第4話 未練
『まだ勝負はついていませんが。』
「そっちじゃなくて、その、お前の熱意にってことな。」
まあ、さっきこいつがわざと外さなければ、勝負にも負けてたかもしれないが。
さて、深呼吸して、俺は話し始める。
「俺は、勝ちたかったんだ。〝あの技〟で、カナデに。」
『あの技?』
カナデ(仮)は怪訝そうな顔で俺を見た。俺の記憶を見てるとか言ってたからワンチャン、分かってるかなとも思ったけど、知らないみたい。
「誰にも言ったことないけど、カナデ(仮)には言っとくよ。俺のトラウマの元凶をさ。俺が保育園にいたころからの話になるけど。」
正直、これは語りたくない。恥ずかしい黒歴史ってやつだ。
「その頃、カナデと俺は家も近くて保育園も同じで、仲もよかった。二人でたくさん遊んでさ。〝イセノ〟もあいつから教わって、よくお菓子とか賭けて勝負して。あの時は楽しかった。でも、同じ小学校に入学してちょっとした頃、カナデの元気がなくなったんだ。もちろん〝イセノ〟してるときとかは楽しそうにはしてたけど。カナデはその理由を言ってくれなかった。でも俺はそれを知りたくて勝負した。無理に答えなくてもいいから、俺が〝イセノ〟で勝てたら、話してくれないかって。」
『それって。』
「そっくりだろ。今の俺とカナデ(仮)の状況と。」
さっきも勝負やってて、何度か姿が重なった。立場は逆だけど、過去のカナデと俺に。
「あの時の俺は、カナデに1回も勝てなくて。とくに数当てしても全然当てられなかったんだ。そんな時、毎年カナデといってた神社の祭りで、〝イセノ〟の大会やってて、大会の優勝者が、確かそこで代々受け継がれてる面を被ってる〝無限の巫女〟って人と勝負するんだけど。その巫女さんがすべてを見透かすようなすごい強さで、その人が勝つときは必ず使う技があった。こう手刀を上に掲げて振り下ろすんだけど、その技が数あてしなくて勝てる特別で、かっこいい技でさ。」
俺があのとき憧れた、勝ち方。
「それで巫女さんが勝負に勝った後、その様子を熱心に見てたカナデに、その技の技板をくれたんだ。」
『技板、たしか、技の絵のかかれたプレートでしたっけ。』
「そう、それも〝あの技〟の。」
『話がそれてしまうのですが、その板は普段の試合中どうしているのですか?』
「ああ、腕輪に自分の使う技の技板を全部つけておくんだ。そういう形式は今も正式な試合ではやられているみたい。でも、特殊な技板はレアでなかなか手に入らない。」
『貴重なものなんですね。で、カナデさんはその技板をどうしたのですか。』
「それが、カナデはその技板を俺にくれたんだ。自分の闘い方には合わない、むしろ弱い一誠が持った方がいい、とか言って。」
『……なめられてますね。』
「そんなことわかってるよ。あの時はまだ初心者だったし。」
『なるほど、ではさっき数当てをしなかったのも。』
「そう、あの技を使いたかったんだ。それに、夏祭りの時につい宣言しちゃったし。この技を使ってカナデに勝つって。」
ほかの人から見たら、しょうもないこだわり。でも俺にとっては――。
「それでカナデと最後に別れる時までに何度も使おうとしたんだけど、結局その技は使えずじまい、一勝もできなかった。」
そう、あの頃の俺はなぜか躍起になってたんだ。今思えば,カナデが話そうとした瞬間もあったっていうのに。
「そしてカナデから何も聞けないまま、何日かしてカナデが学校来なくなって、その時の先生の話で初めて、転校して外国に行ったことを知ったんだ。」
あのとき、俺がしばらく放心状態で、学校の朝の連絡が終わってみんなが教室移動を始める中、席を立てなかったことが、はっきりと思い出される。
「すべて俺のまいた種っていうか、今思えば、なんであんなこと言っちゃったんだろうって思うよ。ただかっこいいからとか、カナデに勝ちたいとか単純に思ってただけなんだけどさ。」
確実に勝てないと、俺はカナデにお別れすらいえない。それがあの時、思ったこと。
