027 誰かに何かを言いたいけれど
ある方の『3.11 あの日、……』というエッセイを読んで、
当時、自分が書いた文章を思い出しました。
震災から一週間後、
ブログに書いたものです。
今読み返すと、かなり感情的です。
でも、あの時のやり場のない気持ちを、
一番正直に書いたものだと思います。
少し長いですが、ここに残しておきます。
※今回は面白い話ではありません。
震災のセンシティブな内容を含みますので、
苦手な方はスルーしてください。
――◇―― ――◇―― ――◇―― ――◇――
『誰かに何かをいいたいけども』――――――
2011年3月18日(昔のブログより)
朝起きれば、リビングには家族がいる。
スイッチを押せば電気がつき、テレビが映る。
ドライヤーで髪を整え、
駅に行けば時間通りに電車が来る。
会社の前のコンビニに寄れば、
好きなものが買える。
それが、
生まれたときからの当たり前だった。
改めてありがたいと思ったことも、
感謝の気持ちを強く感じたことも、
正直あまりなかった。
昨日、テレビで突然流れた。
原子力発電所が壊れた。
このままだと大停電になるかもしれない、と。
その影響で会社は定時退社。
駅に行くと、電車は区間運休で止まっていた。
やっとの思いで迂回して家に帰ると、
今度は計画停電。
コンビニも信号も消えていた。
家の中は真っ暗。
エアコンもつかない。
三月、暖も取れない。
リビングの真ん中に懐中電灯を置き、
その小さなラジオをつけて、
暗い部屋でソファーに座り、
家族で毛布にくるまる。
やることは何もない。
ただ、
あと一時間半。
電気がつくのを待つだけだった。
今まで当たり前だと思っていたものは、
自然が手を出さず、
企業や国が動き、
海外から資源が届き、
そしてこの国の人たちの
暗黙の秩序の上に成り立っていた。
あんなことが起きてしまって、
俺は、そのことを思い知らされた。
世界には、
蛇口をひねっても水が出ない国がある。
病院も薬もない国がある。
砂漠の国。
極寒の国。
ハリケーンに襲われる国。
戦争が続く国。
伝染病で多くの人が死ぬ国。
そんな場所が、今も世界にはある。
俺たちは、ただ
たまたま日本に生まれただけなのかもしれない。
だから、
モノがあふれ、
戦争もなく、
病院もあり、
特に不自由もないこの国で、
他の国より多くのことを
当たり前だと思っている。
滅多なことでは感謝もしないし、
幸せだとも思わない。
*
そんなとき、
テレビで、ある都知事が言った。
「これは天罰だ」と。
今回の震災で、
天は、
自然は、
日本人に何かを教えようとしているのだと。
だったら――
なにをすればいいんだ?
感謝すればいいのか?
大きなお世話だ。
冗談じゃない。
罪のない一万五千もの命を。
亡くなった小さな子どもたちを。
結婚したばかりの奥さん。
両親。
すべてを失った人たち。
静かな漁村で、
年老いた夫婦が二人で暮らしていた。
畑でわずかなジャガイモを掘り、
今日の味噌汁にそれを入れ、
NHKの朝ドラを見ながら
味噌汁をすすり、
「今日は掃除機かけるね」と
しわくちゃな顔で笑う。
それだけで、
ささやかな幸せを感じ、
一日一日を穏やかに過ごしていた。
けっして、
豪華でも、贅沢でもない。
日本人に何かを教えようとしている?
――ふざけるな!
素朴な田舎の人たちが、
一瞬ですべてを呑み込まれ、
流されてしまった。
2011年3月11日。
そう、本当は、
なんでもなかった――その日に。
――◇―― ――◇―― ――◇―― ――◇――
あれから年月が過ぎても、
三月になると、あの日の映像がテレビに流れ、
あの時の、心細かった暗い部屋を思い出します。
そして、当たり前だと思っていた一日が、
本当は永遠には続かない、
とても特別なものだったのだと、思い知らされます。
どうか――やすらかに。




