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雨の日の拾い物

これは、毛玉を拾ったとある女性と、その毛玉の成長録。

それは、冬の終わりの、珍しく降った強い雨の日だった。

仕事から帰る道すがら。どの人も速足でそれぞれの家路に急いでいた。


私、神崎 礼もまた、自分の家に早く帰りたいと、いつもの3割増しで速足になりながら歩いていた。



――みゅー。



家までの路地に差し掛かった時、どこかでか細い鳴き声が聞こえた気がした。

耳を澄ませると、確かに何かの鳴き声がする。雨の音でかき消されそうな弱い声だ。



「?」



捨て猫でもいるのかと思ってその出どころを探す。

そしてたどり着いた先には、ごみ捨て場。

そのガラクタの中に、黒い毛玉が捨てられていた。



――みゅー…



たしかにこの毛玉だ。

毛玉と言っても、本当に毛玉だ。猫でもなければ犬でもない。

黒い、毛玉。手のひらいっぱいに抱えられそうな程度の大きさの、毛玉。


なんだろう、と思ってそっと触れてみる。

すると、もぞもぞと身じろぎをした。



「…生きてる?」



見た目が本当に毛玉すぎて、生き物には見えなかったが、動くのなら、まぁ生き物だろう。

雨に打たれたせいだろう、ひどく湿っていて、冷たい。


なんの生物かは全くの謎だが、生きている以上は、放ってもおけない。

私は、ゴミ捨て場に一緒に捨てられていた洗面器にその毛玉を入れて、持って帰ることにした。

まぁ、変な拾い物だが、なるようにはなるだろう。


家につく。

まずはこの毛玉を温めてやらねばなるまい。

あと、ついでに洗おう。


洗面器に程よい湯を張って、拾ってきた洗面器から毛玉を移す。

身をよじって、嫌なのか良いのか分からないが自己主張をしているらしい。

シャワーで強すぎないくらいの湯量をかけてやり、温めていると、すこし体の力が抜けるようにへにゃりとしてくる。



「どういう反応?」



心配するべきか、微笑ましいと笑うべきなのかも分からない。

ひとまず私が使っているものだが、シャンプーとリンスをして、あとは湯につからせたままにしてみた。



「…どう?」

「…」



何もしゃべらん。

いや、主張があるときに鳴くのかもしれない。

さっきは雨の中、危機的状況だったから鳴いて存在を主張していたのかもしれないし。


へにゃへにゃに柔らかくなっているので、大丈夫か?と思い少し撫でてみる。

すると、私の手にぴとり、とくっついてくる。すこしだけ膨れて、しぼんでを繰り返しているが、感情が読めないのでなんて言っているのかは分からない。



「まぁ、いいか。よし。そろそろ出ようか」



洗面器から出して、タオルでわしゃわしゃする。

暴れもしない。鳴き声も上げない。ただなすがままである。

お利巧なのか、元気がないのかも分からない。…やりずらいことこの上ない。


ドライヤーで乾かしている間は、まるで饅頭のようにふくふくしていた。

なんとなく気分がいいのかもしれないのかも、とは思った。

あったかいもんね。


すっかり乾いてブラッシングまでした毛玉は、ふわふわになった。

それでも目らしきものは見えないし、耳らしきものも、まして口みたいなものも見えない。

結局、この毛玉はなんの生き物なのだろう?いや、生き物か?…生き物か。

撫でてみると、ようやくその身体に温かみが戻ったので、少し安心する。


柔らかなタオルの上に鎮座する毛玉はふくふくほかほかしていて、まるで餅のようだ。



「…はたしてなにか食べるのか?この毛玉は」



しかも何を食べるのかも分からない。

仕方がないので、無難な所で、鳥のもも肉を湯でてみることにした。

肉食かどうかはしらない。でも、まぁ犬猫なら問題ない内容だろう。


十分に熱を冷ましている間、毛玉を撫でてみる。

うん。最初はごわごわしていたけど、今はふわふわだ。

指通りも悪くない。なかなか撫でるには優秀だ。



「…くるるる」



鈍い鈴を転がしたような音が響いた。

出どころは…この毛玉。



「なーにー?気持ちがいいの?可愛いねー」



これはさすがにちょっと分かった。たぶん甘えてくれている声…?まぁ、声だろう。

そういう事が返ってくると、こちらにも愛着がわいてくる。


膨れたりしぼんだりして、くるくる声を発する毛玉。

その膨れ方は柔らかくて、緊張するだとか、威嚇ではないのだろう。

ほっと息をついて、冷ましていた鶏肉を取りにキッチンへ戻ろうとする。


すると、毛玉は私の手にぴたりとくっついて止まる。



「行くな、と? 大丈夫、すぐ戻るって」



粘着力がある訳でもないので、あっさり離れる毛玉。

なんだか可愛い拾い物をしたなと思いながら、鶏肉を乗せた皿を持ち、すぐに毛玉の元へ戻った。



「ほーれ、モコ。食べられるかな?」



モコ。今しがた何となく考え付いた呼び名だ。

毛玉なので、もこもこのモコ。安直だが、かなりはまり役だ。


箸で鶏肉をモコの前で揺らしてみる。

すると、モコは身体の前面…なのだろう。そちらを鶏肉の方に向けた。



――ズアアアッッ



モコの口に当たる部分…なのだろう。そこが十文字に開いた。

中には黒々とした、なんだか星々が散っているようなキラキラした光の点滅がある。

なんていうか、ダークマター的な何か。そこに部屋の空気がずごごごごと吸われていく。

光さえ吸われていくような気さえした。



「うわぉ…」



ちょっと、いや、これでもだいぶ驚いてはいる。

なんだ、これ。


一瞬の間で理解したが、たぶんこのこ、生き物ではない。


しかし、私はまた冷静でもあった。

箸でつまんだ鶏肉を、ぽいっとモコの口に放り込んだ。



――ぷしゅう



すると、口は閉じ、モコは満足なのかどうなのか、またその身体をもちのようにふくふくさせた。

まぁ、なんとなく嬉しそうとも受け取れる。



「はは…すごいな」



あきれた笑みが漏れる。

なんだか、私は、すごいものを拾ってしまったのかもしれない。


じゃあ、どうする?

どうもこうもない。


拾った以上は世話をしよう。

もはや毛玉というよりクリーチャー的な何かだが、撫でられて喜ぶ毛玉は可愛かった。

何に育つのかも、これからどうなるかも分からないが、少なくともあのゴミ捨て場にもう一度戻すようなつもりは毛頭なかった。



「…うまいか、モコ」

「…くるるるる!」

「そっか」



はい。やっぱり可愛い。

これは手放せなくなりそうだ。



毛玉を拾った主人公。あからさまになんだか、おかしなものとしか言えない。

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