オフィス』の用意して」
乗り気ではないラヴィは渋々ながらも言われた通りに居間の端にあるドアを開けて入っていった。
残されたルキファスにリヴルが説明を始める。
「て事でルキファスさん。あたしらの配信活動手伝って貰うわよ?」
「よく分からんが、それは何をするのだ?」
「えーっと、そうねえ······あ、あたしが色々と質問するからそれに答えてってくれればいいかな」
「それだけか? なら遠慮なく質問しろ」
「今じゃなくて後で。配信でやってもらうわよ~」
浮き立つリヴルを不思議そうに眺めるルキファス。
(何の話かは分からんが、今は少しでも色々と周囲を探りたいとこだ)
ともかく、成り行きに身を任せ、少しずつ状況を確かめていくしかない。それが、未だにこの世界が二千年経過した未來だとは気づいていない魔王の判断であった。
お疲れ様です。次話に続きます。




