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プロローグ9 救援

 食屍鬼に食い殺されるのだけは嫌だ。

 それならまだ斬り殺されたり血を吸われる方が遥かにマシである。


 必死で脅しである可能性にすがる。


 食屍鬼に食い殺されれば、吸血鬼が操れない食屍鬼になる。

 それを処分するのは非効率だ。

 だが、どうせ食屍鬼に掃除までさせるなら手間でもない。


 待て。こいつの言う『アタリ』とか『ハズレ』って何のことだ?

 まさか、


 まで考えた時、カイの腹部に熱いものが差し込まれた。女の持つ細剣である。


「が! あああぁああぁあっ!」

 

 反射的に闘気で止血し、聖気で回復を試みる。

 が、女は容赦なく細剣をグリグリと捻る。その度にカイの内臓は切り裂かれる。

 考えるまでもなく致命傷だ。

 カイの聖気のレベルではもう助かる可能性はない。


 そして、もう、『全力』でぶつけるほどの聖気は残ってはいなかった。


 その時、フィンブレン達が僅かに身じろぎする。

 そして、ゆっくりとその顔を持ち上げた。


 嘗て仲間と呼んだ彼らは、四人とも食屍鬼に成り果てていた。


 食屍鬼――そう、『ハズレ』とは食屍鬼のことではないのか。なら、自分なら!


 そのとき、背後の気配がふと戸惑う。気づいてくれたか!?

 カイはもう最後の希望にかけた。生き残ることには期待しない。ただ楽に殺して欲しかった。

 そうだ、気づけ。何をぐずぐずしている?

 フィンブレン達はゆるゆると起き上がりはじめている。腐臭の混じった息がもう届いている気さえする。

 急いでくれ。そんな死に方だけはしたくない。


 必死に祈る俺に、鈴の鳴るような声がかけられた。


「……まさかとは思ったけど、あなた、もしかして……」


 そうだ! 俺こそお前が探し求めていた存在だ!

 一拍おいて近づいた気配が再びわずかに離れた次の瞬間、


――嘲りを含んだ哄笑が地下道に響き渡った。


「あは! あははははは! すごい! 信じられない! あなた『アタリ』だわ! くくっ まさか、その歳で、童貞(・・)なんて!!!」


 予想通りだ。こいつの言う『アタリ』とは童貞・処女のこと。

 つまり、吸血されれば食屍鬼ではなく吸血鬼になる(・・・・・・)人間のこと!


 これでおそらくコイツは俺の血を吸うはず! 最悪の死に方だけは避けられる……っ!


「あはっ、やだ、苦しい、おなか痛いwww


 ……ちょっと、吸血鬼さん。吸血鬼さん? ほんの少しちょっと、笑いすぎじゃないですかね?

 お前たぶん今、全国の40代童貞の8割は敵にまわしたぞ?


「うふっ、うふふふふふふはふ。もうやだ死んじゃうwwwww


 死にそうなのはカイの方である。

 ゾフィにゼロにされたライフポイントは最早マイナスなどというレベルではなかった。

 というか、物理的にももう瀕死である。


 気付けばフィンブレン達は歩みを止めていたが、それでも腹の傷は致命傷だ。闘気や聖気で痛みを抑えることはできるが、カイの命はゆるゆると終わりを迎えようとしていた。

 しばらくして漸く女の牙が喉に食い込んだ時、カイが感じたのは確かに安堵だった。

 腹立たしい気が残っていないわけではなかったが、もう抵抗する気など微塵もなかったと言っていい。


 次の瞬間、凄まじい熱が胸に集中した。カイは思わず咆哮した。

「う、うおおおおおぉおおあああっ!!!!!」


 そこ(・・)を中心に自分の体が作り変えられていくのがわかる。


 焼き切れそうな脳が理解した。『魔石』だ。魔物の証たる魔石が体内に作られたのだ。

 自分はもう人ではなく、魔物になったのだと。


 そして高揚した意識を不快な何かが塗り込めようとしてくる。

 これは――魅了の魔力だ。上位吸血鬼が下位吸血鬼を支配しようとする魔力だ。

 カイは本能的にその力に抗う。

 だが、なけなしの抵抗は捩じ伏せられ、カイの意識は塗り込められていった。


 それでも、一つの手段がある。

 カイは生き残ることは諦めたのだ。楽に死ねればそれで良い。殺して欲しいとは願った――そう、操られてまで生き残りたいなど頼んでいない。


 それ(・・)を発動したのは、カイの意地のようなものであったろう。

 傷口の修復を中止した聖気が、カイの全身を焼き焦がした。


 女はゴミを見る目で足下の焼け焦げた男を見下ろした。


 彼女には吸血鬼の下僕が必要な理由があった。それも、多ければ多いほど良い。だが、この地下道に潜んで以降、童貞・処女はこの男でまだ二人目なのだ。

 『アタリ』かと期待させて、とんだ大ハズレだ。まさか自殺するとは想定外である。


 一応、自殺前(・・・)に聖気の大半を使い切っていたため辛うじて生きてはいるが、全身の筋肉も神経もズタズタで、もう使い物にもなりはしない。



 女は舌打ちを一つすると、(しもべ)の食屍鬼どもに「片付けろ」とだけ言い置いて踵を返した。


 カイは近づいてくるフィンブレン達を見ていた。目ではない。理力の『千里眼』だ。

 心は落ち着いていた。いや、放心していたと言うべきか。体が酷すぎる状態で、頭が回っていないのだろう。

 ともかく、聖気で自らの体を焼いた影響で、カイは吸血鬼の支配から脱する事にだけは成功していた。


 だが自殺には失敗したのだ。

 せめて視線を外そうと、ふと『千里眼』の視界を遠くに投げた時、カイは『嵐』としか言い様の無いものが地下道に突入するのを見た。

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