第97話 邪悪の軍勢
武曲星のカイヨウは、篤志たちを値踏みするように見回し、ゆっくりと口を開いた。
「貴様ら、フェルダンの手先か?」
「はあ!?」
思わず間の抜けた声が出た。
あまりにも酷い誤解だ。不本意極まりない、
「ボクらが奴の手先!? ふざけないで下さい!」
叫ぶように言い返すと、カイヨウの目がわずかに細まった。値踏みするだけだった視線が、獲物を狙う獣のそれへと変わる。
「では、なぜここにいる? 物見遊山で立ち入れる場所ではないはずだが」
「そう言うあなたこそ、なぜここに!?」
篤志が問い返した瞬間、カイヨウの眼光が鋭さを増した。
「質問に質問で返すな。ぶち殺すぞ」
ぶち殺す。
ありふれた脅し文句だ。街のチンピラや山賊、盗賊、海賊たちから、これまで何度も浴びせられてきた。『勇者』である篤志にとって、普段なら聞き流す程度の雑音でしかない。
だが、カイヨウの口から放たれたその一言は、脳髄の奥まで響いた。全身の毛穴が一気に開くような感覚に襲われ、背筋を冷たい汗が伝っていく。
篤志の直感が告げていた
この男は、本当に自分を殺せるだけの力を持っている、と。
「アツシ!」「アツシさん!」
ハガネとレギンが声を上げた。異変を察した二人は、ほかの仲間たちとともに慌てて駆け寄ってくる。
カイヨウはレギンの姿に目を留め、小さく「ほう」と呟いた。何かに合点がいったように腕を組み、ひとつ頷く。
「なるほど……。さしずめ、フェルダンにやられたお礼参りに来た、というところか」
正確ではないものの、まるきり的外れでもなかった。少なくとも、レギンがここへ来た動機については、そのとおりだ。
誰も訂正しなかった。いや、できなかった。
『勇者』の篤志も、Sランクハンターのレギンも、アトラス王家最強のジールでさえも、眼前の男が放つ“暴”の気配に呑まれていたのだ。
空気が重く、熱を帯びている。息を吸うだけで、胸の奥が圧迫されるようだった。
だが、次にカイヨウが口にした言葉は、誰もが耳を疑うものだった。
「フェルダンは俺が殺す。貴様らはとっとと帰れ」
予想外の発言に、皆は困惑し、お互いの顔を見合わせた。
仲間割れ?
それとも、この男が邪教団の一員だという情報が間違っていたのだろうか?
仲間たちの戸惑いを背に、カイヨウは城へ向かって歩き出そうとした。
「待ちなさい!」
篤志は、その背を呼び止めた。
「武曲星のカイヨウ! あなたを見逃したりしませんよ!」
邪教徒であることを抜きにしても、この男は数多くの武闘家を殺害してきた凶悪犯である。敵意を向けてこないからといって、見過ごすわけにはいかない。
「何故、武曲星を知っている? 『魔法皇帝』の関係者か?」
カイヨウはゆっくりと振り返り、篤志を真正面から見据えた。その視線が、鋭い刃のように突き刺さる。
圧が凄まじい。
篤志はエルダードラゴンと戦った経験もある。しかしカイヨウの威圧感は、そのとき以上だ。
気づけば、無意識のうちに一歩後ずさっていた。
「……まぁ良い。いずれにせよ殺せば済む話だ」
決断が速すぎる。
この男の脳内には、敵を捕らえて尋問したり、懐柔して情報を引き出すといった選択肢が存在しないらしい。
事前に得た情報どおり、まさに“暴”の化身だった。
「人間はあまり殴りたくないのですが……邪神の手先なら容赦しません!!」
先手必勝とばかりに、篤志は大地を蹴った。
足元の地面が爆ぜ、クレーターが刻まれる。風を切り、ロケットのような加速でカイヨウへと迫った。
狙うは顔面。超高速で放たれる拳は、たとえ直撃を避けたとしても、衝撃波だけで致命傷を負いかねない。
だが、その一撃はカイヨウが差し出した掌によって、あっさりと軌道を逸らされた。
拳が空を切る。勢いを殺しきれなかった篤志の体は横へ流れ、そのまま地面に叩きつけられた。もうもうと土煙が巻き上がる。
「ほう……大した威力だ。当たれば俺でも無事で済まないだろう。当たれば、な」
土煙の向こうから、ぱちぱちと手を叩く音が聞こえてきた。
篤志はすぐさま立ち上がり、間髪入れずに再び拳を叩き込む。しかし、それもまた軽々と受け流されてしまう。
