荒らしの前の。
オーベン城要塞までの道を駆け抜ける。
蹴りつけた地面が砂塵を巻き上げ、俺は星銀の剣を振るう。
「――ブレド森林は障害にならないわ」
ブレド森林のモブを蹴散らし、俺は一直線に遠く見えるオーベン城要塞をめがけて走る。
落ちる夕日がオーベン城要塞の尖塔にかかり、ゆらゆらと揺れている。
鬱蒼と茂る木々の間から不気味にそびえ立つオーベン城要塞は荘厳だが、どこか血なまぐさい静けさを不気味に広げ、佇む。
俺は一度だけその異様を見上げると、再び走り出し行く手を阻むモブに一閃を閃かせる。
森に差し込む光を受け、ケツ路――血路を開く俺の後ろをチュートリアがよたよたと走っていた。
「――途中、大河が流れていて南側のブレド大橋と北の渓谷から抜ける二つのルートがある。南側のブレド大橋のルートはNPC達が塞いでるし、ギルドクエストで一定の名声値を溜めていないと通行できない。メインクエを今から進めている暇はないわ」
渓谷の切り立った崖を俺は跳躍する。
崖から崖を跳躍し、足の裏に確かな堅さを感じる。
吹き抜ける風に焼ける頬が冷めていく。
後ろで足を滑らせたチュートリアが崖から落ちそうになり、俺は手を引いてやる。
夕日が沈み、静かに宵闇が空の色を藍色に染め上げていく。
「森林を抜けるとオーベン城要塞主戦場域に入る。そこじゃNPCとモブ達がやり合ってて、メインクエを進めていないとNPCに敵とみなされる。ここを突破すれば、いよいよオーベン城要塞。本来メインクエでは地下に向かうんだけど、あんたが向かうのは尖塔最上階。そこに――深夜、満月が昇りきると奴は現れるわ」
崖を降り、森の中に僅かに開いた平地で俺達は火を起こす。
宵闇が辺りを支配し明かりが無くなる中、オレンジ色の光が柔らかく俺とチュートリアを照らし上げる。
俺は主戦場に突入する前に、焚き火の前で食事を用意しながら装備品の点検をした。
隣でチュートリアが同じように装備品を点検する。
「……キクさん、完璧に修理してくださいましたね」
「スキル上げも関係してるからな。装備品はいい。それは個人が使うものだ。誰だって入念に手入れと準備はする。だが――ここまでしっかり入念に準備してくれるとは思わなかった」
俺はインベントリにスタックしたそれらの物にキクの執念を感じた。
「ポーションに霊薬、さらにスタミナポーションを十個ずつ。これはとても貴重な物です」
「ああ。HP回復にMP回復、そんでスタミナ回復。どのゲームでも重要な要素だ。だからこそ、エルドラドゲートじゃここに大きな制限をかけた。ポーションは回復系スキルと同じで徐々にHPを回復する。でなければ無闇に突進しても回復さえ途切れさせなければ思考停止でぶん殴ればいいだけの作業になる。『モンスターハンター』みたく回復アイテム使用時に使用モーションがあったりするものもあるが、どちらかといえば『TERA』みたいな仕様に近い。本来は『ファンタシーアースゼロ』のような仕様を真似たのだろうが」
それはアクション性のあるゲームの選択肢である。
回復職はその役割故に、強力である。クレリックを選んだチュートリアにはその強力性を理解してはいないが、どの世界でも回復職は引く手数多である。
「ですが、霊薬は即座にその傷を回復させてしまいます」
「入手条件は『シード』との交換のみ。緊急性の強い強力な回復手段だからこそ――入手条件も厳しくなる」
俺はそう呟いて他のアイテムにも目を通す。
「……あいつの凄いところはそこを攻略するのに必要な物を確実に用意していることだ」
「大型爆炎水晶に、閃光晶、、ハリケーンチルド、ホールドチェーン……これらのアイテムだってよく揃えられましたね」
「大型モブ用の討伐アイテムだからな。需要はあれども数を揃えるのは序盤じゃ緩くはねえ」
「大型モブ?」
尋ね返すチュートリアに教える。
「大型モブってのはこの間のガニパリヘルのような巨大なモンスターのことだ。一撃一撃の威力がでかく、本来は1パーティで1体を相手にして勝てるかどうかってレベルのモンスター。今回討伐するユニークモブも例に漏れず大型モブになる」
「強力、なんですか?」
「強力さ。強力な一撃は雑魚モブの攻撃と違って容赦なく殺しにかかる威力だし、そこにさらにストレンジアタック、デッドアクションと殺しに来るアクションも満載。ガニパと違って俺も戦い慣れてる訳じゃない。ユニークだから当然、通常の大型モブより強い。正直このレベルでソロ攻略とか尋常じゃねえってのが本音だよ」
そう言うとチュートリアがどこか不安そうな顔をする。
「……勝てるのでしょうか」
「勝つさ。勝てない敵なんか、存在しない。勝てないって思うのはいつだって、自分だ。自分が勝てないと決めるから、勝てないんだ」
