↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気まぐれしょうもナイト【更新不定期】  作者: すっとぼけん太


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/38

036 レイジさんがまだ若かった、ン十年前の渋谷にて

今回は、ン十年前。

レイジさんが、まだピチピチの二十代だった頃のお話です。


いつもの『気まぐれしょうもナイト』とは、ちょっとだけ趣向が違います。


ノスタルジックで。

馬鹿な若者たちが、案外ちゃんとしていた頃のお話です。


……。


いや。


ちゃんとしていたかどうかも、ちょっと怪しい。


――◇――


木曜日の午後。


システム運用を担当していた大手スーパーで、トラブルが発生しました。


レイジさんたちは客先へ急行。

十人弱で、そのまま徹夜対応。


どうにか運用を復旧させ、翌朝には本社から部長たちも到着しました。

リーダーだったレイジさんも一緒に、お客様のお偉いさんへ状況を報告。


そして、お詫び。


全部終わった頃には、もう昼前でした。


徹夜明け。

眠い。

腹減った。

帰りたい。


もう運用は復旧している。


だからチームのみんなには、


「先に帰っていいぞ」


と言ってありました。


ところが。


お客様への報告を終えて戻ってくると、いつもの三人が残っている。


「なんだ。お前ら、まだいたの?」


だったら。


「飯でも食って帰るか」


四人で歩き始めました。


その時。


今月、一人だけ負け越していた男が言いました。


「ねえ。これからアレ、行きませんか?」


……。


お前。


昨日から一睡もしてないよね?


明日は土曜日。

仕事は終わった。

みんな一人暮らし。


家へ帰って寝る理由はいくらでもある。


それなのに。


俺たちは麹町から永田町まで歩きました。


――◇――


そこから半蔵門線。

向かう先は渋谷。


いつもの雑居ビル。

四階。


いつもの場所。


「お前ら、ほんとタフだな」


仕事中はあんなに眠そうだった三人が、店から出された温かいおしぼりで顔を拭く。


「ふぅ~」


ヤカンから、そのまま湯飲み茶碗へ注がれた麦茶を飲んで。

生き返ってやがる。


さっきまで死にかけていた会社員三人が、牌を前にした途端、目を輝かせている。


人間。


好きなことなら、寝なくてもできるらしい。


何も食べていなかったので、とりあえずここの自慢……というか、それしかない。

具の形が何も残っていない自家製カレーを四つ注文。


そして。


始まった。


――◇――


ここで、メンバーを紹介しておこう。


まず。


今日、


「アレ、行きませんか?」


と言い出したコンちゃん。


まだ二十一歳。

四人の中で一番若い。


そして今月、一人負け。


今日こそ取り返す気満々。


次。


サトちん。

銀縁の眼鏡。


俺たちより少し年上。

歌舞伎町のキャバクラの元店長という、華々しい職歴の持ち主。


本人いわく、


「僕、田園調布に住んでるから」


おお。


田園調布。


すげえ。


それで一度、みんなで遊びに行った。


裏路地。

古いアパート。

雨漏りしそう。


……。


俺たちの知っている田園調布と明らかに違う。


いや。


降りた駅は間違いなく田園調布だった。

ただ、家だけが完全に田園調布を通り越していた。


そして、そのサトちん。


なぜか口癖が、


「ねぇねぇねぇねぇ。レイジさん、ちょっと聞いてぇ」


ちょっとだけ、おねえキャラ。


この日は、


「やだぁ~、やだぁ~」


と言いながら、異常にツイていました。


もう一人。


小泉くん。

レイジさんより僅かに落ちるが、かなりのイケメン。


一人でも新宿の雀荘へ打ちに行く男。


そして、なぜか俺のことを、


「兄貴分」


だと思っている。


のちに俺の無茶振りによって、結婚する羽目になる男でもある。


……。


まあ。

それは、また別のお話。


そして最後。


帰りが東横線というだけで、行きつけの雀荘を渋谷にした男。


そう。


レイジさん。


ちなみに小泉くんの家は、池袋からさらに埼玉方面です。


完全に巻き添え。


以上。


ろくなのがいない。


――◇――


何回半荘やったのか。

途中から覚えていません。


徹夜明けです。

意識も、ところどころ飛んでいます。


ただ。

一つだけ覚えている。


「勝つまで帰らせないから!」


そう言い出したコンちゃんが。

朝になっても、一人だけ負けていました。


お前。


なんで来たの?