『私は好きですよ。そういうこだわり。』
……。
『それで、カナデさんと連絡は取りあっていないのですか?』
「うん。俺はスマホとか持ってないし、電話番号も引っ越した時に変わっちゃったみたいで、それっきりだ。カナデ自身もう俺の事なんて忘れていると思うんだけど。でも、俺はせめて〝あの技〟で勝ちたかった。その後悔だけが残ってさ。それで、あれからずっとその技を使うためだけに〝イセノ〟をやってるというか。途中諦めかけてたんだけど、数当てが当たらなくなって。今日、1ターン目当てたのが、数年ぶりの奇跡なんだ。」
『なるほど、一誠が数当てしない理由は理解しました。でもそれが、事故前のトラウマと何の関係が?』
「事故の前の日に、カナデのお兄さんをたまたま見かけたんだ。鋭人っていうんだけど、何度か一緒に遊んだことあったから、面識あってさ。俺はいてもたってもいられずにカナデの事を聞いた。俺とカナデの関係も少し話して、そしてカナデは元気そうにしてるってことが分かって安心した。でも、俺の事何か言ってなかったかって聞いたら、鋭人さんは答えたんだ。」
「カナデは一誠なんて、もう忘れてる。話も聞いたことがない。〝イセノ〟も何回か対戦したけど、カナデは別格だ。住む世界が違うんだよ。」
「そう言われたのが悔しくて。いや、認めたくなくて。何より、カナデがずっと強くなっていたのに、ずっと足踏みしていた自分が許せなくて。八つ当たり気味に、その人と〝イセノ〟で対戦した。でも結局負けてさ。それでこう、ショックになって、帰り路よく見ずに歩いてたら……。」
『車に引かれてしまったということですか。その映像は断片的に私も確認しましたが、そういうことだったんですね。』
不思議だな。俺はカナデ(仮)が納得している様子を見て、なんだかほっとしてる。
『それで、一誠はどうしたいのですか?』
「俺が……。」
『今の〝イセノ〟の対戦の話に戻りますが、〝あの技〟とやらは今この状況で使えるものですか?』
「それは、無理だな。お前がわざと準備が整うまで自分のターンを棒に振らない限り。でも、それは俺の望む勝ちじゃない。」
『なるほど、使用条件が厳しいのですね。ではこの勝負は捨てるのですか?』
「それは……。」
『一誠の未練をまとめると「カナデさんに、〝あの技〟とやらで、勝ちたかった。」ということですよね。でも、これでは要素が多いので、もっと分けて考えてみてください。』
「分けて?」
『今、一誠の思いが一番強いのは、カナデさんに対しての部分ですか、それともあの技を使いたいという部分ですか、それとも純粋に勝ちたいという部分ですか?』
そう、か。
なんでこんな単純なことに気が付かなかったのだろう。
俺はカナデと会えなくなってから今まで、〝あの技〟を使って勝とうとしていた。最初は憧れで、そして後悔をひきずって、使えないと分かっていてもしつこく。でも、〝あの技〟はあくまで勝つための手段にすぎないんだ。
本当は……。
「勝ちたい。」
そう、はっきり口に出して言える。
『なら決まりですね。私が動くのは左手の5本、たいして一誠は右手の中指から下3本が上がったまま動かない。一誠が動く指を上げないとすれば、選択肢は3~8です。』
カナデ(仮)は左手の指をパーの字に広げて言う。
『数当てしてみてください。』
当てられるのか、俺に。
『私の上げる指はもう決めています。といっても当てさせるつもりは更々ありませんが。それに当てられなくても、次の攻撃をしのげばまたチャンスは回ってきます。あまり深く考えずに、落ち着いて。自分の直感を信じてみてください。』
直感。
1ターン目に数当てしてたまたま当たった、あの感覚か。
俺は深呼吸して、右手を少しだけ持ち上げた。そして、勢いよく振り下ろしながら、言った。
「【いっせいのーで〝7〟】」
次回3/2,やっと一試合目決着します。
今後もよろしくおねがいします。