九
和彦はドールの稼動実験を「訓練」と呼ぶようになった。
前回の訓練ではひと悶着あった。マユミが用意した体操着を着せるため、和彦と丸子がドールの着ていた軍服を脱がそうとしたので、マユミは慌ててやめさせ、伊藤を含む男三人を休憩室に追いやり、マユミ一人で着替えに立ち会った。
「そんなことを言ったって、僕は整備のときに、そうしてるんだけどなあ」と丸子は言った。
今日の訓練では、和彦の希望でハードルや砲丸など、陸上の用具がそろえてあった。
和彦はランニングの他、ハードルを飛び越えさせたり、砲丸を運ばせたりした。
ドールの動きは、相変わらず、可憐かつドンくさい。
このような訓練をしたところで、何か成果が出るとはマユミには思えなかった。
伊藤はさっさと昼寝をするようになった。マユミも眠かったが、耐えた。
そこまで神経が太くないし、なによりマユミには伊藤の前でサボるようなことはできない理由があった。
「寺田さん、別に無理してじっと見てなくていいんだよ。眠かったら、ちょっとくらい居眠りしたり、お菓子を持ち込んで食べたりしてもいいんだよ」と伊藤は言った。
「いえ、そんな」とマユミは頑なに拒否した。
それでも同様な訓練が何日か続くと、マユミは伊藤に背を向けて、窓の外の和彦を注視する姿勢のまま、うとうとしてしまうようになった。
そんな訓練を何度かしたある日、休憩室の窓からドールの訓練の様子を見ていた丸子は「伊藤さん、あれ……」と、伊藤にも見るように促した。
ドールの動きが変化していた。キビキビしている。全速力で疾走し、ハードルを身軽に飛び越えている。三人は慌てて休憩室から飛び出して、和彦のもとにきた。
「中村くん……ドールの動きが……」
伊藤は言いかけた途中で次の句を失った。
「良くなったでしょう。今まで頑張ってきたんだから、もうできるぞ。今日は本気出していいんだぞって言ったら、こいつら、できました」
和彦は得意そうに言った。
「そ、そんな馬鹿な。とても信じられない。言っちゃ悪いが、こんな訓練で……?」
「中村くんみたいな訓練じゃないけど、僕らだっていろいろ試してみて、それでも何ら変わりも成長もしなかったのに……」と丸子が言った。ドールを長い時間関わっていた分、丸子が一番驚いている。
「正直な話、成果が出なくて中村くんが飽きるときがくるのを待っていた。それにしても……丸子くんや我々がドールにさせようとした様々な試みと、中村くんの訓練と、一体、何が違ったというんだろう」
マユミは伊藤がこんなに色を失って話すところを見たことがなかった。
「なんだろ。スキンシップですかねえ」と和彦が言った。
「いやらしい」即座にマユミが言った。
「あとは励ましたり、褒めたりしました」
「まさか、幼児の教育じゃあるまいし」と丸子は噴出した。
「とにかく、これは上に報告しなきゃならんな」と伊藤は言った。
「上……?」
マユミのつぶやきに、伊藤は「国防省だよ」と答えた。
トランクとはドールの能力開発のための機関ではなかったか。しかし、ドールの能力が伸びたことに対して伊藤が喜ばしく思っているようには、マユミには見えなかった。むしろ、不安そうに見えたので、それを見ているマユミも少々不安になる。
「では、今日はこれで下げます」と丸子がドールを連れて格納庫へ向かおうとした。
和彦は二体のドールに向かってこう言った。
「ノゾミ、ハナエ。またな。次も頑張ろうな」
「なにそれ、勝手に名前つけたの?」とマユミが呆れた。
その傍らで伊藤が「そうか……それだったのか」とつぶやいた。




