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教師  作者: あいる華音
33/33

33、私の永遠の教師

 数時間後、静香はまた来ると言い残して帰っていった。懐かしい人との久々の再会に、一同は懐かしい気持ちに浸っていた。

「お疲れさま。いろいろありがとうな」

 静香が去った後、片付けをしながら佐伯が言った。

「ううん。私も静香さんには会いたかったの。直接お礼が言えてなかったから……ちゃんと話、出来た?」

 歩は洗い物をしながら、そう答える。

「うん。まあ他愛もない話だけどな」

「なんだ。せっかくの再会なのに」

 歩の言葉に、佐伯は無言で微笑む。洗い物を終えてソファに座った歩は、含み笑顔の佐伯の顔を覗きこんだ。

「なに?」

「いや……前のおまえなら、“静香さんと二人きりなんて怪しい”とか、“女の人と二人きりなんて駄目”とか言ってると思って」

 からかうように笑う佐伯に、歩は口を尖らせる。

「嫌だ。前のおまえって、いつのことよ。そりゃああの頃は、私だって子供だったって思ってるよ。それに、本当は今でも、女の人と二人きりなんて嫌だけど……」

 そう言う歩を、佐伯がそっと抱きしめた。

「豊?」

「ありがとうな……」

「……ううん」

 二人は静かにキスをする。しかし途端に、歩が我に返って立ち上がった。

「さあ、早く片付けちゃおう。たまに人が来ると、いろいろ出して散らかしちゃうんだよね。私がいない間に、豊は寝室まで散らかしちゃったみたいだし」

「ハイハイ……悪かったよ」

 ムードを壊され、佐伯は苦笑してゴミ袋を広げる。

「豊。こっちはやるから、郵便受け見てきて。今日は一度も覗いてないんだった」

「今日は休日だから、郵便は来ないだろう」

「チラシとかで一杯になっちゃうのよ」

「わかったよ」

 歩に促され、佐伯は部屋を出ていき、マンション玄関口のポストへと足を運んだ。休日というのに、大量のチラシが詰めこまれている。

 佐伯が部屋に戻ると、歩は片付いたテーブルを拭いていた。

「ただいま。結構入ってたよ」

「そうでしょ。最近、多いんだ。不動産とか地域紙とか……あ、待って」

 佐伯が捨てようとしたチラシを、歩が受け取った。チラシの束の中には、一通の封筒が入っている。

「封筒が入ってたのか」

「手紙の宅配便みたい」

 差出人の名はないが、宛先は二人にである。そんな封筒を、佐伯が開けた。

「……尾形からだ」

「え、嘘!」

 歩が嬉しそうに、手紙を覗きこむ。結婚してからは、尾形とはほとんど連絡も取っていない。


“佐伯、歩へ。

 元気ですか? 手紙は苦手なので、全然連絡せんとすんません。俺はまだ山伏さんのところで働いています。最近、隣町にチェーン店を開いたので、俺はそこで店長を任されました。北海道に来たら、必ず寄ってください。

 最後に、引越で片付けをしていたら、いろいろ写真が出てきたので送っときます。では、また会う日まで、元気で。尾形”


