かみ合わない人たち
グランドラゴンの一件で赤い竜をプロフテリアに連れて帰る。
それはプロフテリアの入り口から離れた草原でぽつねんと立っていた。
茶色の店売りの粗末なローブをかぶせられ、ずっと待っていたのだろうか。
俺とチュートリアが発見した時にはだいぶ衰弱していた。
「いや、色々と言いたいことはあるけどよ?俺でもここまで酷い扱いしてねえぞ?」
「だってぇ」
その少女はようやく飼い主を見つけた犬のように泣きながら肉を囓る。
チュートリアは少女のその不憫な様を見て、どこか遠い目をしていた。
多分、自分もこうなる可能性が多分にあったことを考えてだろう。
「マスター。マスターって、それでも常識人だったんですね」
「だろ?信じられるか?パートナーキャラクターを放置して狩りに行ってずっと忘れてましたって。見ろよ、腹空かして心細さでもう完全にぽっきりぱっきりバッキバキに『心折り』されてるじゃねえか」
「だってぇ、戦ってたんだよぉ」
「竜さんやそれ言い訳になんねえからな?」
言い訳にすらならない言い訳を並べ赤い竜は悪びれない。
金髪ツインテのロリである赤い竜のイリアはチュートリアに暖められながらスープを啜っていた。
「……か、かたじけなひ」
ぷるぷると震えながら涙ながらにイリアは俺達に頭を下げる。
「わ、私は竜神ユグドラのイリア、シルフィリスです。マ、マスターを連れてきて感謝し、しる。我が主は龍神のレジアン故、な、何者にもし、縛られず奔放で……わ、私にも所在が掴めずに」
「ええ?敵のいるところに居るって言ったじゃないか」
色々呂律が回っていない。
置いていかれた寂しさを思い出したのだろうかまた瞳に涙を溜めはじめた。
「で?竜さんや。竜さんは加護でどんなボーナス貰ったん?」
「ボーナス?ナニソレー」
この男は隣で飯を食いながら初めて聞くように目をしばたかせる。
「イリアの開幕ボーナスだよ。加護だってスキルレベルとか育成武器とか結構チートがかったボーナス貰えるみたいだぜ?それに、これ結構チートがかった相方らしいぞ?」
「そうなのー?でも幼女でしょー?嫌いじゃないけど、竜じゃないじゃん」
俺はふと嫌な予感がした。
「やっぱ相方は竜でしょ?」
チュートリアも察したようだ。
シルフィリスと名乗った少女はどこか俯いて答える。
「……マスターが望むならば、私は竜になりますが街中では他人の視線がありますから」
「「うわぁ」」
俺とチュートリアがハモってしまった。
「……竜の姿をイリアに要求したのか」
「そだよ!ドラゴンがペットで実装されるってわかってたからエルドラはじめたのに相方が強制で幼女とかないわー」
「お前の発想がないわー」
俺は大きく溜息をつくとシルフィリスの頭をごしごしと撫でる。
「……まあ、こんな奴だが腕だけは信じていい。わかんねえことがあれば、聞きに来い」
「かたじけない」
どこか悔しそうに俯くシルフィリスと俺を交互に見比べチュートリアは怪訝な瞳を向ける。
「マスターが優しいです。何か不吉な予感がします」
「これっくらいのフォローくらいは当たり前にするんだぞ俺は」
「いやぁロクロータさんが居てくれて助かるわー。ぶっちゃけイリアの育成って面倒臭いんだよぉ。他人を育てる暇があったら自分を強くしたいからぁ」
「俺ぁ竜さんのお母さんじゃありません。自分の娘くらい自分で面倒見なさい」
反省する気などどこにもない。
廃人なんぞこんなものである。
そんな頃である、キクとテンガが戻ってきたのは。
「よぅ野郎ども!話は終わったの?」
「全然?つか、聞いてくれよ。コイツバカだぜ?イリアの加護を……」
「どうせ相方幼女じゃ嫌だからドラゴンにしてくれって言ったんじゃないの?つか、バカなのはわかりきってることでしょ?そんなのいちいち報告しない」
どっかりとテーブルに座り、キクは面倒臭そうに溜息をついた。
バカだバカだと言われても赤い竜はどこ吹く風。
「でも、有効な話はあったわね。メインクエも途中で進められなくなることがあるっていうのは厄介ね。私も途中で放った奴があるから、また受け直せるかどうか」
「なんだ。じゃあ、全員がフラグ折ったら帰還不能とかそういう話かこれ」
「どうなんだろう?さっき聞いた限りじゃ赤い竜と私のメインクエのスタートが違うのよね?それも当然っちゃ当然なんだけど」
キクはどこか怪訝な瞳を赤い竜に向け語り出す。
「それだけじゃないの。私のイリアと赤い竜のイリア、そしてあんたのイリアについてもだけど、平等じゃないのよね。赤い竜のイリアはあんたと一緒で基礎レベルが99。いわゆるカンストって奴で、スキルレベルが戦闘系を中心に高いレベルで纏まってる。生産系は全滅だし、かといって魔法系はなんか途中で投げ出した感が強いの」
俺はキクの話を聞き、ふんむと頷く。
