視察で得たもの失ったもの
眠たくなるような小難しい講義を乗り越え、昼食をがっつり食べた後は、第一騎士団の視察だ。
この国は封建君主制なので、王含め貴族達はそれぞれ地位と功績に応じた領土を持ち、領土に合わせた規模の領軍を組織し、自分達の領地を治めている。それは王も同じで、王直属の軍は一番規模が大きく、平時は第三騎士団まで組織されている。普通の領主は、騎士団など、育成にも維持にも金がかかるため持つことはほとんどない。せいぜい大領主が何部隊か組織する程度だ。
第一騎士団は城と貴人の護衛、第二騎士団は王都の治安維持、第三騎士団は王直轄領の見回りと街道の警備が主な任務だ。そのため、第一騎士団が一番の花形で、貴族出身者が多い。人脈作りのためか、私の天下り先候補だからか、やたら第一騎士団との公務は多かった。
「フランセス・ロワ・マーレイン王太子殿下であらせられるぞ。皆、殿下に敬礼!」
視察でいつものように騎士団の演習場へと訪れると、いつものように第一騎士団勢ぞろいで敬礼で出迎えてくれた。それを、せいぜい偉そうに見えるように、顰めっ面で肯いて応える。イメージ映像は、式典バージョンの陛下である。
あとはいつものように、騎士団の訓練や行進の様子をしかつめらしげに見守るだけなのだが、今日はいつもと様子が違った。男臭い演習場に、貴族令嬢の一団が詰めかけていたのだ。あれ?王太子の視察って前から周知してたよね、衛兵どこ行った。
「きゃあ、副団長様がこっち見たわ!あの冷たい美貌と眼差しが堪らないわぁ!」
「何言ってるの、騎士団長様の方が素敵でしょ!野性味溢れる魅力がわからないの?」
「貴女方分かって無いわね。そんな筋肉達磨なんかより、一番はもちろん王太子殿下よ!!」
その他にも、こっち見たわだの、早く戦わないかしらなど、大変喧しい。完全に見世物扱いである。彼女たちを演習場に入れたのは誰ですか。責任持って叩き出してください。
しばらく様子を見ても、ご令嬢達も騎士団連中も動く様子が無いため、傍らの冷たい美貌(笑)の副団長様に何とかしてもらう事にした。
「第一騎士団はさすが人気がありますね。視察中にまで声援がつくとは思いませんでした」
(意訳:視察中だぞ、不謹慎だろ、コラ。どうにかしろ、メガネ)
「いえいえ、普段はこんな事滅多にありませんよ。おそらく、殿下見たさにいらしたのでしょう。殿下の評判は飛ぶ鳥を落とす勢いですから」
(意訳:ちげーよ、王子、テメーのせいだよ。テメーで何とかしてくれ)
私と副団長で静かにメンチを切り合っていると、堪りかねたのか、野性味溢れる(笑)騎士団長が助けを求めに来た。
「あー、殿下。おそらくご令嬢方は、殿下のご活躍を期待して集まったんでしょうなぁ。どうでしょう、ここで一つか二つ模擬試合をして頂けませんかねぇ。きっと満足して帰ってくれることでしょう」
おいおい、何て面倒くさいこと言ってくれやがる。
「何て面倒くさ、ゴホン…不敬なことを。死人が出たり、ショックでご令嬢が倒れたりしたらどうするんですか」
「いやいや、いくらゴリ、ゴホン…王太子殿下だろうと、そこまではしないだろう。1人か2人生け贄を出せば、丸く収まるさ」
全部聞こえてますよ。
かくして、全く隠す気の無い相談と厳正なるくじ引きの結果、模擬試合の相手として2人の騎士が選ばれた。試合前から2人とも、この世の終わりの様な顔色をしている。え、この人達と戦うの?私何にもしてないのに、すでに悪いことしちゃった気分なんですけど。
しかし、それもそのはず。第一騎士団の連中のほとんどは、見習いや従騎士の時に、私とよく手合わせをしていた連中なのである。最低でも1、2回は私に叩きのめされている。私との試合なんて、トラウマをほじくり返すようなものだ。
どうせ試合をするなら、副団長と騎士団長を叩きのめしたかったなぁ、と思いつつ、一方的な試合が始まった。そりゃそうだ。トラウマと絶望で2人の騎士は実力の半分も出せていないだろうし。試合を長引かせるのも可哀想で、私にしては珍しく、手加減して終わらせることにした。ちょいちょいと攻撃を避けて、模擬刀で籠手に打ち込むだけで勝負は決まった。
鮮やかな完全勝利を収め、得意満面振り返ってみると、外野からはため息しか聞こえない。感嘆ではなく、不満の意味でのため息だ。おい、なんでだ。
「なんだつまらん。すぐ終わってしまったではないか」
おい、騎士団長。言い出しっぺが何を言う。
「ええ、本当に。ゴリラの異名をとる腕前、近くで見れると思ったのに、ガッカリです」
上等だよ、副団長。なんなら、アンタで披露してやろうか。
その後、うっかり団長たちに切り掛かりそうになったが、鉄仮面侍従に宥められ、騎士団連中に縋られ、散々な視察はこれで終わった。いつの間にやらご令嬢の一団も帰っていて、脱力感しか得るもののない視察だった。
あー、この後陛下との晩餐会もあるのか。鬱だ。