第26話 選ぶということと、変わっていく距離
昨夜の言葉が、まだ残っていた。
「好き」
リナの声。
あの距離。
あの視線。
逃げようのない、まっすぐな言葉。
「……」
俺――アルクは、朝の広場で一人立っていた。
いつもと同じ光景。
市場は動き、
河川輸送は安定し、
街は回っている。
だが、自分の中だけが少し違う。
「珍しく悩んでるな」
後ろから声。
セリナだ。
「顔に出てるぞ」
「出てない」
「出てる」
即答された。
「で?」
腕を組みながらニヤニヤしている。
「どうする?」
分かってるくせに聞くな。
「……答えるよ」
一拍。
「逃げる気はない」
セリナが少しだけ目を細める。
「いいな」
その時。
「アルク!」
リナだ。
いつもより少しだけ勢いがある。
でも――
近づいてきた瞬間、少しだけ止まる。
目が合う。
空気が変わる。
昨日とは違う意味で。
「……おはよ」
「おはよう」
短いやり取り。
でもそれだけで、距離が分かる。
意識している。
お互いに。
そのまま少し沈黙。
俺は一歩だけ近づいた。
リナが少しだけ目を見開く。
「昨日の話」
「……うん」
小さく頷く。
逃げない。
いい顔だ。
「俺も」
一拍。
「好きだ」
沈黙。
数秒。
完全に止まる。
リナの顔がゆっくり赤くなる。
「……え」
「ほんと?」
「嘘つく理由ないだろ」
その瞬間。
リナが一気に距離を詰めてきた。
「アルク!」
そのまま、抱きつく。
柔らかい感触。
体温。
予想より近い。
「ちょ、待て」
「待たない!」
顔を上げる。
距離が近い。
かなり近い。
「ずっと好きだった」
まっすぐな言葉。
逃げ場なし。
「知ってる」
「知らないでしょ!」
「分かる」
少しだけ笑う。
その瞬間。
セリナが後ろでため息。
「朝からやるなぁ」
「うるさい!」
リナが離れる。
でも完全には離れない。
手は掴んだまま。
―――
その空気を壊すように。
「お取り込み中、失礼」
聞き覚えのある声。
振り向く。
ミレイア。
さらに――
その後ろに、もう一人。
豪華な服。
装飾過多。
明らかに“貴族”。
「紹介するわ」
ミレイアが軽く言う。
「王都の大貴族」
「クロード・ヴァレンティス様」
男が一歩前に出る。
ゆっくりと笑う。
「初めまして、アルク君」
その声は柔らかい。
だが。
目が笑っていない。
「話は聞いているよ」
「面白い都市を作ったそうじゃないか」
セリナが小さく呟く。
「……嫌なタイプだな」
完全に同意。
「用件は?」
俺が聞く。
クロードは軽く手を広げる。
「簡単な話だ」
一拍。
「エルドラを買いたい」
沈黙。
リナの手が強くなる。
ロイドが一瞬で顔をしかめる。
エリシアも表情を変える。
「……は?」
「言葉通りだよ」
クロードは笑う。
「資金も、権力も、すべて用意する」
「君はそのまま運営すればいい」
一拍。
「上に立つのは私だがね」
つまり――
乗っ取り。
「断る」
即答。
間も置かない。
クロードの眉がわずかに動く。
「即答か」
「当然だ」
「理由を聞いても?」
「気に入らない」
沈黙。
そして。
クロードがゆっくりと笑った。
「いいね」
「そういうのは嫌いじゃない」
だが目は変わらない。
「では、別の方法を取ろう」
空気が一瞬で冷える。
「力か?」
セリナが前に出る。
「それも一つ」
クロードは平然と言う。
「だが私は“上品に”やる主義でね」
一拍。
「君たちが“売りたくなる状況”を作る」
なるほど。
「面倒なのが来たな」
俺は小さく呟く。
ミレイアが横で笑う。
「楽しそうでしょ?」
「お前が連れてきたのか」
「半分ね」
完全に楽しんでいる。
―――
その日の夜。
温泉。
空気はいつも通り……とはいかなかった。
リナが隣にいる。
近い。
かなり近い。
というか、寄ってる。
「……アルク」
「ん?」
「さっきの人」
少し間。
「嫌い」
ストレートだな。
「分かる」
「でしょ」
そのまま、さらに寄ってくる。
完全にくっつく。
柔らかい。
温かい。
「……でも」
小さな声。
「取られないよね?」
その問い。
意味は分かっている。
「取られない」
即答。
リナが少しだけ安心した顔になる。
その時。
ツルッ。
「きゃ!」
もういい加減にしろこれ。
抱き寄せる。
距離ゼロ。
完全密着。
今日はいつもより近い。
「……アルク」
「はい」
「これ」
一拍。
「もう慣れてきた」
「慣れるな」
でも。
少しだけ笑う。
リナも笑う。
そのまま、少しだけ長く触れていた。
その瞬間。
バシャッ!!
「混ざれ」
セリナだ。
「お前タイミング!!」
「いいとこだったのに!」
セリナが笑う。
「分かりやすすぎるぞお前ら」
―――
エルドラは次の段階へ進む。
戦いは。
今度は“権力”との戦いになる。