「あんたのイリアはどっかのバカが全部レベル1にしちゃったから検証しようが無いけど、私のイリアは生産系が軒並み高いのよね?それ以外はシャーマン系が高いんだけどカンストはしてないのよ。それでね?一つ、赤い竜に確認したいんだけど、この子のスキル構成ってあんたがファミルラで育成していたIRIAに似通ってない?」
赤い竜は難しい顔をして答える。
「もう忘れたわー、あんな糞ゲー」
キクは苛々しながらも堪えて尋ねる。
「……まあ、うん、こんなこったろうと思ったよ。でもね?その人のプレイスタイルに似通ったパートナーってのをあえて選んでいる作為的な理由ってのがそれっくらいしか思いつかないのよ」
「フナムシ……えと、キクさんだっけ?キクさんはシャーマンだったの?」
「そうだよ。それに、そのフナムシ。竜神ユグドラに幸運の神フ・ナムシー、よくよく思い出してみれば私たちがファミルラで遊んでいたときのIRIAのネームよね?」
俺はふとチュートリアに聞いてみる。
「俺のえと、なんだ、神様ってなんだっけ?」
「戦女神コーデリア。戦争と勝利を司る神です。覚えていらっしゃらないのはもう諦めました。期待していませんが……少し、悲しいです」
「……おかしいな。俺ぁそんな名前つけた覚えねえんだけど。最後はスーパー肉便器ちゃんか『がんばったの』だと思ったんだけどなぁ」
キクは俺に怪訝な瞳を向けるとバカにする。
「あんたはコロコロ名前変えてたじゃない。PKしすぎて警戒されるから一週間しないうちに名前課金して変えてたでしょ?私がぶっ殺されたのは『がんばったの』時代よ?今思い出しても苛々するわ。システムメッセージに『がんばったの』に殺されました。とかどこまで煽る気よ」
俺は苛々してきたキクを無視して一人考え込む。
――ゲームという分野で色々な推断を繰り返してきたキクの推論は的を得ていると思っていい。
三人という少ないデーターか既に得ている状況から推断をするならその結論に至る。
「……ファミルラの高レベルプレイヤーから選出されて、ログアウト不能になっているということか?」
「確証は得られないわ。だって、正直私たちよりレベルだけなら高いプレイヤーは一杯いたもの。『廃人』なんて腐る程居るんだから」
キクの言わんとすることは理解できた。
いわゆる『Vipper』と呼ばれる2ch居住者のような廃効率プレイヤーから比べればというのもある。
「ゲームとして考えるなら、何をしようとしているのか理解できないってのが正直なところよ」
「……だが、外のアップデートと連動しているし、運命の女神イリアの件もある。荒唐無稽な話、ゲームの中に飛ばされたっていう線も薄いな。あれはファミルラの事件を認識しているし、俺達のことも理解していた。なら、この『世界』と外の『世界』にはなんらかの繋がりがある。ゲームの中に三人して飛ばされたってのは考えものだな」
「そこまでファンタジーだったら正気を疑うわ。後考えられるのは私たち3人に共通してそうなことってことで……」
そこまで言われて俺は一つの可能性を思い出す。
「……エンジェルハイロゥの使用者ってことか?」
「可能性は一番強いわね」
――脳波コントローラーであるエンジェルハイロゥ。
「チャンネル数無限という触れ込みを謳うならば、俺達が昏睡状態になって全部の感覚をゲームに置き換え、睡眠時に見る夢のような感覚でゲームの中に居る。それならば攻撃時のモーションが固定されていることにも納得がいく」
「そうね、サーバーで管理されている市場で無限に流通する通貨にも納得がいく解答よね」
「まあ、問題はどうすればログアウトできるかというところなんだが。流石にそろそろ眠りっぱなしだと生命維持的に問題があるだろうから病院担ぎこまれてるんじゃねえの?そうすりゃ外部から接続を切断とかしてくれる可能性もある」
「一番、ログアウトできる可能性が高いのはそれね」
俺は溜息をつくと、なんだか落ち着きの無い赤い竜を見る。
「なしたん?狩り行きたいの?ちょっと大事な話してるから、落ち着こうな?な?」
「いやぁ、狩りに行きたいのもあるんだけどね?今の流れで言っていいかどうか迷ってることがあるんだよなぁ」
「どうしたん?言ってごらんて。竜ちゃんバカだって言わないから言ってごらん?」
赤い竜にしては珍しく歯切れが悪い。
赤い竜は俺の顔を見て、どうしたものかと考える素振りを見せ告げた。
「実はね?俺、今回エンジェルハイロゥまだ届いてなかったんだよ」
「「ハァ?」」
「だってぇ、ちょっと遊んでからでいいかなって思ってさぁ、それに脳波コントローラーって結構、個人差あるし序盤の雑魚乱獲ならキーボードのWASD操作の方がいいと思ったんだよ。だからそのハイロゥって線は違うんじゃないのかってね」
「なんてこったい。これじゃあ、どれが本当のことか理解できねえ!」
