俺の選択
配慮……か。
社長は賃貸居住者の安全も考えてはいたのか、一応。
でも、ここまで誰も辿り着けなかった、と。
「他には異世界の何に干渉できるんですか?」
鏡が設置出来る、だったらそれ以外にも何か手を加えている可能性がある。
異世界リフォーム?
「いや、鏡くらいだな。他に手を出してもうちの会社にはな〜んもメリットが無い。勝手に変化していっちまう代物だ。現に、この鏡が城の中にあること自体驚きだよ」
お手上げのポーズを取る社長。
「元々この鏡は『雪山脈』と『魔王城』の間に設置していたはずです。万が一の場合でも帰還しやすいように、と。なので人感センサー対応にしてあります」
メイド事務員ちゃんが説明してくれる。
『鏡よ鏡』って言ったから反応して光ったんだと思ってたわ、うん。
……っつうか『雪山脈』って……俺はJJを振り返る。
「あ! 確かに、これ見た事あるぞ‼︎ でも、いつの間にか消えてたんだよなぁ……」
腕を組み首を傾げる、と頭の重さでぐらつき、ぐきっと首が直角に曲がった!
……だ、大丈夫か?
まぁ、置いてある場所が違うと、同じ物でも全く別物に見えることはよくある。
気づかなくて、当然か。
「で、どうすんだ? 行くのか? 帰るのか?」
鏡の向こうから社長が相変わらずにやにやしながら聞いてくる。
……俺の返答が分かってて言っている顔だ。
意地の悪い。
ふうっと溜息を吐き、俺はチャル達を見回す。
不安気な瞳を向けてくるチャル。
ユルファは……おい、フィングの腹を突っつくなよ、メーさん凹むだろ!
JJは……首を元に戻すのに手こずっている。
……おいおい、お前ら緊張感ねぇな?
「俺達は魔王を倒して姫を救い……そして帰ります」
そう、これが俺の選択だ。
異世界に入ってからずーーっと平和に進んできた分、魔王城に入って内心ヒヤッとした。
ここから先はさらに危険度が上がるはず。
何が起こるかはわからない……。
だけど魔王を倒さず、姫も救わずに、ここで『やっぱや〜めた』と言ってほいほいマンションに逃げ戻ったとして……結局、気になって気になって後悔ばかりの毎日になるだろう。
危なくて面倒くさいのと、精神的にモヤモヤするのを天秤にかければ……どちらも嫌だけど、より回避したい方へと心は傾く。
そういや人生って、RPGみたいだ……いつもいつも、選択を迫られる。
昨日、賃貸契約する時にはこんな事になるなんて思いもしなかったな……。
やっぱり安いってことはそれだけ訳ありってことか……一つ、人生勉強になったよ。
「ま、詳しくはお前が帰ってきてから聞くわ」
俺が現実世界に戻ることを前提で話してくれる社長。
「気をつけて行って来い」
そう、この社長はけして他人の不幸を喜ぶタイプなわけではない。
ただ職業柄、一般人とはかけ離れた感性を持っているんだろうな。
……他の物件でも行方不明者出てるよな、これ。
一人二人って話じゃないだろ?
………………
なんか、不動産会社ってのも色々大変そうだな。
就職先には選ばないでおこう。
「では、行ってきます!」
メーさんを服の中に隠したまま、俺達は鏡に向かって挨拶する。
「ハル! 最後にこれだけは言っておく」
急に社長が真面目な口調。
な、何だよ?
「家賃の引き落としは、毎月27日だ」
「……社長、もっと、他に言うことあるでしょうが!」
これが『ちゃんと帰ってこい!』っていう激励メッセージだと、ポジティブ脳内変換しておこうか。
そして、鏡の大画面はブツッと電源が切れるように、回線が終了したのだった。