 手紙にはそう書かれていた。封筒には、一センチくらいの厚みの写真が入っている。そこには尾形が撮った、歩と息子の優の写真があった。

「優……」

 思わぬ写真に、歩の目から涙が溢れ出る。そんな歩の肩を抱き、佐伯は写真を見つめた。

「……優の分まで、幸せになろうな」

「うん……悲しいから泣いてるんじゃないよ。ただ、懐かしくて……」

「わかってるよ。いいさ、たまには……」

 歩の髪を撫でながら、佐伯が言う。写真には、生まれたばかりの優の写真もあった。

「これ、本当に生まれたばかりの写真だよ。尾形さんが、いつもカメラを持ち歩いていてくれて、撮ってくれたの……」

 歩はそう言いながら、一枚一枚、写真を説明する。

「そうか……」

 佐伯もいろいろなことを考えていた。優のことを考えると、自分の不甲斐なさが身に沁みる。しかし、優のことは忘れることなく、優の分も幸せになると決意していた。

「尾形に礼の手紙出さなきゃな。こっちも全然、連絡をしてないから」

「うん、店長の山伏さんたちにも」

「そうだな……今年は久々に、北海道へ行くか」

「うん」

 二人はしっかりと抱き合った。歩の目からは、涙が止まらない。それでも歩は口を開いた。

「豊……私がいなくなってから、豊には苦労かけたと思う。でも私、後悔はしてないんだ。だって、こうして尾形さんや山伏さんたちにも会えたし、優も居てくれて、強くなれた……だから、豊と離れて辛かったけど、悲しみだけじゃないの……」

「ああ。わかってるよ」

 歩は佐伯から離れると、涙を拭いて、真っ直ぐに見つめる。

「私はもう豊の生徒じゃないけれど、私の中では、豊はいつまでも教師だと思うんだ。だって、私がこんなに優しい気持ちでいられるのは、みんな豊のおかげなの。今でもいろんなことを教えてもらってるから」

「駄目だよ。それじゃあ俺、一生犯罪者じゃん」

 その言葉に、二人は笑い合った。そして佐伯も真剣な顔に戻ると、歩にキスをする。

「俺も歩にはいろいろ教えてもらってるよ。俺が安心して生きていられるのは、歩が居てくれると思っているからだ。今まで俺は、教師としては失格だったかもしれないけど、静香が言ってくれた……俺と出会って変わったと。そういう生徒が居てくれるだけで、俺、教師になってよかったと思ってる。辛かったけど、おまえにも会えた。これからも、俺についてきてほしい」

 佐伯から歩への、改めてのプロポーズだった。佐伯はそう言いながら、小さな箱を歩に差し出す。

「え……?」

 歩は感動とともに、驚いて佐伯を見つめる。

「開けてごらん」

 促されて、歩は小箱を開けた。すると中には指輪が入っている。リングの内側には、“TO AYUMI”の文字が刻まれていた。

「ど、どうしたの? 名前まで……」

「うん……実は大分前に買ったものなんだ。いつかおまえと約束しただろう? 次の誕生日には、指輪がほしいって。結局あの時、渡せずじまいで、最近も結婚だなんだで、なかなか渡す機会がなくてさ。ずっと棚の中で眠ってたんだけど、さっき見つけたんだ」

 少し照れながら佐伯が言う。歩は感無量といった様子で、また泣き出しそうだ。

「……覚えててくれたの?」

「随分前だけど、買ってたよ。別れても、いつか渡せる時がくればいいと願ってた……今日はなんでもない日ではあるけど、いろいろ思い出すことがあったからな。またひとつの記念日だ」

 佐伯はそう言うと、指輪を歩の指にはめた。歩の目からは、またも涙が溢れ出す。

「また泣く……泣き虫に戻っちゃったな」

「だ、だって豊が……」

 歩は泣きながら、佐伯の胸に顔を埋めた。

「ありがとう、豊……私、豊があの頃、こんな物を買っていてくれてたなんて思わなくて……」

「泣くなよ。まあ、今日からまた新たによろしくってことで……」

 佐伯は、歩をしっかりと抱きしめた。歩も抱き返す。互いの温もりが伝う。

「こちらこそ……ごめんね。私、何もあげられるものがない……」

「歩が居てくれれば、それでいいよ」

 二人は、吸い寄せられるようにキスをした。甘く長いキスだった。すべての隙間を埋めるかのように、暖かな空気が二人を包む。

「もう離れないから……」

 もう一度抱きついて、歩が言った。

「うん……離さない」

 佐伯も答えた。二人は抱き合ったまま、離れようとはしなかった。

 二人はこれから、新たな人生を歩む。もう離れることはないと、お互いの心に決めて……。

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