俺は完全に参ってしまい椅子にどっかりと沈み込む。
キクも肩を落とし静かに息を落とした。
「おいおいおい、一体どうすりゃログアウトできんだよ」
無目的なまま世界に放り込まれ、無目的なまま生活をしなくちゃならないのか。
「あと残されている可能性はメインクエストの解放くらいか。竜さんのクエは今フラグがぼっきり折れて進められない状態なんだろう?キクの方もちょっと確認しておいてくれよ。俺の方でも進められるだけ、進めてみる」
クエスト進行とかだるくてやってられないというのが正直なところだ。
金稼ぎ、そしてレベル上げといっても街でクエストを受けて、街へ戻るという移動を間に挟めばその時間分、ロスしてしまう。
赤い竜が今隣で落ち着き無く膝を揺らしているのもそのロスを心配してだ。
――時間は最大限有効に使う。
これが『廃人』の共通認識でもある。
「で、キクちゃんや。メインクエストってどこで受けるん?」
「ウィキ情報ではチュートリアルを終えて大聖堂のアルカンシャルってNPCから受けることになってるんだけど、そんなNPCは存在しなかったわ」
「何だよ。それ。そこで完全に詰んでるじゃねえか」
「……そう思うでしょ?だけど、私たちには他のプレイヤー達とは違ってそれぞれ専属でクエストをくれるNPCが居たりするのよ」
俺は嫌な予感がして傍らでずっと立ったままのチュートリアに振り向く。
何を言われるか理解していてかチュートリアは焦って取り繕いはじめる。
「あ、あの!け、決して言わなかった訳じゃないんです!だ、だってマスターは私の話を聞いてくれないし……あわわ!そうじゃなくて、今は力をつける時なのかと思ってずっと黙って!そ、それに私が力を付けたり知識をつけたりするのに付き合ってくださるから、つい……」
「つい、じゃねえよ!大事なことは先に言えよ!も一度指入れて下からほじくりだすぞこの野郎!」
「わ、わぁぁああ!」
顔を真っ赤にして俺の口を塞ごうとするチュートリアを引きはがし、俺は苛々しながら思考を整理する。
「そうか、理解できたよ。赤い竜とキクのメインシナリオが違うっていうことが。そりゃあクエストくれるNPCってのがパートナーIRIAならそれぞれ違うクエスト持ってくるよな。そもそも同じクエストをこなすなら、同じ場所でばったり会っててもおかしくないはずだ」
俺はバリバリと頭を掻くと小さく溜息をつく。
「俺の方のクエストってのも気になるが竜さん、今抱えてるクエストってどんなクエストだったんだ?」
「んー?確か、ガルドブランザを10匹倒せってクエストだったはず。適正レベル終わったから放置してたし、暇見つけて戻って倒して報告しようとした時にさー、めっちゃムカつくイリアが居たんだよねー。それをぶん殴ったらクエスト終わらなくなった」
「キクは?」
「……店を広げることが終わって、次は街を作ること」
「はぁ?」
「最初は簡単な生産系だったんだけど、途中で店を手に入れて店を広げることにクエストの内容が変わったのよね。店は最初から持ってたじゃん?だから受注と同時にクリアだったんだけど、店を広げたら今度は街を作れよ?いい加減マゾいわ」
「赤い竜が討伐系で、キクが生産系のクエストがメインクエになるのか。俺の場合はどうなんだろうなぁ」
どこか落胆しながら、チュートリアを振り返る。
「えと、クエスト?の内容でしょうか?」
そこから先はキクが告げる。
「ええ、そうよ。ロクロータにも『使命』があるんでしょう?その『使命』について教えて頂戴」
どこか感極まったようにチュートリアが俺とキクを交互に見る。
「はい!マスターの『使命』は多くの人の信望を集めることです!」
「げ……」
俺は自分のステータス画面を開いてみる。
バーで表示されたHPやスキルの項目の一番下にその項目は存在した。
――信望0、カルマ1
横からのぞき込んだ赤い竜が眉を潜める。
「カルマが1増えてるねー、誰か殺したの?」
「記憶に無いなぁ……あ」
チュートリアがどこか呆れたように俺を睨みつける。
「そうです、私を殴り倒したからカルマが増えてるんです」
カルマとは悪行をしたプレイヤーにつくポイントでこれが高くなると色々と不利益な事が起こる。
街の番兵に追いかけられたり、一部の施設に出入り禁止になったりする他、ネームの色がどんどん赤くなっていく。
PKプレイヤーを識別する為のシステムであったりするカルマはこれでいて犯罪者が集まる街に出入りできたりするので必要によって上げ下げする必要がある。
信望はその地域でのクエストをどれだけこなしたかで増える値で商店の割引がかかったり普段は入れない王城へ入れたりする為の条件にもなる。
問題なのはカルマがあると信望が溜まりにくいところだ。
「よりにもよって依頼系クエが俺のメインかよ」
俺は軽い絶望感を覚えた。




