ささいな事。だが、動くには十分すぎる動機。
結局、最終的にはレベル43になってしまった。
「楽しかったです~」
戻る頃には日が変わり、それどころか朝日が浮かんでいた。
チュートリアに丸一晩付き合わされて俺はくたくたになっていた。
「もうちょっと頑張ってみたかったです」
「元気だなぁお前。俺ぁ眠いよ。おかげでソードもぶっ壊れたし、ブレードも半壊して威力に補正かかっちまった」
長いこと狩り続けるものだから装備品の方が先に参ってしまっていた。
インベントリだってパンパンだし、処分しなくちゃならない。
それよりもまず、寝床をさがさなきゃならん。
俺は欠伸を噛み殺し、商業区へと向かう。
キクの借りた借家――というより工房兼店が商業区にあるからだ。
「キクさんのところですか?」
「ああ……修理の依頼とアイテムを捌いてもらうのにな。」
ほどなくして見つかったキクの借家は商業区のド真ん中にあった。
外装も悪く無く、目立つ場所にある。
キクらしいといえば、キクらしい。
初期費用で1m近くかかったのも頷ける話だ。
ここなら人通りも多いし、売れる物さえ置けば買っていって貰える。
――どこまでも利に聡いから最初は損してでも将来の得を取る。
俺はのろのろと中に入ると、朝っぱらだというのに客の姿がちらほらと見えた。
「すげえな」
「……なんか、凄いですね」
俺達は豊富な商品の品揃えを見て、少し気圧されてしまった。
店の奥からキクが首をひょっこりと出し、俺達の姿を見つける。
「よぅ、ちっくら修理頼みたいんだが」
「どこ行ってたん!探したんだぞ!」
声をかけたが怒鳴られてしまった。
俺は何を怒っているのかが理解できない。
「フレチャで呼べばいいじゃねえか。フレンド登録したじゃないか」
「そのフレンドチャットができないから探したの!私も迂闊だったわ。てっきりできるモンだと思ってたら制限されてんだもん!」
そう言うキクに俺は怪訝な目を向ける。
「あん?フレチャできないのか?」
「あれば欲しい物の情報とか送りたかったんだけど、これじゃあ、できないじゃない。連絡の方法考えたかったんだけど、どうしようかと思ってね」
「ふんむ。おかしいとは、思ったんだ。連絡も何もねえってのもよ」
「疑問に思ったら来なさいよ!」
「やだよ面倒臭い。狩り行きたいモン。お前が来いよ」
「やーよ面倒臭い。店やりたいモン。だから来なさいよ」
廃人同士なぞこんなものである。
「あ、あの、仲良くした方が……」
心配になったチュートリアが仲裁に入るがどこ吹く風。
「昨日の朝から何処行ってたの?寝ないで狩りなんて珍しいわね」
「ああ、流石にこの状態だと『二人回し』とか『代行』とかできないから寝ないで狩るのはしんどいわ。おかげでホレ、ソードとブレードがぼろっぼろ」
「うわ!これで下手な敵に絡まれたら死ぬじゃない」
「まあ、おかげで多少、コレが使えるようになったんだがな」
俺は傍らのチュートリアの頭をぽんぽんと叩くと、チュートリアが照れくさそうに笑う。
「にへへー、なんとかご一緒できるようになりました」
キクが唖然とする。
「IRIA育成にかけては赤い人と同じくらいダメダメだったロクロータにしては珍しいわね?」
「赤い人と一緒にすんなし!あいつがほかってたギルメンの育成とか全部俺やってたじゃねえか!」
「そいやあんた確かに人に物を教えるのだけは上手かったよね」
俺は欠伸を噛み殺し、右手の宝珠を叩くとメニュー画面を眼前に展開しトレードの項目をスライドさせる。
このインターフェース凄いファンタジーに凝ってはいんだが凄い見づらいっちゃ見づらい。
「とりあえず、マグリブツとグレングル乱獲してきたから適当に売っておいて」
