012 今逃げたところで、どうせまた捕まるかも知れないけれど
今逃げたところで、どうせまた捕まるかも知れないけれど、ワタルはサラから逃げ出した。
タマと会う為に双葉重工の所有していた三鷹にある旧魔石採掘場跡に向かう。
その旧採掘場跡は、周りをフェンスで取り囲まれているが、特に誰かが警備している訳でもないので、簡単に中に入る事ができた。
だいたい半径百メートルくらいの広さがあり、その中心にすり鉢状の穴が開いている。そこに近づくと、ワタルはその中に飛び降りた。
中には小さな横穴が開いている。狭く、傾斜がきつい。
ワタルはその穴の中に入る。
頭が当たらないようにかがみ込みながら進んでいかないといけないので、歩きにくい。しばらく降りていき、腰が軽くいたくなり始めた頃に、何か皮膚に違和感を感じる。ザラリと何かにこすれる、感覚がした。
その後、すぐに広い空間があらわれる。
この世と魔界をへだて、さえぎる境界地点。
光源が見あたらないのもかかわらず、周りは薄ぼんやりしているのでかなりの広範囲まで見通す事ができる。
何かが前方で動くのを見つけたので、早足で近づいていくと、タマだった。
タマは膝を付いて倒れている。
「大丈夫かタマ?」
「………タマっていうなぁ」
こちらに気付いたタマが顔をあげる。血の気がない。
抱き起こそうと手を伸ばしたが、振り笑われる。タマは独りで立ち上がろうとした。腰から下に力が入らない為に何度も倒れそうになったが、何とか立ち上がる事に成功した。
「もう十分だろう? これ以上放っておくと魔力が費えてしまうよ。そうなったら、さすがにおれでも助けられない。だからおれの事を受け入れて欲しい」
タマに近づくとタマが後退りする。足下がおぼつかないので、バランスを崩してその場に倒れそうになる。
ワタルはとっさにタマの事を抱き締めた。
「やめろうぉ。離せ。お前なんて、ぜったい受け入れてなんかやらない」
しかしすでにタマは自分でワタルから離れる事ができない。それでも弱々しく手を上げて、ワタルの顔を引っ掻こうとしてくる。ただ力がまったく入っていないから、撫でられている様なものだった。
「おれと契約をしたら、もしかしたらこうなるかも知れないと思ったから、僅かでも魔力の吸収ができそうで、安全な場所を見つけて連れてきたおれのやさしさを少しは考えてほしいいんだけど」
「う、うるさい。分かってたんなら、はじめから契約しようとするなぁ。私の事欺すような事をして、いまさらやさしい振りなんかするな」
タマがポロポロ泣きだしたのでワタルの焦ってしまう。
「べ、別に欺した訳じゃない。ただ、契約をすることで契約主から何らかのエネルギーを受け取る事でこの世界に存在している可能性を推測しただけだよ。それがたまたま当たっただけで、おれがはじめからこうなると知っていたわけでわないよ」
「その可能性をはじめに言わなかったんだから、同じことよ」
腕の中で泣かれながら女の子に泣かれるのは、辛いものがある。それに、タマの契約を横から妨害して、手足の骨を折って逃げれない状況に追いやって仕方なく自分と契約せざるを得ないような状況にタマを追い込んだのもワタルだったから、かなり責任を感じてしまう。
「うえーん、消えたくないよー」
「だから、おれを受け入れてよ。そうしたら消えなくても済むんだから」
他に誰もいない事は明らかだったが、念のため周りを見渡して確認する。それからそっとタマの耳元に顔を近づけてそっとつぶやく。
「おれを受け入れたら、タマを人間にしてあげる」
「そ、そんな事が出来るわけないじゃない。あ、あたしたち魔族が、ど、どんなに苦労しても人間になる事はできないでいるのよ。それを外から来た化け物が出来るわけない。私に嘘をつくなぁ」
叫びたかったのかもしれないが、ほとんど聞こえないようなささやき声しかタマは発する事ができなくなっている。それに先ほどからタマを抱き締めている腕からタマの重さが徐々に失われていくのが分かった。
急速に消滅に向かっている。
「なあ、このまま消滅するくらいなら、おれに賭けてみてもいいんじゃないか?」
「やだ」
「即答? なんでさ?」
じっとタマが黙って見つめてきた。
………。
………。
………。
早くしないと間に合わないかもしれないので、ワタルは内心焦っているが、急かせば回答がえられない気がしたので、黙ってタマの言葉を待つ。
「………、最後に欺されたと分かったら、くやしいから、イヤだ」
「そんな理由かい」
ワタルはガックし膝を折り、その場にしゃがみ込んでしまう。
「どうしたら、信用してくれるかな。一応はタマに酷い事をしてしまったから、その罪滅ぼしも兼ねているんだけど」
タマは信用していないが、もちろんワタルはタマを欺すつもりは毛頭無い。それをどうやって納得してもらうか考えたが、旨い答えは見つからなかった。
「そ、それに私はまだキスもしたことないんだからね。何で初めてのキスを、好きでもない人、じゃなくて、外からきた化け物としないといけないのさ」
「それが人間になる為の最低限の条件だから、受け入れて欲しい。頼む」
ワタルはタマに頭を下げた。
「………ワタル」
さすがに、ここまでしたら、タマにもこちらが真剣でまじめに話をしている事は伝わったようだ。先ほどまでよりは、こちらの話を聞いてくれそうな雰囲気になってくれていた。
「でも、やっぱり絶対やだ」
「こうしている間にも体の崩壊は進んでいるのは分かるよね?」
「だって、恥ずかしいんだもん」
………ぐっ。焦ってはダメだ。
そう言い聞かせて、深呼吸をしてタマをやや強めに抱き締めた。
「やだよ。やめてよ」
「恥ずかしいなら、目を閉じていればすぐに終わるから。大丈夫、おれも目を閉じているから。だったら恥ずかしくないでしょう?」
ゆっくりと顔を近づけていく。
「さぁ」
ワタルは目を閉じるように急かした。
「や、やさしくしてね。それから、絶対ウソつかないでよね」
タマがじっとこちらを凝視してから、やがて覚悟を決めたようにすっと目を閉じた。
ワタルも目を閉じる。
そしてワタルはタマにキスをした。
◇◇◇
ワタルの唇を感じたとき、自分の中の魔力が爆発するように体の外に発散したように感じた。すべての魔力が自分の中から消えていく感覚にタマは恐怖を感じた。このまま自分の意識も四散してしまうと思った。
しかし、ワタルの舌が口内に侵入してくると、そこから新たなエネルギーが体に注入される。それは今まで得た事がない、暖かいものだった。
その暖かさがワタルの想いなのだと、タマは理解した。
ワタルがウソをついていない事が分かった。
だから安心する。
ワタルの舌に自然に自分の舌をからませる。ゆっくりとついばむように躊躇いつつのぎこちないキス。しかしタマはそれで十分満足だった。
ワタルのことを受け入れられそうな気分になっていく。
思考が輝き、周りが白く光り輝きはじめる。その光りがあっという間に周りを飲み込んでしまう。タマはその光りの中心にいた。
まぶしい光がさらに強く大きく輝いていく。
タマはその光を浴びながらついに意識を保っていられなくなった。
それでも、もう不安はない。すべてワタルにまかせればうまくいく気がする。だからタマは安心して意識を失う事ができた。
タマが意識を失った事を確認すると、ワタルがゆっくりとタマから顔を離す。
「これで、きみは人間になれる」
疲れているが、どこかホッとした表情をしてワタルは今一度、かるくタマの唇にキスをした。