第75話 選び続ける先に――終わらない物語
風が、やわらかい。
―――
あの激しい戦いが、まるで嘘だったかのように。
世界は、静かに流れていた。
―――
「……戻ってきたな」
城壁の上。
俺――アルクは、エルドラの街を見下ろす。
―――
人が動く。
声が響く。
笑いがある。
―――
変わらない光景。
―――
「うん」
隣で、リナが頷く。
―――
その横顔は、どこか穏やかだった。
―――
「……でも」
一拍。
―――
「ちょっと違う」
―――
「だな」
―――
この世界は、もう“固定”されていない。
―――
“選び続ける世界”。
―――
それが、今の形だ。
―――
「……なんかさ」
リナが言う。
―――
「前より、軽い」
―――
「軽い?」
―――
「うん」
空を見上げる。
―――
「縛られてない感じ」
―――
その言葉に、少しだけ笑う。
―――
「それが普通なんだろうな」
―――
今までは。
―――
“見えない何か”に決められていた。
―――
だが今は。
―――
「全部、自分で選べる」
―――
それだけだ。
―――
「……アルク」
―――
「ん」
―――
「これから、どうする?」
―――
その問い。
―――
ずっと繰り返してきたもの。
―――
だが。
―――
今は少し違う。
―――
「……さあな」
少しだけ考える。
―――
そして。
―――
「とりあえず」
―――
「飯でも食うか」
―――
その一言に。
リナが一瞬きょとんとして――
―――
「ふふ」
―――
笑う。
―――
「いいね、それ」
―――
そのまま。
並んで歩き出す。
―――
城壁を降り。
街の中へ。
―――
パンの匂い。
焼けた肉の香り。
人の声。
―――
全部が、現実だ。
―――
「……これだな」
―――
リナが小さく言う。
―――
「うん」
―――
「こういうのがいい」
―――
その言葉。
―――
よく分かる。
―――
大きな戦いも。
世界の構造も。
―――
全部あった。
―――
だが。
―――
「結局ここに戻るんだよな」
―――
何気ない日常。
―――
それが、一番価値がある。
―――
「……アルク」
―――
「ん」
―――
少しだけ近づく。
―――
「これからもさ」
―――
「一緒にいようね」
―――
その言葉。
―――
当たり前のようで。
―――
一番大事なやつだ。
―――
「ああ」
―――
「当たり前だ」
―――
そのまま。
軽く手を取る。
―――
自然に。
―――
もう、迷いはない。
―――
市場を抜けて。
少し人の少ない通りへ。
―――
風が吹く。
―――
そのまま。
立ち止まる。
―――
「……ね」
―――
リナが顔を上げる。
―――
距離が近い。
―――
「ん」
―――
そのまま。
―――
触れる。
―――
静かに。
―――
深く。
―――
長く。
―――
それは。
―――
戦いの中のものじゃない。
―――
これからの。
―――
“日常”。
―――
「……これでいい」
リナが小さく言う。
―――
「ああ」
―――
それでいい。
―――
そのまま。
空を見上げる。
―――
どこまでも広がる。
―――
終わりのない空。
―――
「……まだあるね」
リナが言う。
―――
「何が」
―――
「世界」
―――
その言葉。
―――
静かだが。
―――
確信がある。
―――
「行くか?」
―――
「うん」
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だが。
―――
「急がない」
―――
「だな」
―――
そのまま。
歩き出す。
―――
エルドラの中を。
―――
人の中を。
―――
日常の中を。
―――
これからも。
―――
ずっと。
―――
選び続けながら。
―――
進んでいく。
⸻
――完――




