四
それは和彦には意外だった。
戦闘用ロボットに限らず、ロボットの技術については日本は未だ優位性がある。
武器輸出三原則が撤廃されて戦闘用ロボットを輸出できるようになっている現在、戦闘用ロボットの世界シェア一位は日本のはずである。
「それが、ある意味リアルに作りすぎちゃったんだよ。戦闘が始まると、わたわた走って、ずでーんと転んで、可愛らしく痛たたた…みたいな動きをするように作られていた」
「ドジっ娘に作っちゃったんですね」
「そう。だって同情を引いて戦争を抑止するためだろ?まあアメリカは比較的真面目に作ってきた。でもアメリカの女の子ロボットの仕草はバタくさくて、我々の感性に訴えてこないんだよ。それであのおぞましい姿だし。即刻破壊したくなったよ」
「わははは」
「汚いのは韓国だね。見た目は可愛くしておいて、腕などに重火器を仕込んできた。模擬戦が始まると、一方的な韓国のワンサイドゲームで、他国のロボットは殆ど破壊されてしまった。そういう場じゃないって言ったのに、なんでそんなに負けるのが嫌なんだ、あいつらは」
伊藤は今度はかっかしている。
ロボット産業に関わる人間は総じて韓国が好きではない。
最新の研究をスパイに盗まれたり、シェアを不当に脅かされたりしてきた日本のロボット産業従事者は、かつての家電会社と同じ憂き目にあっているのである。
「とにかく、やってみた結果、これは抑止にならんということになった。実験するまでもなかった気もするが……。公にできなかったのは、これには莫大な費用がかかったからだ」
「きっと日本は無駄にお金かけちゃったんでしょうねえ。それが平和に繋がると思って」
「そうだね。局面局面で、いかに可愛い仕草や行動がとれるか。そのアルゴリズムを突き詰め、それを指先一本の繊細な動作まで再現できるように作ったからね」
「一体、幾らくらいしたんですか? 俺、もう身内だから教えてもらってもいいんじゃないですか?」……まだ面接に来ただけである。
「一体、五十億円かかった。戦闘機が買える値段だよ。それを二十体作ったから、総額一千億円。そのうち八体が模擬戦で破壊された」
「すごい値段ですねえ」
「兵器にかかる値段としては普通だという考えもある。だが問題は、このドールが兵器としてはまったく使い物にならんということだ。ただのリアルに動くドジっ娘ロボットなのだから」
和彦はうっすらと、この機構のすることが分かってきた。
「そこで、この困ったドールの新たな使い道を研究開発するのが、この機構の仕事なわけだ。ま、やってるフリだけでいいんだけど。はっはっは」
面接が終わってエレベーターに向かう途中、和彦はオフィスの中をさっと眺めてみた。歳をくった男たちが、新聞を読んだり、パソコンで何かを見たりしている。多分、仕事ではなくネットを閲覧しているだけだろう。
和彦は楽そうな会社に入れてよかったと思った。
上の階から降りてきたエレベーターに乗ると、中に若い女が乗っていて行き先ボタンのパネルの前に立っていた。和彦は一階のボタンを押そうと思ったが、すでに押してあったので、エレベーターの奥のほうへと移動した。
ついに俺もニートを卒業だな……などと考えていると「ここに入るつもり?」と女が背を向けたまま話しかけてきた。和彦はこの会社の従業員だと思ったので「そうしようと思います。この会社、面白いですねえ」と言った。
女はむっとしたが、和彦は気がつかない。
「ここは会社じゃないんだけど。この独立行政法人はね、表向きは使い道に困ったロボットの運用の研究ということになっているけど、何かの成果が期待されているわけじゃなくて、天下りの元国家公務員の受け皿というのが実際の役目なの。若い人がいても、することなんて何にもないよ」と女は言った。
エレベーターが一階についた。女は「開く」ボタンを押したまま和彦が降りるのを待っている。和彦は、ああすみませんと言いながら外へ出て「ここの社員の方ですよね?」と聞いた。
「社員じゃなく、職員、ね。それにさっき、お茶を出したのは私なんだけど?」と女は言った。
言葉がどこか刺々しいが、和彦はそういうことに敏感に気づくような男ではなかった。
「ああ、話に夢中で気がつかなかったです」
ついでに関心のない人の顔も覚えない。
女はエレベーターから降り、ホールに佇んでいる。
和彦はあらためて女を見た。
紺色のスーツ姿の若い女で、美しくもなく醜くもない、普通の女である。肩まで伸びた黒い髪はストレートで、化粧は薄い。
四月に電車の中でよく見る、新入社員の女の子そのものの雰囲気なのだが、社会経験のない和彦には、そんなことは分かりようがない。
「することがないんですか、ここ」
「そうだよ、オフィスにいればいいだけだもん。私なんて二三日に一度、お茶を入れたりコピーを取るくらいしかしてないよ」と女は不満そうにいった。
和彦には何が不満なのか分からない。だから「何もしなくて給料もらえるなんて天国じゃないですか」と言った。
「はあ」
女はため息を一つつくと、エレベーターに乗り込み、上へ上がっていった。
和彦は点灯するエレベーターの各階のランプを見ていた。
機構のある四階でエレベーターは止まった。女はそこで降りたのであろう。そもそも、四階で降りるべき女が、上の階から降りてきて和彦と一緒に一階まで降り、また四階へ戻るのか和彦には不思議だった。
それは女が、若くしてコネで入ってきた和彦をどんなやつだろうと思い、捕まえて話そうと思ったのに他ならなかったが、和彦には知りようもなかった。
まあ、どうでもいいやと、和彦は家路に着いた。明日から正式な出社である。




