3 執事とメイドの渋谷デート(1)
隣を見ると、無表情を貫いていた瑠衣でさえも、ほんの一瞬表情を崩し声を上げた。
「大和様、ご説明をお願いします」
「あーそうだね、ごめんごめん。これを見てよ」
大和は苦笑しながら、テーブルに置いていたリモコンを取って壁の大型テレビへと向けた。
しばらく画面を操作すると、ある動画が再生される。画面に映し出されたのは、今流行りのおしゃれなカフェ特集。黄金色に焼き上がったクロワッサンと、こだわりがあるという珈琲の映像が画面いっぱいに広がった。
「ここに行きたいなって、電話で話していてね。ねえー、華凛?」
「うん! 私、どうしてもここに行きたい!」
いつの間にか、自然な動作で大和の膝の上に乗っていた華凛は、画面の珈琲を親指で指差しながら熱烈に訴えてきた。「珈琲くらい入れるし、パンも最高級品のものを買ってくる」と言いたかったが、それは野暮なものだろう。悠斗は口をキュッと結んだ。
「でも、僕たちが直接行くとなると色々と大変だろ? 周囲の護衛にもばれてしまうし、立ち寄るのは厳しい」
「変なパパラッチとかに隠し撮りでもされたら、それこそ大騒動になって面倒だものね」
大和の懸念に、悠斗は内心で激しく同意した。月若と日ノ内。日本有数の巨大企業の跡取り二人が、渋谷のカフェに現れれば大変なことになるのは目に見えている。ということはつまり——。
「……要するに、私と富士見さんで、カモフラージュを兼ねて現地へ下見に行ってこい、ということですか? お嬢様」
「ビンゴ! 私たちが実際に行っても問題がないか、周囲の警備体制や客層、個室の有無なんかをしっかり調査してくること」
納得のいかないまま、悠斗がちらりと横の相棒に視線を送ると、瑠衣もまた、珍しくその美しい眉を困惑の形に曇らせていた。
「それならば私一人で行ってまいります。富士見さんのお手を煩わせるわけにはいきません」
「違う! これは、『執事として下見』に行くのではなくて、『カップルのデートの下見』なの!」
華凛が手を上下に振りながら反論してくるが、悠斗は困った顔をするしかできない。
「わかりました……。では、今週の土曜日私と星原さんでデートに行ってまいります」
「ちょ……! 富士見さん!?」
「星原さん。これは、主人からの命令ですよ」
「……はい。承知いたしました。そのように……」
入学初日の昼頃にして、早くも過酷な任務の連続に、悠斗はYシャツの上から自分の胃のあたりをそっとさすった。
(明日からは胃薬準備しよ……初日からもたねぇよ)
◇
土曜日。
山手線に揺られて向かった渋谷のハチ公前は、インバウンドの外国人観光客たちでごった返していた。誰もが銅像へカメラを向ける中、なぜか特定の方向を指をさし、色めき立っている一団がいた。
悠斗も気になり顔を向けると、そこには白のワンピースを着た瑠衣が直立不動で立っていた。ただいつもと違うのは、髪の色。艶やかで綺麗だった黒のロングヘアは金色になっておりハーフアップにまとめていた。Tシャツにワイドパンツとラフな姿の自分が近づいていいものかと、躊躇しながらも悠斗は恐る恐る声をかけた。
「富士見さん、お待たせいたしました」
「星原さん。大丈夫です、こちらも今来たところですので」
「……」
どうしても注目してしまうのは、学校での姿とは違うその髪色。悠斗の視線に気づいたのか、瑠衣は髪先を触りながら言った。
「あぁ……これはお嬢様の真似をしてカラースプレーを掛けました。あれほど綺麗な金色ではないのですが……変ですか?」
「いえ……普段とあまりにも違い過ぎたので……」
「そうですか」
「あの……そ、そのワンピースと、姿勢のよさも相まって映えていますし、金色の髪の毛も変ではないです。むしろ――綺麗です」
「……」
「す、すみません!!! いつもの癖で!!」
悠斗は常日頃から、華凛のファッションショーの審査員をしている。それゆえ今日の瑠衣の姿が、華凛に似ているのもあって思わずいつも通りの感想を言ってしまった。
「……いえ、問題ありません。では行きましょ」
赤く染まった耳に髪をかけながら、瑠衣はスタスタと先に進んでしまった。悠斗も緊張のあまり、がちがちに固まって後ろをついていくことしかできなかった。
駅を抜け、路地裏まで歩いている悠斗は、やけに乾いた口を水で潤しながら、終始そわそわとしていた。落ち着かないのは、自身の前を歩く瑠衣の存在。
生まれてから、華凛以外の女性と二人っきりで出かけるなんて初めての経験だ。そんな悠斗の動揺をよそに、瑠衣には一切の変化が見られない。
「あのー……富士見さん、なんて聞いています? 今日のこと」
会話のない無言の間を誤魔化すように、悠斗は声をかけた。すると、瑠衣はサッと振り返りまっすぐな視線を送ってきた。
「『プライベートの延長でいい。富士見のことは信用しているから、楽しむことを優先してくれ』と仰せつかっております」
「あはは……そうですか……」
悠斗はそう言いながら、頬を引きつらせるしかなかった。「プライベートの延長でいい」と言われた割に、華凛の髪形を意識しわざわざ金色のスプレーをしてきたという律義さもそうだ。大和の温かい言葉とは裏腹に、彼女の表情は至って真剣で楽しむというよりは、むしろ任務に赴くかのような緊張感が漂っていた。
(やっぱり外見からもわかるけど、真面目過ぎるというか、なんというか……)
彼女の隙のない仕事ぶりに圧倒されつつも、悠斗はふと思いついた疑問を口にしてみた。
「あの、それなら……私も髪型や服装を真似してきた方がよかったですかね? 瑠衣さんがそれなら」
「いえ、それだと逆に違和感があります。気づく人は気づきますし、もし私達の写真が撮られても噂が立ちます。」
「あ、はい」
あまりの温度差に涙目になりながらも、悠斗は歩みを進めるしかなかった。




