お願いと命令は似たようなもの
音楽のレッスンをやる気なく終わらせ、いつも以上にテンションを下げながら自室に帰ると、鉄仮面侍従が湯浴みと着替えの用意をして待っていた。私がタラタラ歩いてるから置いていかれたと思ってたよ。さすが、勤務態度以外は完璧ですね。
「ちゃっちゃとしてください、殿下。陛下との晩餐に遅れてしまいます」
「別にいーじゃん、少しくらい遅れても。向こうが急に入れた予定なんだしさ。茶くらいしばかせてよ」
「しばき倒しますよ」
「すみません…」
光の速さで汗を流し、身仕度を整え、予定10分前には晩餐用のグレートホールに着座した。もちろん、陛下はまだ来ていない。急な晩餐会の準備にてんてこ舞いな給仕達の迷惑そうな視線を感じつつ、居心地の悪い30分間を過ごした。
…って、陛下の方が遅れてるじゃん!
やっと陛下が現れたため、立席して出迎えると、陛下の隣には見た事の無いお客人がいた。
「おお、時間通りだな、フラン。感心感心」
「…ありがとう存じます」
今ちょっともにょったわ。
「今日お前を呼んだのは他でもない。是非お前に紹介したい方がおられてな。…ハインズ選帝侯。あれが愚息のフランセスです」
チラリと視線を合わせてから、仕込まれた通りの御辞儀を披露する。ハインズ選帝侯とやらは、ズルズルとした黒い法衣を纏った、気の良さそうな恰幅のいいおじさまだった。一瞬、値踏みするような視線を感じたけれども。
「そして、フランセス。こちらはハインズ選帝侯。神聖ルーナ帝国の選帝侯のお一人で、現任の大司教でもいらっしゃる」
神聖ルーナ帝国とは、我が国マーレイン王国と山脈を挟んで位置するお隣さんだ。マーレイン王国は四方を山脈と海に囲まれた大きな盆地に存在する小国なので、昔から他国とは交易くらいでしか関わりあいがない。
対して神聖ルーナ帝国とは、マーレイン王国も存在するこの大陸で覇を唱える大帝国だ。国を越えて広く信奉されている一神教の総本山でもあるため、大小様々な国家はほぼ全て、神聖ルーナ帝国の従属または同盟国となっている。もちろんマーレイン王国もそうなのだが、我が国は吹けば飛ぶような小国でおまけに多神教。相手から見れば、ああこんな国いたっけ、程度の弱小同盟国である。
しかも相手は選帝侯。選帝侯とは神聖ルーナ帝国に7人いる、次代の皇帝を決める権限を持つ特別な諸侯のことだ。皇帝の諮問機関でもあるため、あの大帝国を実際に運営している大権力者だ。陛下は王として偉そうに紹介してるが、こんな弱小国の王族など、向こうからして見れば屁でもなかろう。そんなお偉いさんがどうしてここに。しかも、非公式で。
「はっ! ご紹介に預かりました、フランセス・ロワ・マーレインであります! 未熟な身ながら、王太子の座を拝命しております! 閣下におかれましては、誠にご機嫌麗しく、本日お日柄もよく…」
「…フランセス殿下、どうぞ楽になさってください。ここは非公式の場なのですから」
「はっ! 閣下のお心遣いに感謝致します! ではお言葉に甘えて…」
雲の上の人ということで、武術師範の元近衛隊長に叩き込まれたように対応してみたが、どうやら違ったらしい。着座し姿勢を楽にしてから、グラスの水を一気に呷る。視察からここまで一度も水分補給出来なかったのだ。脱水になるかと思ったわ。2杯目の水をサーブしてもらいながら、ハインズ選帝侯と陛下の様子を伺う。陛下は困ったように額を押さえ、選帝侯は苦笑しつつも、時々こちらを注視しているようだった。油断のならなさそうなおじさんだ。
「あー、ハインズ選帝侯。お恥ずかしいところをお見せしました。躾のなっていない息子で申し訳ない…」
「いえ、礼を失し、急に押し掛けたのはこちらなのですから。 殿下も緊張なさっておいでなのでしょう」
「…閣下の寛大なお心に感謝を。しかしながら、先程のお話は本気なのでしょうか。息子はご覧の通り、剣以外は不出来でして。そのような大役、本当に務まるものか…」
「その剣の腕が重要なのですよ、陛下。殿下のように身分と武勇を合わせ持つ年少者はなかなかおりません。務まるかどうかは、殿下が証明してくれましょうぞ」
「うーむ…」
大人たちが私について、何やら不穏な会話を繰り広げている内に、私はしっかり料理を堪能していた。今日も色々あってお腹は空いているし、きっと水を向けられたらご飯どころじゃなくなるだろうしね。
「…時に、殿下。殿下は騎士の国ローランドの、ジョスト・トーナメントについてはご存知でしょうか」
晩餐が進み、後はデザートだけ、という段になってハインズ選帝侯が私を見つめる。最初の思わせぶりな会話以降は、陛下相手に当たり障りの無い世間話を続けていたが、ついに本題に入るようだ。
「少しだけでしたら。ローランドで不定期に開催される、武勇を競い合う大会のことですよね。近年はローランド大公が主催となり、年々規模が大きく華やかになっているとか」
平原と騎士の国ローランド公国。神聖ルーナ帝国の同盟国の1つで、名馬の産地としても有名だ。国民のほとんどが馬を操ることができ、ローランドの騎士は大陸最強の騎兵として名高いという。そのため、戦争のない平時でもその武勇を磨き披露する舞台として、ジョスト・トーナメントが開催されるようになったと習った。
もともとはローランドの騎士だけが参加して、勝者に陞爵や叙爵の栄誉が与えられるものだったそうだが、トーナメントがお祭り扱いされて試合の勝敗が賭けの対象になると話が変わってきた。トーナメントが金になると分かってからは、試合の種類も規模も参加者の間口も大きくなり、国を挙げての一大イベントになっているそうだ。
「今年はジョスト・トーナメント開始から100周年を記念して、取り分け規模が大きいと聞いています。僕も来賓として招かれたので、今から楽しみにしています」
そうなのだ。いくら規模が大きくて、外国人の参加も許されるようになったといっても、所詮一国でのイベント。たとえどんなに見たくても、他国の王族である私が、招かれてもないのに見に行くことはできなかった。ところが今回は100周年記念ということで、ローランドとつながりのある国のトップは皆招かれたのだ。開催は来月ということで、これを糧に辛い日々を乗り越えていると言っても過言じゃない。陛下と侍従の目を盗んで、賭けにも参加する予定だ。
「そうでしょうなぁ。我が国の皇子たちも皆楽しみにされてますからね」
好々爺然とした顔で、ハインズ選帝侯が同意する。
「今日、私が訪ねて来たのはですね。そのジョスト・トーナメントに、殿下に参加してもらいたくてお願いに来たのですよ」