すれ違いざま、カイヨウの拳が篤志の顎をかすめた。
それだけで、脳が揺さぶられたような衝撃が走る。視界が白く閃き、足元がぐらついた。
倒れそうになる体をどうにか踏みとどまらせたものの、体勢を立て直す間もなく、無防備な隙へ容赦ない連撃が叩き込まれた。
一撃一撃が重く、しかも的確だった。急所を狙い、こちらの動きを先読みするかのように打ち込んでくる。
チート持ちの篤志でなければ、確実に命を落としていただろう。
たまらず、篤志の体が後方へ吹き飛ばされた。
「貴様の拳には技巧が足らん。力任せに手足を振り回すだけの単調で稚拙な攻撃……。目を閉じても避けられる」
「こ……こいつ!」
カイヨウの痛烈な指摘が、頭の中で繰り返された。
篤志は歯を食いしばり、よろめきながらも体を起こす。
耳に痛い指摘だった。確かに、まともに武術を学んだことはない。圧倒的な身体能力に任せて手足を振るえば、大抵の敵は倒せてきたからだ。
だが目の前の男には、それが通用しない。自分も武術を学んでおけばよかったという後悔が胸を締め付ける。
追撃を加えようと、カイヨウがゆっくりと歩み寄る。
しかし、その時だった。
「加勢するわ! 炎の勇者!!」
レギンの声が響くと同時に、カイヨウへ向かって業火が放たれた。
ミスリルゴーレムを溶かすほどの炎が、周囲の空気を焼きながら迫る。
だがカイヨウは片手を軽く振るっただけで、その炎をかき消した。余波で生じた熱気が地面を舐め、黒々と焦がしていく。
レギンだけではない。ジールにハガネ、そしてミリオンハンターズの面々も、次々とカイヨウの前に立ちはだかった。
「一対多は卑怯だ! なんて言わないわよね? 邪教徒さん!」
ハガネが代表して言い放つ。
相手が真っ当な武闘家ならともかく、世界を滅ぼそうとする邪神から力を授かった邪教徒だ。情けも容赦もいらない。
しかし、カイヨウは余裕の態度を崩さなかった。
「もちろんさ、好きにしろ。ルール無用のデスマッチの方が“俺たち”は得意だからな」
……俺たち?
複数形なのに、嫌な予感がした。
そして、その予感はすぐに的中した。
突如、ジールの巨体が無数の爆発に包まれたのだ。
轟音が連続して響き渡る。青白い鎧が砕け、破片が木の葉のように宙を舞う。
ジールはたまらず、地響きを立てて倒れ込んだ。大地が大きく揺れ、周囲に土煙が広がる。
篤志以外の仲間たちには、ジールが強力な攻撃魔法を浴びたようにしか見えなかっただろう。
だが、超人的な視力を持つ篤志だけは、何が起きたのかをはっきりと捉えていた。
ジールを襲ったのは、数十発の細長い飛翔体……地球の『ミサイル兵器』に酷似したものだった。
この世界の過去には、機械文明が栄えていた時代があったらしい。あ
れは、その時代の遺物なのだろうか?
篤志がそう考えた矢先、頭上から聞き覚えのある音が響いてきた。
プロペラの回転音。
見上げた先に現れたのは、武骨な造形の飛行機械。
その姿を見た瞬間、篤志は思わず叫んだ。
「あれはアメリカの攻撃ヘリ、『アパッチ』!? 似てるなんてもんじゃない! そっくりそのままだ!! なんでこの世界に!?」
しかも、一機や二機ではない。
数十機ものアパッチが編隊を組み、空を埋め尽くすように飛んでいた。
この世界に存在するはずのない、地球の兵器。
魔物や強敵と対峙したときとはまるで違う、得体の知れない恐怖と不安が篤志の胸に広がっていった。
◇ ◇ ◇
スリーピングキャッスルのはるか上空を、一機の飛行物体が悠然と飛んでいた。
その正体は『ボーイング B-29 スーパーフォートレス』。
地球のアメリカ合衆国で運用されていた、戦略爆撃機である。
プロペラの轟音は、はるか下の地上には届かない。機体は城を見下ろすように、上空を大きく旋回していた。
なぜ、こんなものが『カンヴァス』に存在しているのか。その疑問に答える者は、どこにもいない。
ただ一人、機内の指揮区画で文曲星のメグリが微笑むだけだった。
「ここがスリーピングキャッスルね……。性根の腐ったエルフ共が、伝説だの文化遺産だのと崇める城! 壊し甲斐があるわ♪」
愛らしい顔立ちに、爬虫類を思わせる笑みが浮かんだ。薄い唇が弧を描き、緋色と緑色、左右で色の異なる瞳が愉快そうに細められる。
