03殺意母
こんな言葉はありませんけれども、殺意母って、私なりに読んでいます。
彼等一人は、風呂から出て全身を拭いていた時、玄関の扉が開いた。
「ああ、母親が夜勤から帰ってきたんだ」
左脳の男が、右脳の女に伝える。
「帰ったの?お風呂」
「そうだよ、もう出た」
左半身の母親は、ためらいもなく風呂隣の脱衣場の扉を開けた。
そして、驚愕する。
「ば、ば、バケモノー。コッチくるな」
母親は、一目散に動き、台所から包丁をとる。
「違う、オフクロ、俺だよ。女になった上、左半身だけど」
弁明は聞かれることなく、振り回された包丁を必死にかわす。その時、右半身の女勇者の体が動き、母親に手刀を入れて気絶させた。
「そりゃ、そうよ……ね」
「オフクロ、毒親だしなぁ。最近も、出来の悪い俺を、ずっと無視していたし」
「毒親?」
「ヒステリー起こすうえに自己中なんだ。だから、親父も出て行った。カブを残して」
「そう。母親にも色々いるのね」
右脳のイメージが左脳に伝わって来る。魔人討伐のために国家は子供を有償で引き取っていた。左脳の親は『勇者になるのよ』という言葉と共に、彼女を国家の組織に売ったようなものだった。
気絶している母親をリビングで寝かし、彼等一人は書置きをする。
『今まで、ありがとうございました。バケモノになったので、家を出ます』
左半身の部屋に入り、思い出を全て処分した。手持ちの現金が心もとないから、自室にあった全財産を財布に入れておく。そうして、出発の準備は整った。
「なんでだろう。死のうと思って山奥に入った時よりも、スッキリしてる」
「そういうもんだよ。『つらいから死のう』じゃなくて、『勇者になって死ね』の方が楽だもの」
「はっはっは、それだと、勇者ってバケモノじゃないか」
「私のいた世界も、そうなっているかもね。魔人を倒すバケモノじゃないと困るけど」
彼等一人は、右脳と左脳で情報交換をした。
彼はもういない、彼女ももういない、バケモノの彼等一人が、玄関を出てスーパーカブに跨る。
「荷物になるし、ヘルメットはもういいかな」
いつもヘルメットを入れているリヤボックスに、荷物を詰める。
法律が適用されるのは人間なのだ。
バケモノである彼等一人には適用されないだろう。
右半分は女の顔、左半分は男の顔。
ヘルメットも被ることなく、姿を晒しながら、彼等一人は走りだした。
それは、ホラー映画のワンシーンとも言えなくはなかった。
バケモノが、スーパーカブで疾走する。
怖いですね、恐ろしいですね、ホラーですね。
でも、これはバケモノ側の哀しい物語。
そうそう、風呂上りにバイクで走るのは気持ちいいですね。