俺はそう言って食事を始める。
料理スキルで作られたキクの飯はブースト効果の乗った飯だ。
感覚的な話で申し訳ないが、力がみなぎるのがわかる。
効果としては生命力のブーストとスタミナのブースト。
生存を重視したブーストが、ふと、俺にこれがデスゲームであることを思い出させてくれる。
チュートリアが飯を食い終わる頃には、夜空に星が瞬いていた。
満月が東の空から昇り、柔らかく地上を照らす。
――オーベン城要塞主戦場が、月明かりの中、浮かび上がる。
人とモンスターが激しい争いを繰り広げている。
激しい剣劇の音の間に、モンスターの叫び声、人の悲鳴が入り交じりまごう事なき戦場の様相を作っていた。
朽ちた剣が立ち、死したモンスターが伏せ、力尽きた騎士が天を仰いで膝をつく。
「――プロフテリア騎士団がオーベン城要塞を攻略しようとしています。オーベン城要塞の地下深くには『エルドラドゲート』があり、そこから魔界の一端へと通じています」
チュートリアが設定を語ってくれる。
「ここから溢れ出る魔物が地上を埋め尽くし、人間を――私たちの祖先が愛した世界を支配しようとしています」
モンスターの激しい攻撃に一人、また一人と騎士達が倒れていく。
「地上を取り戻そうと、今、必死にこうやって戦っている人達も、居るんです」
どこか神妙な面持ちのチュートリアが俺に言った。
「マスター、世界を救うためにどうか、力を貸して下さい」
俺は静かに燃える瞳で答えた。
「まずは、便所だ」
――夜の闇が押し迫る中、俺は白銀の剣を抜き、戦場へと駆けだした。
◇◆◇◆◇◆
聖王都プロフテリア騎士団副団長マーシー・セレスティアはオーベン城要塞攻略の指揮を最前線で執る。
魔王達の残したエルドラドゲートは地上に無限と言える魔物を放つ。
その勢力に押され、人が安心して眠れる場所は数える程の巨大な街を除き、世界に無くなってしまった。
プロフテリアの西、旧オーベン城要塞に出現したエルドラドゲートの封印の命を受けたマーシー・セレスティアは一個師団を率い、この作戦に従事していた。
幾日も攻め続け、それでも、城にたどり着くことが叶わない。
溢れ出る魔物の物量に任せた攻撃は戦略とも戦術とも呼べはしない。
それは、蹂躙である。
人の積み上げた知識、経験、物、そして業。
それらをただただ、無限に湧き出る数で押しつぶす。
「右翼崩壊ッ!右翼崩壊ッ!魔物の軍勢が押し寄せて参りますッ!」
最前線で剣を振るうマーシーに騎士の一人が絶望的な状況を告げる。
「中央から右翼に回して立て直せッ!中央は私が指揮を執る!右翼を突破されれば我々の退路も無くなるッ!絶対に通すなッ!敵の防衛戦が損耗を見せた時が、一瞬の勝機ッ!次の戦線が構築される前に突撃を仕掛けますッ!覚悟をッ!」
くじけそうになる士気を鼓舞し、冷静に戦況を判断できるマーシーは誇りと、名誉の存在する聖王都プロフテリア騎士団の副団長としての貫禄は十分であった。
世界が生まれ、神々の祝福を受け、人が発した聖なる都プロフテリア。
神々の威光を守り続けた騎士達の意思と誇りを継ぎ、マーシーは剣を持ち戦う。
聖王都プロフテリアが破れることがあってはならない。
自分たちは世界の各地で魔王に敢然と戦う人達の心の拠り所でもあるのだから。
「伝令ッ!伝令ッ!東方に異常有りッ!東方に異常ありっ!魔物の軍勢を蹴散らし、オーベン城に向かう者有りッ!星銀の鎧と剣を持った剣士と法騎士ッ!星銀の鎧を纏った、戦士にございますっ!」
「敵かっ!」
「わかりません!ですが、進路に立った我軍にも容赦なく攻撃を加えている模様ッ!」
――数日前から現れた星銀の鎧、武器を持つ戦士の噂は聞いていた。
聖王都プロフテリアの冒険者や傭兵達の間でも噂になっている。
無法者である彼等をして、異常と言わせる彼等の諸行。
近日もガニパリヘルという魔界の強大な魔物が現れ、それが、出現と共に駆逐された。
星銀の戦士の仕業だという噂もある。
「副団長ッ!月がっ!月が昇って参りますッ!」
――それは、一つの合図でもあった。
聖王都プロフテリアの騎士達は世界屈指の騎士達である。
それが、幾日もかけて城一つ、攻め落とせないのには理由がある。
――月が昇りきった時、その魔物は姿を現す。
巨大な翼を持ち、意思無き魔物達を指揮し、騎士達を蹂躙する悪魔の翼。
――翼の指揮官。
そう呼ばれる魔物に幾度となく敗退してきた。
マーシーは迷う。
星銀の戦士、そして、翼の指揮官。
聖王都プロフテリアの誇る騎士団、その歴戦の勇者は告げた。
「突撃は、今!ラッパを鳴らしなさい!繰り返す、突撃は今!」




