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 三日後、どこで調べたのか和彦は、ドールには運用研究のために週に二日の稼動実験のノルマがあることを調べてきた。その稼動ノルマは正しく実行されており、伊藤の「仕事はない」「することはない」「やってるフリだけでいい」という言動とは明らかに矛盾している。

 それを和彦は伊藤に突きつけ、ドールの稼動実験を自分にもやらせるよう頼んだ。

 伊藤は「中村くんは思ったより、やる気のある子だったんだねえ」と苦笑いした。


 とある日、三人は件の広大な地下室にいた。

「技師に、中村くんの声に反応するようにするよう頼んでおいてあるよ。でも、ちょっと歩かせて、ドジやらせて、わーい面白いなあで終わっちゃうと思うよ」と言う伊藤に、和彦は、

「やだなあ伊藤さん。どういう実験をするかは事前に書面でお渡ししているはずです」と言った。そういえば和彦が自分のデスクのパソコンで、何か入力していたのをマユミは見たような気がする。

「ごめん。なんだか滅茶苦茶な文章だったもんで、最後まで読んでないんだよ。今度は中村くんが考えて、実際に書くのは寺田さんにやってもらってよ」と伊藤は笑いながら言う。

 冗談ではないと寺田は不満に思う。それでは和彦に使われるということではないか。


 一人の作業着の男が先日の二体のドールを引き連れてやってきた。

 眼鏡をかけて痩せおり、いかにも理系といった風情の青年である。

 伊藤が先に和彦ら二人を男に紹介し、次に男を紹介した。

「ドールの主任整備士の丸子くんだよ」

「よろしくお願いします」

 感じのよい男である。

「で、ドールに何をさせるんだい?」と伊藤が和彦に聞いた。

 和彦は自信たっぷりに言う。

「ランニングです」

 伊藤とマユミ、そして丸子はその場でしばらく固まった。


 広大な地下室に隣接した休憩室といったような小部屋で、伊藤とマユミは、丸子の入れたお茶を飲んでいた。

「どうしてる?」

「あいかわらずドールが走ってて、中村くんはそれを見守ってます」

伊藤の問いにマユミが答えた。

 地下室では二体のドールが周回している。さながら校庭のトラックを走っているようだ。

 和彦はそれを見ながら「がんばれ!あと二周!」などと声をかけている。ドールは、あいかわらず可憐に、そして多少、鈍くさく走っている。それを見ながら、マユミはやはり馬鹿馬鹿しく思った。


「そろそろ時間ですよ」

伊藤は丸子に起された。あまりに退屈で居眠りしていたらしい。

「あ、終り?ごめん、寝ちゃったよ」

「僕も何度か夢の世界に……」

「ははは。じゃあ、丸子くん。中村くんに終りだって言ってきて」

 伊藤は目をしばしばさせたあと、

「寺田さん、中村くん、どうしてた?」と聞いた。

「馬鹿馬鹿しくて、説明する気もしません」とマユミは言った。

「ドールにランニングさせたあげく、腹筋とか腕立て伏せをさせていました」

「ははは。アホだね、あの子は」

 笑いながら伊藤は言った。


 和彦は丸子にドールを引渡し、丸子はドールを引き連れて、地下室の奥へ去った。

 格納庫へ連れていって整備するのだろう。

 休憩室で待っていた伊藤とマユミのもとに和彦がやってきて言った。

「伊藤さん、次回までに用意して頂きたいものがあります」

「何だ?」

「体操着とブルマです」

 マユミは頭が痛くなった。


 トランクに戻り、夕刻、憂鬱な気分でマユミはオフィスを出た。よりによって体操着の調達を伊藤に命じられたのである。

「必ずしも、君のお古である必要はないから」と伊藤に言われ、

「あたりまえです!」とつい大声を出してしまった。


 帰りの急行電車に揺られて、まだ昼のように明るい外の景色を眺めながら、ブルマなんていう前世紀の遺物は今日日どこで買えるというのかと考えていたのだが、ふと冷静になると、やはり退職届を書くべきなのではとマユミは思った。

 全く、和彦によって馬鹿馬鹿しいことにつき合わされ、振り回されている。

 前に甘味処でドールについての疑念を話したときには、もしかしたら鋭い男なのかと思ったが、やはり馬鹿だったようだ。

 そういえば甘味処では二人分の代金を支払わされて、まだ返してもらっていない。完全に和彦のペースに巻き込まれている自分がいる。

 マユミは立場が逆だったらいいのにと思った。

 わがままでマイペースな女の子の自分に、さえない男である和彦が振り回される。場合によっては伊藤や、丸子も。マンガや小説なら、そっちの方が面白いし、そうあるべきだと思う。

 しかし、これまでの人生を振り返ってみても、マユミは他人をコントロールするような人間であったことはなかった。

 マユミは、常に誰かに振り回されてきた人間だった。それは生まれる前、名付けの段階からしてそうだったのである。その他にも、いろいろ思い出したくないことがマユミには数多くあった。それを思うとマユミは陰鬱な気分になった。

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