一番勝ったのは、サトちん。


そして俺も、そこそこ勝った。


「そろそろ寒くなるし、今月はパルコでセーターでも買わせてもらうわ」


先月は、コンちゃんにスニーカーを買ってもらった。


もちろん。

本人がプレゼントしてくれたわけではありません。


麻雀です。


コンちゃんは毎月、俺の衣類を少しずつ充実させてくれます。


ありがとう。


足を向けて眠れません。


――◇――


雀荘を出たのは、夜明け前。


外はまだ暗い。

始発までは、もう少しある。


途中で二回、カレーを食べたので、さすがにもう飽きた。

四人で駅前の牛丼屋へ入りました。


コンちゃんは、完全に肩を落としている。


かわいそうなので。

三人で牛丼代を割り勘して、奢ってやることにしました。


俺たち。


優しい。


まあ。


元は、こいつの財布に入っていた八千円だけど。


――◇――


「今日、夕方から雀荘混んできたな」


「そうそう。ほんと、いつもより煙かったよね」


途中で俺が壁の窓を開けたくらい、店中がタバコの煙で白かった。


俺も吸っていた。


小泉くんのセブンスターを。


スーツのポケットが膨らむのが嫌だから、自分では持たず、いつも小泉くんにたかる。

だけど、それが最後の一本だった時だけは、気前よく新しいのを買ってやる。


優しい。


だから。


あの頃の俺たちは、だいたいいつも誰かのセブンスターの香りがした。


仕事。

徹夜。

麻雀。

カレー。


温かいおしぼり。

ヤカンから注がれる麦茶。


セブンスター。


始発前の渋谷。


今思えば。


ずいぶんと飾り気のない。

そして、体に悪そうな青春だった。


でも。


くだらないことでも腹を抱えて笑えたし。


心底楽しかった。


――◇――


バイトらしい若い店員さんが、牛丼を運んできた。


「お待たせしました」


「どうも」


割り箸を割る。


「あっ」


コンちゃん。


また失敗してる。


こいつ、割り箸をちゃんと割れたことがない。


徹夜明け。

麻雀明け。

朝四時半の牛丼。


うまい。

そんな話をしながら牛丼を食べていると。


サトちんが言った。


「ねぇねぇ。雀荘にいた時、奥の席、見た?」


一瞬。


三人とも箸が止まった。


「そうそう」


コンちゃんが声を落とす。


「なんか、コップに万札刺さってた」


見た。


俺も見た。


さっきまでいた雀荘。


その奥の卓。

コップに何枚もの万札が、縦折りで突っ込まれていた。


もちろん。

雀荘にいる時は、誰もその話をしなかった。


怖いから。


そして、その卓を囲んでいた人たちも。


首には、太い金のネックレス。

袖から覗く腕には、きっと著名な人が描いた、立派な水墨画。


……。


まあ。

そういう方々です。


小泉くんだけは、普通の顔で牛丼を食べていた。


「ああいうの、近づかない方がいいですよ」


「知ってんの?」


「俺、一人でも打ちに行くじゃないですか」


そうだった。


こいつ。


新宿の雀荘へ一人で行く。


当然、いろんな人と卓を囲む。

俺たち三人より、そういう世界をずっと知っていた。


「ああいう人たち、ああやって賭けてます」


「へぇ……」


「マジで?」


「お前、よく知ってんな」


三人とも。


普通に感心した。


小泉くん。


――すげえ。


一人で新宿の雀荘へ行って。

俺たちの知らない人たちとも卓を囲んで。


俺たちの知らない世界を知っている。


それだけで、


「こいつ、すげえやつだな」


だった。


今になって考えると。

何がそんなにすごかったのかと思う。


でも。


あの頃の俺たちにとっては、


自分の知らないことを知っている。

自分の知らない世界を見ている。


それだけで、


「すげえ」


だった。


あの頃の俺たちの「すごい」は。


たぶん。


今よりずっと単純だった。


――◇――


なんで今になって、こんな昔のことを思い出したのか。


自分でも、よく分かりません。


ただ最近。


昔より、何かを単純に、


「すげえ」


と言うことが減った気がします。


知っていることが増えたからなのか。

年を取ったからなのか。


それとも。

世の中そのものが、少し複雑になったからなのか。


よく分かりません。


もちろん。

昔の方が良かった、なんて言うつもりもありません。


だって、あの頃だって、ろくでもないことはいくらでもあった。


俺たちだってそうです。

徹夜明けに仕事が終わったと思ったら、そのまま雀荘へ行く。


朝までタバコの煙にまみれて。


同僚から巻き上げた金で、


「冬に向けて、パルコでセーター買おう」


なんて言っている。


決して、お行儀のいい若者たちじゃなかった。


ただ。


あの頃の俺たちは。


自分の知らないことを知っている奴を見れば、


「すげえやつ」


だった。


仕事に遅刻してくる奴には、


「それ、ダメだろ」


だった。


失敗したのに報告しない奴にも、


「それもダメだろ」


だった。


正しいとか。

間違っているとか。

そんな難しいことを考えていた記憶もない。


すげえものは、すげえ。


ダメなものは、ダメ。


そのくらいだった。


今より世の中が単純だったのか。


それとも。


俺たちが若くて、単純だっただけなのか。


今となっては、よく分かりません。


――◇――


始発前の渋谷。


煙たかった雀荘。

温かいおしぼり。


具の形がなくなるほど煮込まれたカレー。

誰かのセブンスター。


そして。


朝四時半の牛丼屋。


ン十年経った今でも。


なぜか、そんなものばかり覚えています。


仕事で何をしたのか。

その日のトラブルが、そもそも何だったのか。


そんな大事そうなことは、もうほとんど覚えていない。


なのに。

コンちゃんが割り箸をいつも失敗することは覚えている。


サトちんが俺の膝を揺すりながら、


「ねぇねぇねぇ」


といつも話しかけてくることも覚えている。


小泉くんを見て、三人で、


「すげえ」


と思ったことも覚えている。


たぶん。

青春って、そんなものなのかもしれません。


その時は、なんでもない一日だった。


写真を撮ることもなく。

記録に残すこともなく。


明日になれば、また仕事へ行く。


あの日もただの金曜日の朝だった。


それなのに。


ン十年経って。


なぜか、まだ残っている。


変わったのは、俺たちなのか。

世の中の方なのか。


たぶん。

どっちもなんでしょう。


あの頃の俺たちは。


今よりずっと若くて。


ずっと馬鹿で。


ずっと単純で。


仕事だけは、なんとかちゃんと終わらせて。


そのあと、朝まで麻雀をしていた。


……。


それでも。


案外ちゃんと、


良い子だったのかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 恥ずかしながら、麻雀はルールすら知りませんので、雀荘という場所も全く想像が付きません。しかし、そういう見知らぬ場所での青春の一コマにとてもワクワクいたしました。  書庫裏めは学生の頃に友人と四人集ま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。