05人失格
ファンタジー小説のヒーローや、聖母なら、彼等一人を受け入れたのかもしれない。
でも、この世界に、そんな奇跡や幸せは存在しなかった。
行く当てもなく、左半身の父が遺したスーパーカブは走り続けていた。
彼等一人、左半身が男で、右半身が女の異形な顔に驚き、自動車のハンドルを切る運転手のせいで、対向車が乱れた。
どうせ、ドライブレコーダーの映像が、ネット上の動画サイトに流れるんだろう。わかってる。
ガソリンを入れるため、セルフ式のガソリンスタンドに立ち寄る。
少ない客も、彼等一人の異形の姿を見ると、そそくさと立ち去った。
「こっちは、人間種しかいないのね。こうなるよね」
「君がいた異世界だと、受け入れられたかな」
「うん、多分。ゴブリンもオークも獣人もいるから」
「そっか。コッチに来たのは、悲惨だったね。人として扱われないもの」
「まぁ、私を供物にした儀式は、それなりに成功したから、生きるのは別にもういいの」
「生きて何かを成し遂げたんだ。うらやましいね」
そんな会話を、一人でしながらガソリンを入れ終え、再びスーパーカブは走り出す。
もうすぐ雨だろうか、重く湿った空気が彼等一人の肌をぬるく撫でていた。
「あのさ、私達が一つになった、あの防火水槽があるじゃない。あそこに入りたい」
言葉だけでなく、右脳から左脳に感情が伝わっている。
「うん、あそこは悪くない。もともと、俺も沈む予定だったし」
彼等一人は、死を共鳴し、破滅を誓い合った。
「そうだな、どうせなら、やってみよう」
左半身は、スーパーカブを走らせる。山麓の駐輪場を通り過ぎて、未舗装の山道をも走る走る。
「ははは、昨日も、こうすればよかったな」
カブの車体が傷んだり、山道斜面から転がり落ちるのを恐れて、昨日まで人間だった彼は、歩くという選択をした。
しかし、今日は、山の斜面をカブで駆け上がる。
「馬みたいだけど、面白い乗り物ね」
「そうだろ。いなくなった父親が唯一俺に残してったんだ」
「そう」
カブは走る。もうすぐ、先程の誓いは果たされる。
太宰治の『人間失格』の一節。
「……この水の底にて、ふたり、永遠となる」
違うか、
「……この水の底にて、化け物、永眠となる」
かな?
そんなことを彼は考えていると、山奥の防火水槽の手前に到着する。
「じゃぁ、飛び込むよ」
「うん、わかった」
彼等一人は、スーパーカブと自身の体をロープで縛って固定し、スロットルを開け、防火水槽にめがけて加速していく。防火水槽の淵にある段差がジャンプ台の役目を果たし、彼等一人とスーパーカブは空を舞った。
ドボンッ
深さのある防火水槽の中、鉄の重さを持つスーパーガブに引っ張られ、彼等一人は浮き上がることなく沈んて行く。
……防火水槽の水は、呼吸を奪うものではない。
それは記憶を喰らい、魂を引きずり込む、意志を持った存在だった。
目を開けると、水の中には、何十人、何百人もの男女が漂っていた。
彼らは皆、かつて「心中」した者たちだった。
誰もが死を望みながら、しかし死ねず、ここに囚われている。
……この水は、バケモノを受け入れない。
……水は、心中者を愛していたからだ。
人失格の彼等一人は、水面の底で心中者となることはできなかった。
だから彼等は、この水底から追放されなければならない。
日が暮れてしばらくすると、今夜もまた水面月が美しい。
世の中から追放されて、水中に飛び込んで、自殺をしようとしても、
バケモノ故にそれすら許されないという。
怖いですね、恐ろしいですね、ホラーですね。
世の中には、とんでもない防火水槽があるんですね。
追放された、彼等一人が、どこに行ったか?
そのうちココに出てくるかもしれない。
中盤以降から活躍する予定(2025年7月現在)
「異世界半身転移~女勇者の右半分になっちまったよ~」
↑よろしくお願いします↑