十
また甘味処に来ている。
マユミが和彦に今度こそ奢らせるべく、自分から誘ったのだった。だが前回の貸しを返させるのが主目的ではなかった。和彦の考えを聞きたかったのである。
「ドールの能力が伸びたというのは、喜ばしいことだと思うんだけど、あたしには伊藤さんは不安に見えるんだよ。なんでだと思う?」
「そりゃあ」と和彦は言った。
「ドールが兵器として使えるとなれば、他目的での運用の研究機関であるトランクスは用済みになって、伊藤さんをはじめ、おっさんたちがみんなお払い箱になっちゃうからじゃないの?」
「伊藤さんは、そんな俗っぽい人じゃないと思うけどな」
言いながらマユミはあんみつを食べる。
「おそらく、国防省が出てきて、トランクスからドールを取り上げて、本来の兵器として鍛え上げるってことになるんだろうね。伊藤さんはそれに対して何か不安があるんだろうな。何なのかは分からないけど」
「ドールって、確かに前よりもキビキビと動けるようになったけど、兵器として通用するくらいまで成長できるのかな?」
「さあ。それは分からないなあ」
和彦はお茶をすすった。
今日は和彦がちゃんと二人分、支払った。会計を済ませて店を出てきた和彦に、先に外で待っていたマユミは「ごちそうさま」と言った。
和彦は「寺田さん、俺におごらせるんだから、もっと高いものを頼めばよかったのに。遠慮しちゃって」と笑いながら言った。
「じゃあまた次もおごって」と、そのくらい軽く言えればよかった。しかし深刻に受け止めてしまったマユミは、そう言えなかった。
あのような場で、「気持ちよく遠慮しない」ということができないのは、マユミの、ある種の育ちの悪さのせいだった。
マユミの家は裕福ではない。和彦に対する遠慮はマユミ自身の貧乏性によるものであって、自分が誰かにごちそうしなければならないときに、高いものは頼んでほしくないという深層心理が逆の形で表層に現れたものだった。それを思いしらされたような気がして、マユミは自分が情けなくなった。
トランクで和彦と一緒にドールに関する仕事をしていると、楽しいと思える瞬間もある。
しかし、ときどき暗闇に懐中電灯をあてるように、マユミ自身も気づいていない自分の正体のようなものを、和彦に明かされるような気がする。そして、その度にマユミは自己嫌悪に陥る。そういう意味では、最初のうちは和彦の顔なんて見たくもないという気持ちが大きかった。
しかし、最近、果たして和彦の方が悪いのか、そもそも悪いとか良いの問題なのだろうかとも思う。マユミは自分が分からなくなっている。
次の訓練日、和彦たちが地下室へ行くと、初めてみる人間がいた。
スーツ姿の二人の男と、その後ろに眼鏡をかけた若い女である。
伊藤が和彦たちから離れて彼らの方へ行き、挨拶をして二三の言葉を交わした。
和彦とマユミは誰だろうなどと話しながら、その様子を見ていると、彼らがこちらへ寄ってきた。同時に丸子が二体のドールを引き連れてきた。
「じゃあ中村くん、いつものようにやってみせて」と伊藤が言った。彼らを紹介するでもなく、逆に和彦たちを彼らに紹介するでもなく、である。
和彦は「じゃあ、ハナエ、ノゾミ。いつものようにランニングからいこう」とドールに声をかけた。ドールたちは普通のランニングフォームで走り出す。
それを見ただけで三人うち二人の男は静かにどよめいた。
しばらくの間、ドールが走ったり障碍を乗り越えたりするのを見ながら、三人のうち、もっとも偉いであろう男がときどき伊藤に質問した。その男はドールに指示を出している和彦ではなく、伊藤にだけ質問をする。伊藤が分からないときは、伊藤が和彦に聞き、和彦が男に答えた。直接聞いてくれりゃあいいのに、面倒くさいなあと和彦は思った。
帰りの車の中、マユミは「あの人たち、国防省ですか?」と伊藤に聞いた。
伊藤は「そうだよ」と答えた。
「ドールはこれからどうなるんですか」と、この前からの疑問をマユミは聞いた。
「おそらく我々の手から離れて国防省のお預かりになるだろうね。しばらく、まあ、もしかしたら、もう我々はドールを訓練できなくなっちゃうかもしれない」
「えー、せっかく仕事って面白いって思うようになったのになあ」と和彦が言った。
いや、普通はあれを仕事とはいわないと、マユミは思った。
「しかし、ドール本来の目的に戻るわけだからね。仕方ない」
「でも、ドールがドジなロボットでなくなったのなら、別に兵器としてではなく、平和利用したっていいわけじゃないですか。例えばガソリンスタンドでガソリン入れたり、老人介護したり」とマユミが言った。
「費用対効果を考えると、兵器としてしか使えないんだよ、きっと」
言ったのは伊藤ではなく和彦だった。
「丸子さんたちは……?」
マユミは話題をかえた。
「丸子たちはユニットごと、国防省に引き抜かれるだろう。あいつはドールを可愛がっていたから、もし外されたら悲しみにくれてしまうだろう」と伊藤は笑いながら言った。
それから三人は黙った。