メグリは通信機を手に取り、配下の『ガンランナー』たちへ高らかに命令を飛ばした。
「全部族に通達!! 戦闘態勢に入れ!! 『ウィングス』! 羽虫一匹逃がすな! 城を包囲しろ!! 『ホイールズ』! 城壁を打ち崩せ! 『リーパーズ』! 城内に潜入し、フェルダンの首を取れ!!」
命令を終えた直後、ホイールズの族長であるレミィから通信が入った。
「総族長! 偵察隊から連絡!! 城の周囲にハンターらしき集団が確認されました! 城を守るゴーレムを殲滅したようです。フェルダンと敵対していると思われますが……いかがなさいます?」
報告を聞き、メグリは片眉をわずかに吊り上げた。
「……そいつらはガンランナー?」
「違うかと……。誰も『銃』を持ってませんし」
通信機の向こうで、レミィの声がわずかに沈んだ。
メグリが次に何を命じるのか、察しているようだった。
「なら、殺しなさい。ガンランナー以外は殲滅よ」
通信機の向こうで短い沈黙があった。
やがて、レミィは抑えた声で応じた。
「……了解しました」
その返答には、わずかなためらいが滲んでいた。
どうやら不満があるらしい。メグリはそう察した。
どうせ私を野蛮人とでも思っているのだろう。
だが、気にすることはなかった。
メグリは、同族に対してのみ寛容だった。
◇ ◇ ◇
スリーピングキャッスルを一望できる、少し離れた丘の上。
青黒い髪を風になびかせた貴公子、廉貞星のアルフォートは、眼下にそびえる城を見下ろしながら、高らかに声を上げた。
「『エクスカリバー』! 『グングニル』!! 『アイギス』!!」
「はっ!」「はいっ!」「ははっ!」
背後に控えていた三人の少女が、次々と返事をする。
アルフォートが呼んだのは、彼女たちの名前だった。
三人とも、身体のラインに沿った美しい鎧を身に着けている。いずれも見事な造りだが、色も意匠も、それをまとう少女たちの雰囲気も異なっていた。
青い鎧をまとった少女、『エクスカリバー』。
光をはらむ金髪を高い位置で束ねている。切れ長の青い瞳と、すっと通った鼻筋が印象的で、凛々しい顔立ちには隙がない。若いながらも歴戦の騎士のような風格を漂わせていた。
金色の鎧をまとった少女、『グングニル』。
ややくせっ毛気味の赤みを帯びたブラウンの髪に、大きな琥珀色の瞳。頬には健康的な血色があり、口元には大型犬を思わせる人懐こい笑みが浮かんでいた。
白い鎧をまとった少女、『アイギス』。
艶やかな銀髪は顎のあたりで切りそろえられ、前髪の隙間から淡い灰色の瞳が覗いている。整った顔立ちは涼しげで、表情の変化も乏しい。人形のように美しいその佇まいには、どこか近寄りがたい冷たさがあった。
一見すれば、三人とも美しい少女にしか見えない。
しかし、その身から漂う雰囲気は尋常ではなかった。
鍛え上げられた武人とも違う、何か人ならざるものを思わせる気配がある。
そもそも、普通の少女がこんな場所まで来られるはずがない。
スリーピングキャッスルはSランクダンジョン。その周辺には強力な魔物が闊歩しており、熟練のハンターでさえ命を落としかねない超危険地帯なのだ。
三人はそんな場所で恐れる様子もなく、片膝をついてアルフォートの命令を待っていた。
やがて、アルフォートは少し間を置いてから城を指さし、威厳たっぷりに言い放つ。
「お前たちは、城の財宝を奪……保護しろ!」
「……は?」
三人の声が重なった。
エクスカリバーは眉をひそめ、グングニルは目を丸くし、アイギスは表情こそ変えなかったものの、わずかに首を傾げている。
「……フェルダンの始末ではないのですか?」
エクスカリバーが、遠慮がちに問い返した。
「そんなものより文化財の方が大事だ!! キ〇ガイの首など、キ〇ガイ共にくれてやれ!!」
どうやら彼女たちの主君は、邪神の命令に素直に従うつもりなどないらしい。
フェルダンの始末よりも、自分の利益を優先する。それがアルフォートの方針のようだった。
三人は互いに顔を見合わせた。
そして、呆れを隠そうともせず、揃って「アッハイ」と乾いた返事をした。