「レア出た?」
「未鑑定品がいくつかポロポロ出てたから混ざってるんでね?なんか欲しい物でもあんのか?」
「うん。とりあえず、トイレが欲しい」
「トイレ?」
「そう、トイレ」
俺は一瞬、怪訝な顔をする。
「ここにあるんじゃないの?」
「あるわよ」
俺はキクの顔をのぞき込み、真剣な表情で尋ねる。
「あるのに、なんで?」
「ファンタジーだからよ」
キクさんが何をおっしゃってるのか俺にはさっぱりわかりません。
「ファンタジーだとトイレダメなの?」
「ダメに決まってるじゃない!なんでここまでリアルにしたし!って怒鳴りたいくらいよ?壺にうんこして下水に持ってって捨てるのよ?この世界」
「な、なんだって!」
俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。
「待て!待て待て!それだとあれだ!巻紙は!?いつもおしりを柔らかく包んでくれる柔らか巻紙は一体どうなってるんだ!」
「流通してる訳ないじゃない!私も一瞬気が遠くなりかけたわ!」
俺は目の前が真っ暗になる。
「どうしよう……昨日は狩り中だから野グソですませたけど、帰ってきてまでその仕打ちは死活問題だ」
「そうでしょ?だから、トイレを手に入れたいと思う訳よ。あとシャワーと電子レンジ」
キクの要望に俺は怪訝な瞳を向ける。
「シャワーはわかるが電子レンジなんてファンタジーにないぜ?」
「あるのよこれが。これ見て?」
キクは俺にヴォーパルタブレットを操作してつきつける。
そこには公式Wikiのユニークボスの落とすユニークレア一覧が載っていたのだが『思考者の椅子(どう見てもトイレ)』や『賢者の檻(どう見てもユニットバス)』、『三種の神器(どう見ても新生活応援セット)』などといった普段見ていたらジョークアイテムとしか映らないレアが並んでいた。
その下のコメントも『このレアの使い道がわからん』『リアルで欲しい』『経済弱者乙』『マイホームのカスタマイズ用だとは思うが世界観ぶちこわし』『ユニークボスから便所しか出ない時はマジでクソだと思った』『水に流してやれよ』等々。
「なんだか、酷い言われようですね。このアイテム、どうやって使うんですか?」
隣でのぞき込むチュートリアが首を傾げるが、俺とキクはどこまでも真剣に攻略情報を見ていた。
「プロフテリアの西のブレド森林の先にあるオーベン城要塞のユニークボスが落とすらしいんだけど」
「……だから、俺に行けと」
「私は私でやることが、ある」
キクは真剣な面持ちで告げる。
「柔らか巻紙の生産を至急覚えること」
俺はどこまでも真剣なキクの瞳にこれは簡単な問題じゃないことを理解した。
「え、あの、マスター?あの……」
俺たちの真剣な表情にただならぬ雰囲気を感じたチュートリアがたじろぐ。
「キク、武器の修理を。オーベン城要塞のユニークは何時の出現だ?」
「0時ジャスト。時計もまだ入手していないけど、深夜であることには変わりないわ」
「すまんが、ルートを調べておいてくれ。あと、必要な物も。お前に任せる。俺は奥で仮眠を取る」
「わかったわ。時間になったら起こす」
バタバタと装備を渡し、準備に取りかかる俺たちの慌ただしさはチュートリアに尋常じゃない事態であることを伝える。
「任せるぜ?キク。任された」
「任せな?任せるよ、ロクロータ」
俺はこれから行われるであろう激しい戦いに備え、大きく息を吐くと脱いだ鎧をキクに預け、シャツに袖を通す。
「……マスター……いったい、オーベン城要塞に何が……」
俺は静かに、だが、燃える瞳で告げた。
「これは運営の許してはならない悪意。世界の悪意だ。だが、戦うべきは便意だ」




