五
和彦が機構に出るようになって一週間がたった。
オフィスにいるおっさんどもは、日がな一日、新聞を読んだりネットを見たりして過ごしている。和彦はここへくるようになって、紙の新聞を読むようになった。とっくの昔に廃れたと思っていたが、ある所にはあるものである。
さすがに退屈で、課長の伊藤にすることはないかと聞いたが「ないんだな、これが」というのが毎度の答えだった。
女のデスクへいってみると、女は損紙をハサミで切ってメモ用紙を作っている。退屈であろう仕事を黙々とこなしている。
入社二日目に、給湯室で湯のみを洗っていた女に話しかけて、名前を聞いてあった。
女の名前は寺田マユミといった。
そのときに、寺田は和彦の二ヶ月前の四月にここへ入ったばかりだと聞いた。
「なんだ、エレベーターで会ったときに、妙に威厳があるから、この会社に入って長いのかと思ったよ」
マユミとは同じ歳であることもわかって、和彦の言葉使いは砕けたものになっていた。
「寺田さん」
「なに? 忙しいんだから邪魔しないでよ」
「ごめんごめん。ところで俺、伊藤さんに言って、ドールを見せてもらおうと思って。寺田さん、ドールを見たことある?」
「ない」
「ニートを極めた俺でも耐えられないくらい暇だから、ひとつ、仕事をしてみたいと思ってさ。トランクスってドールの使い道を考えるのが仕事じゃん? そのために、まずは本物のドールを見てみたいんだよ」
「トランクでしょ。TRNKK。退役ロボット能力開発機構の頭文字。だいたい私は事務で採用されてるの。企画は私の仕事の範疇の外だから」
マユミは迷惑そうに言った。
「どうせ緩い組織なんだから、事務の寺田さんがちょっと関わってみたって、大丈夫じゃないかな。する仕事がないから何もしないという受身の姿勢はいけないと思うなあ、僕は」
「……!?」
マユミは言葉が出なかった。二年もニートをしていてコネで採用された人間に、何故そんな説教じみたことを言われなければならないのか。
「そんなに言うなら行くよ。仮に企画を考えろって言われれば、あたしの方が余程良いものを出せるんだから」
激高するマユミを、和彦は笑って見ている。
和彦はドールを見たいと伊藤にせがんだが、伊藤は「いろいろ都合があるんだよ」と言って和彦を待たせ、結局、伊藤が二人を連れ出したのは四日後のことだった。
トランクのビルから車に乗せられた二人は、目隠しをされた。
「緩い会社だと思ってたけど、随分厳重ですね」と和彦は伊藤に言った。
伊藤はマユミの目隠しをしながら言う。
「トランク自体は弛緩してるように見えるだろうけど、ドールに関してはセキュリティは厳重にしてあるよ……寺田さん、きつくない?」
「大丈夫です……でも役立たずのロボットなんですよね? 別に野ざらしにしておいたっていいんじゃないですか?」
「あれ? 寺田さんもドールに興味わいてきた? ちょっと仕事を暇にさせすぎちゃったかね」と言う伊藤の言葉にマユミは「いえ、あの、やはり自分の関わる組織のことですから、やはり深く関心を持っていないと、やはり事務職であろうと、やはりいけないと思ったんです」としどろもどろに答えた。
「ははは、寺田さんをいじめるつもりはないよ。寺田さんを遊ばせてしまってるのは僕ら上司だからねえ」
視界をふさがれたので早速眠くなった和彦は、欠伸をしながら「セキュリティを厳重にしているのは、何か特別な理由があったりして」と言った。
「そうだねえ……あったら面白そうだけど。でも一体五十億もかけた機体だからね。野ざらしにしたり紛失したりするのは、ちょっとね」と言った。
伊藤の運転で車が走り出した。走る直前には和彦はすでに眠っていた。
一時間も走ったわけではないから、都内のどこかなのであろう。目的地についたようで、車が止まり目隠しをされたまま二人は車をおろされた。音が反響しているので、どこかの広い室内である。多分、地下駐車場だろう。
おりたところで伊藤は二人に、電車ごっこを要求した。マユミが前にいて、和彦が後ろからマユミの肩に手を置き、連なって歩けというのである。マユミの手は伊藤が引く。
歩きながら、あたしは一体何をしてるのだろうとマユミは思った。
就職できたのは良かったが、こんなはずではなかった。就職すれば自分の能力を如何なく発揮できると思った。ところが今の自分は大の大人なのに秘密基地ごっこのようなことをさせられている。




